深夜の爆弾処理

「おかえりなさい」
「起きてたのか」
「座って」
「カバン置いてくる」
「いいから座って」
「…」
「お仕事大変ね」
「…うん」
「毎晩毎晩」
「うん。この箱なに?」
「土曜も日曜も」
「あぁ、うん」
「家はほったらかしで」
「そう言うなよ」
「ねぇ」
「なに」
「私と仕事、どっちが大事なの」
「…また…」
「どっちなの」
「…ごめんな、そんな質問させて…」
「誤魔化されないわよ」
「どっちも大事なんだよ」
「そればっかり」
「…」
「今日こそハッキリしてもらうわ」
「あ、その箱、なんなの?」
「赤いコードが私、青いコードが仕事よ。どっちか切って」
「えっ」
「ペンチこれね」
「えっ、これ、爆弾…?」
「そうよ」
「そうよって、爆弾、どうしたの」
「作ったのよ」
「作った」
「手作りで」
「手作り…で…」
「あなたのために何か手作りするの、おととしのバレンタイン以来ね」
「あぁ…腕を…あげたね…」
「赤か青か、どっちなの」
「あの、あの一応確認なんだけど、間違ったほうを切ると…どうなる…の?」
「ドカンよ」
「ドカン」
「全部ドカンよ」
「全部ドカン」
「わかるわね」
「全部ドカン…」
「そうよ」
「赤が…?」
「私」
「青が仕事」
「そう」
「大事だと思うほうを…切る…?」
「逆。なんで大事なもの切るの」
「あー…はい。そうですね」
「大事なの切ると爆発するわよ」
「はい…」
「早く」
「あの、あのこれ、例えば、赤を切ったとするじゃないですか」
「私を切るのね」
「例えばですよ例えば。赤を切られたら、単純な話、悲しいじゃないですか。青の仕事が残されて」
「そうね」
「赤切って爆発したとしたら、悲しい上に全部ドカンじゃないですか」
「そうね」
「これ、君が作ったんだよね」
「…そうね」
「…」
「…」
「じゃあ、青を…」
「…」
「青の仕事を切りますよー」
「…死にたくないんでしょ」
「なに?」
「死にたくないから青を切るんでしょ!私が大事だから赤を残すんじゃなくて!」
「違う違う!」
「死にたくないからでしょ!」
「違う違う!君が大事だから赤残すの!」
「嘘よ!」
「ホント!大事!赤が大事!」
「嘘よ!自分がかわいいのよ!」
「っていうか爆発したら君も死んじゃうでしょ!」
「あなただけ死ぬようにできてるわ」
「恐ろしいもの作ったな!」
「手作りよ」
「手作りで!」
「じゃ青切りなさいよ。爆発するかもしれないわよ」
「この流れで『正解は仕事が大事でした』ってパターンないでしょ!」
「…」
「めんどくさいよ…」
「…」
「…」
「…ごめんな」
「…」
「ごめんな、こんな、爆弾作らせて…」
「…いいのよ」
「大事だから」
「ありがとう」
「アハハ…」
「ウフフ…」
「なんか腹減ったな」
「そうね」
「なにかある?」
「赤いコードが肉、青いコードが魚よ。どっちか切って」
「まだやるの!?」

