幸せって「編集」できる

中吊りで見た女性誌『Domani(ドマーニ)』2016年5月号の特集、だって「幸せそう」って思われたい!ってどういうこと!?と思って、気になって読んでしまった。

てっきり「いま不幸な状態を幸せに見せることで装おう」みたいなことだと思っていたのだけど、読んでみると「いま幸せな状態をちゃんと幸せに見せたい」という内容だった。偽装じゃなかった。

ゆるくシンクロする内容なのだけど、ちょうどこの4月、道行く人に直球で「幸せですか?」と聞く番組が始まっている。『あなたは今幸せですか?』(テレビ朝日系 毎週水曜深夜2時21分)。

街を行き交う人に声をかけて「あなたは今、幸せですか?」とインタビューする。幸せと答えた人に、今の幸せの内訳を円グラフにして書いてもらい、気になる人はさらに密着させてもらう。初回放送では、大学で応援団に所属する女子大生や、自転車が趣味のフリーター、子連れで再婚した夫婦が登場。みんな正面から「幸せ!」って感じではなく、「これが幸せなのかもしれないですね」と、質問によって改めて自分を見つめなおすのがリアル。

この手の「偶然会った人に密着する小さなドキュメンタリー」は最近増えている。『家、ついて行ってイイですか?』『YOUは何しに日本へ』『ドキュメント72時間』など。登場するのはどれも「普通の人」なのに見入ってしまう。

日々生活していたり、働いていると忘れがちだけど、他の人にもそれぞれ歩いてきた人生がある。ホームで電車を待っている人も、渋滞に巻き込まれてる人も、同じビルで働いている人も、それぞれに過去がある。「普通の人」のドキュメンタリーは、改めて自分以外の人生があることに気付かされ、なんか見入ってしまうのだ。

この手の番組を「やらせ」という人もいる。登場する人がみんな何かしらのドラマを持っているのは不自然じゃ無いの?と思うのかもしれない。多くの人に声をかけて番組になりそうな人だけピックアップもしていると思うのだけど、もうひとつ「ドラマを持っている」「幸せに見える」効果を高めているのは編集の力だと思うんですよ。

字幕をつけたり、過去の写真をスライドショーにしたり、しっとりとしたBGMを流したり。どの番組も「その人がしゃべる姿そのまま」をずっと流すわけじゃない。ある程度の編集がある。より幸せに、よりドラマチックに見せる効果がある。

……で、思うんです。編集で幸せそうに見せられるということは、気の持ちようで自分は「幸せ」だと思えるんじゃないかと。

自分で自分の心を「編集」する感じ。考え方によって、幸せそうに見える。それってもう、幸せでいいんじゃないのと。

「やらせ」「編集」で幸せを捏造しているわけじゃなくて、人間、見る角度を変えていけば何かしら幸せなんじゃないかと。

『あなた今幸せですか』や『家、ついて行ってイイですか?』は、いろんな人生があって、いろんな幸せの形があることを教えてくれる。いろんな幸せを見ているうちに「こういう見方なら自分も幸せなんじゃないか」って思える瞬間が来るかもしれない。テレビが人を幸せにしてくれるのだ、と書いちゃうのは、ちょっとおおげさかな。でもいいんじゃないかな。