ラジオを聴く男と、傘を差した死体

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photo by an untrained eye

「朝からずっと雨ですね」
「そうだね」
「先生」
「なんだい?」
「これまでに解決した事件の中で、とびきり奇妙なものと言ったらなんですか?」
「うん?そうだな……加害者が密室にいた、というのはどうだい?」
「密室に……ですか?」
「そして被害者は屋外で死んでいた」
「犯人が中、死体が外って、通常の密室殺人と全く逆じゃないですか……!?」
「まぁ、言ってみればそうだね」
「待ってください、どうやって犯人は被害者を……いや、それ以前に、どうして被害者を殺したのがその犯人だとわかったんですか!?」
「まぁまぁ、順を追って話そうじゃないか。そうだな…仮に加害者をAとしようか」
「犯人のイニシャルですか?」
「フフ、ただの記号だよ。そんなに真面目な顔しないで、肩の力を抜いて聞いてくれ……その日は今日みたいに朝から雨だった。屋根に落ちる雨音をバックに、Aは椅子に腰掛けてラジオを聴いていた」
「被害者は?」
「被害者は…Bとしようか…Bは朝から降り続く雨の中、傘を差して外に出かけた。近所のコンビニで弁当を買った」
「全く別行動ですね」
「そうだね。もちろん同じ日、同じ時刻、同じ日本国内だよ」
「そこまで疑ってないですよ」
「念のためね。Bは買い物を終えて家路につく。一方、Aはエアコンの効きの悪さにイライラしていたと言っている……そしてその時がくる」
「殺人、ですね」
「Bがどうやって死んだのかは伏せておこうか」
「えっ、一番大事なところじゃないですか」
「ハハハ、一番大事だから伏せておくんだ。ちょっと考えてもらおうかな」
「死因もわからないのに殺害方法を考えるんですか?」
「まぁまぁ、肩の力を抜いて。ここが一番大事、というのがヒントになるんじゃないかな……とにかくBは家にたどり着くことなく死んだ。即死だった。差していた傘は開いたままそばに落ちていた」
「そのときAはどこに?」
「座ってラジオを聴いていたままさ。ドアには内側から鍵がかかっていた。窓も閉めきられている」
「内側から鍵がかかっていたなら、Aは簡単にドアを開けて外に出られるんじゃないですか?」
「ところがそうはいかない。目撃者がいる。目撃者によると、その時刻、Aは外には出ていない。窓にはカーテンがかかっていないので、中が丸見えだった」
「目撃者がいたんですか……。朝から雨だった、って言ってましたけど、犯行時刻は昼ですか?」
「昼だね。12時ごろ。目撃者の見間違えじゃないよ。目撃者はAと面識はないし、ここでは証言は信用していい。」
「そうですか……じゃぁ室内から、例えば銃で狙撃したとか?」
「いや、どこにも銃痕はなかった。窓のほかには換気口があるが、複雑な構造なので銃弾が通り抜けることはできない。もちろん、人間もね」
「では、遠隔殺人でしょうか?携帯電話でなんらかの仕掛けを…」
「いや、Aの携帯電話の電源は切られていた。電話局の記録からもそれは明らかだ。他に有線も無線も装置はない。おっと、言っておくけどWi-Fiもない。ネットを使った可能性は考えなくていい」
「うーん…」
「もう一つ、驚くことを教えてあげようか」
「いったいなんですか?」
「Aは椅子に座っていたと言ったが……実はベルトで椅子に拘束されていたんだ」
「なんですって!?」
「驚いただろう」
「その部屋にはA以外にも誰か人物がいたってことですか?」
「いや、Aしかいない」
「そんな!部屋には内側から鍵がかかっていたから……Aを拘束した人物はどうやって外に……!?その人物が犯人なんですか?」
「落ち着いて。最初に言っただろう、加害者はAだ」
「えー?」
「そろそろわかるかな」
「椅子に縛られた犯人が、外にいる人物を殺す……?犯人を椅子に縛り付けた第三者は煙のように消えるし……うーん……降参です」
「ヒントをあげようか。君はさっきからAを『犯人』と呼んでいるけど、僕はそう言ってないよ。『加害者』と呼んでる」
「同じことじゃないですか?」
「あとは……そう、『部屋』とも言ってない。『室内』も」
「部屋じゃない…」
「もうわかっただろう」
「ダメです。やっぱりわかりません」
「肩の力を抜いて、って言ったんだけどな。先入観に捕らわれてしまったね。探偵小説の読み過ぎかな」
「探偵は先生じゃないですか」
「まぁね。じゃぁズバリ答えを言うよ。これは『交通事故』なんだ」
「……AがBを偶然殺したってことですか?」
「あぁ、比喩じゃないよ。そのまんま。Aが運転する車がBを轢いたんだ」
「え……?」
「目撃者がいたから、Aは業務上過失傷害で現行犯逮捕された。それは普通『犯人』って呼ばないから、一応『加害者』と言わせてもらったよ」
「でも、Aは座ってラジオを聴いていたって……」
「車にラジオはついてるだろう」
「椅子に拘束されていたってのは……」
「シートベルト」
「………」
「そう怒るなよ」
「奇妙な事件でもなんでもないじゃないですか!」
「でもさっきまで君の頭の中は奇妙でいっぱいだっただろう?普通のことでも、見方を変えればとびきり奇妙になる。この世は奇妙であふれているのさ」
「勘弁してくださいよ」
「ハハハ、頭の体操はこれくらいにして、出かけようか。雨もあがったようだ」
「はいはい」
「そうだ、温泉旅館で遭遇した密室の話をしようか。僕が露天風呂から帰ってくると、鍵をかけたはずの部屋の中に布団が敷かれていて…」
「もういいです」

お確かめください

「1820円になります」
「あー……1万円札しかない……これで」
「1万円お預かりします。大きいほう1000、2000、3000、4000、お確かめください」
「え」
「お確かめください」
「いや足りないでしょ」
「お確かめください」
「だから足りないでしょ、1000、2000、3000…5000円札…!?」
「8000円になります」
「えっなにこれ」
「お後、180円になります」
「ねぇなにこれ」
「お確かめください」
「さっきの」
「お確かめください」
「……100……80円です」
「こちら、お品物になります」
「ねぇさっきの」
「右手をお確かめください」
「えっ……あれ」
「胸ポケットをお確かめください」
「……100……80円です」
「袋にお入れいたしますか」
「それどころじゃないよ」
「袋にお入れいたしますか」
「180円が瞬間移動したよ」
「袋に」
「お入れしてよ。お入れして」
「こちらです」
「うん入ってる。入ってます!これは!僕が!買った!品物です!」
「レシートはご入用ですか」
「あれ、お確かめは…」
「レシートはご入用ですか」
「…」
「…」
「あ、なんかすいません…興奮しちゃって…」
「レシートは」
「ください」
「お確かめください」
「きたっ!」
「お確かめください」
「はい!確かに…これは僕の買い物のレシートです!裏も…白くて、透かしても…なにもないです!どうぞ!これどうぞ!」
「それでは返品処理をいたしますのでお品物をお預かりします」
「うんうん」
「お待たせいたしました。代金1820円になります」
「すごーい!レシートがお金になったー!」
「お確かめください」
「今日はいいもの見たー!ありがとう!ありがとう!また来ますね!」
「ありがとうございました……お確かめください」

仕事納め百景

deskwork

「くそぉ、一足遅かったか。ルパンめまんまと納めおって」
「いえ、あの方は何も納めなかったわ。私のために働いてくださったんです」
「いや、奴はとんでもないものを納めていきました…あなたの仕事です」
「!…はい」

ある会社が年末を迎えた。
社長は社員たちに速やかに仕事を納めるように、指示しなければならなかった。
社長は、それぞれの外国人社員にこう言った。
アメリカ人には「仕事を納めればあなたは英雄ですよ」
イギリス人には「仕事を納めればあなたは紳士です」
ドイツ人には「仕事を納めれるのがこの船の規則です」
イタリア人には「仕事を納めると女性にもてますよ」
フランス人には「仕事を納めないでください」
日本人には「みんな納めてますよ」

「仕事は会議室で納めるんじゃない…現場で納めるんだ!」

メロスは激怒した。
必ず、かの仕事を納めなければならぬと決意した。
メロスには社内政治がわからぬ。
メロスは、ヒラの社員である。
キーを叩き、合間に遊んで暮して来た。
けれども納会に出るビールの銘柄に対しては、人一倍に敏感であった。

「納まれ、納まりたまえ。さぞかし名のある仕事の主と見受けたが、なぜそのように荒ぶるのか」

イエスが歩いていると一人の男が社員に石を投げられていた。
理由を尋ねると「この男の仕事が納まらないからだ」と答えた。
それを聞いたイエスは「この中で定時までに仕事を納めた者だけが石を投げなさい」と言った。
すると石を投げる者は仕事に戻り、イエスは会議室に忍び込んで先に納会のビールをあけた。

(記者から「あの時の自分になんと言いたいですか」と聞かれて)
 市川海老蔵「仕事を、納めなさい」

「おっとそこまでだ」
「くっ…」
「両手をゆっくり上にあげるんだ」
「…」
「どうやらお前も仕事の納めどきのようだな」
「…(ニヤリ)」
「あん?」
「まだ終わらないさ。今ごろ仲間が明日からの計画を立てている。もう止められない」
「なん…だと…!?」

仕事「これで納まったと思うなよ!」

グッバイ、スクール・デイズ

ドアを開けると、机と椅子ばかりのガランとした空間が目に入った。どうやら一番乗りらしい。委員長もまだ来ていない。

一番後ろの、このまえまで座っていた自分の席に座ってみる。

このまえといっても、あの式典(名前を呼ばれて証書をもらうアレだ)から1年と少しか。長かったような、あっという間だったような。たった1年だと言うのになんだか狭く感じる。成長したから?

あれから1年と少し。短いけれど、ギュウギュウに詰まった、濃い1年だった。

新しく始まった仕事は、新人だなんて言わせないくらい激務だった。平日は遅くまで働いて、土日もない有様。慣れない作業服も着たりした。そしてとにかく謝ってばかり。ブラック企業、という言葉が頭に浮かんでは消えた。

世の中は不景気だった。風も冷たかった。仲間には若くしてセンセイになった奴もいれば、無職になった奴もいた。人生いろいろ、ってやつだ。

そしてオレ。「ブラック企業」を「卒業」して、明日からちょっとだけヒマになる。これも人生いろいろ、なのか?

一番後ろの席に座ってぼんやり考える。まだ誰も来ない。

そういえば、学校を意味する「School」には「群れ」という意味もある、って誰かが言ってたっけ。体育館に規則正しく並んだ生徒たちを思い浮かべる。なるほど、群れだ。学校を卒業したところで、群れているオレたちはまだSchoolにいるってわけだ。メダカの学校は川の中ってか。ドジョウもいるかな。

そろそろ時間だ。みんなも来る頃だ。

あぁ、群れから出ていくやつもたくさんいたな。あいつらは未来に何を期待していたんだろう。

廊下からドヤドヤと足音が聞こえる。パーティが始まる。自由という名のパーティが。いや、始まりじゃなくて、これは終わりなののか?それはまだわからない。

目を閉じる。

もうすぐあいつが総理大臣になる。

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※ネタ元:
何思う野田氏 首相指名選挙前の議場にポツン・・・ : 2chまとめブログ はぅわ!

※注:
あの式典 → 天皇が内閣総理大臣を任命する親任式
パーティ → party(通常のパーティーの意味の他に、”政党”という意味もある)