日常系報道カメラマン 梅佳代『うめめ』

先日の角川文庫の太宰治の表紙が味写すぎる件について、よく調べてみたら、あの表紙は太宰治生誕100周年の梅佳代×祖父江慎のコラボカバーだったらしい。そういうことだったのか!
 →太宰 治生誕100周年フェア|角川書店(梅佳代×祖父江慎の対談あり)

これまた先日の天久聖一『味写入門』の感想では帯に「プロには無理」と書いてあるのだけど、味写を撮れるプロがそういえば、いたいた。梅佳代である。

梅佳代は何冊か写真集を出しているのだけど、小学生男子のおふざけばかり収まってる『男子』や、実の祖父を10年撮り続けてた『じいちゃんさま』も好きだけど、やっぱり最初の『うめめ』は衝撃だった。

なんでもない住宅地、駅、公園。なのに、ハプニングの一瞬がいくつもいくつも撮られている。「どうしてこうなった!?」と声をあげてしまうインパクト。大人が通勤してる横でアスファルトの上でひっくり返っている小学生、1つのコインロッカーに群がっているご親族、フライドポテトをこぼしてるのに遠くを見てる子供(表紙)、衝立の向こうから突然現れるノッポン(東京タワーのマスコット)…。

常にカメラを持ち歩かなければ撮れない写真なのはもちろんだけど、瞬間を見逃さない「目」と何かを引き寄せる「磁場」が三位一体揃わないとこんなのできないなぁ。

ニュースばかりが「報道」じゃない。日常の変なことを報じたっていいじゃないの。脱力しながら不思議な余韻。日常の横で、奇妙な扉が半ドアで開いてる感じです。

テンが富山にやってくる

今年の3月、新潟の佐渡トキ保護センターで飼育されていたトキが、野生のテンに襲われて命を落とす事件があった。

その際、捕獲されたテンであったが、このたび富山市へ行くことになったらしい。

佐渡のテン 駆除せず動物園へ

ことし3月、佐渡市の佐渡トキ保護センターにある飼育ケージで、トキが相次いで動物に襲われて死んでいるのが見つかりました。環境省はその後、ケージの中に仕掛けたわなでテンを捕獲しましたが、捕獲のあと、「テンを駆除しないで」という声が相次いで寄せられたことから、テンの飼育実績がある富山市の動物園「富山市ファミリーパーク」に引き取ってもらうことになったということです。
佐渡のテン 駆除せず動物園へ NHKニュース

 
動物園側の動物たちの心中を察すると、戦々恐々ではないかと思う。天然記念物を殺めたやつがやってくるのである。

もう今ごろ噂で持ちきりだろう。「札つきのワルがやってくるらしいぜ」「やばすぎて地元を追われたらしい」恐れる草食系たち。「ビビってんじゃねぇよ。どうせテンだろ」「ぶっつぶしてやんよ」強がる肉食系たち。何を考えているかわからないが、ずっと舌をチロチロしている爬虫類たち。気づかない振りをしている飼育員。全ての鍵を握る、売店のおばさんの正体とは…。

「富山市ファミリーパーク」に嵐が訪れようとしている…!

以下、風雲急を告げる次号を待て!

自分データベース大開放 伊集院光『のはなしに』

伊集院光のエッセイ『のはなし』の第二弾。あいうえお順に「アウトセーフ」の話から「んまーい!」の話まで全86話を収録。(※『のはなし』は文庫化されて『のはなしにぶんのいち』になってます)

相変わらず驚くのは、「自分の引き出し」の多さ。子供ころの思い出から仕事の話までの現在過去、アホな思いつきに下ネタ、思いつきに妄想まで、ホントに大量でかつ多種多様ですごい。引き出しというよりもはや自分データベース。出来事とその時の感情をセットにして、いったいどれだけ蓄積されているのやら。

しかし、決して”爆笑エッセイ”では終わらない。

伊集院は自分の言葉でいろいろ考える。幼少期の夕焼けを。理不尽に対するモヤモヤを。あの日あの時どうすればよかったかを。ぼやきや下ネタの間にフッとそれらが挟まって、何層もの伊集院が現れる。

この「多様な伊集院」については、まえがきに本人も書いている。テレビでは良い人、ラジオではダメな人、同じテレビでもNHKの伊集院と深夜の伊集院は違い、そして新たに「『のはなし』の伊集院光」も出てきてしまった。

どれも嘘はありません。

以前は「早くどれか一つにしたい」と思ったこともありましたが、今は「むしろ増やしてやろう」と思っています。小さいのがものすごくたくさんあったら、大きいのは一つしかないのと同じだから。

どの人にも必ず気に入る1話があると思います。ちなみに僕が一番覚えてるなのは「盗んだ金」の話。お金を盗むのはもちろんいけないことなんだけど、待っているのはまさかのノスタルジー。

相変わらずのおすすめです。

角川文庫の太宰治の表紙が味写すぎる件について

昨日、森見登美彦『新釈 走れメロス 他四篇』の感想を書いたわけですが、太宰治の文庫にリンクをはろうと思ってどうしても気になったのがこれ。角川文庫の「走れメロス」

走れメロス (角川文庫)

なんでこれが「走れメロス」なのだ。犬じゃないか。これがメロスか。でも紐でつながれてるからセリヌンティウスのほうか。

他の文庫はちゃんとしている。新潮文庫はこれ。

走れメロス (新潮文庫)

いかにも「文学です!」って感じ。

他の太宰作品も見てみると、どうも角川文庫の太宰治だけおかしな感じなのである。先日感想をかいた天久聖一『味写入門』を彷彿とさせる味写ぶりなのだ。

せっかくなのでいろいろ並べてみます。
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森見登美彦『新釈 走れメロス 他四篇』

~日本一愉快な青春小説/こんな友情もあったのか/あの「名作」が京都の街によみがえる!?~

あの名作が京都の街によみがえる!? 「真の友情」を示すため、古都を全力で逃走する21世紀の大学生(メロス)(「走れメロス」)。恋人の助言で書いた小説で一躍人気作家となった男の悲哀 (「桜の森の満開の下」)。――馬鹿馬鹿しくも美しい、青春の求道者たちの行き着く末は? 誰もが一度は読んでいる名篇を、新世代を代表する大人気著者が、敬意を込めて全く新しく生まれかわらせた、日本一愉快な短編集。

収録されてるのは「山月記(中島敦)」「藪の中(芥川龍之介)」「走れメロス(太宰治)」「桜の森の満開の下(坂口安吾)」「百物語(森鴎外)」の5編。実は「走れメロス」以外ちゃんと読んだことがありません…。(「走れメロス」も国語の教科書で読んだ)なので、原作と比べてどう、という話は全然できません。リミックス版だけ聞いてるような状態です。すいません。生まれてすいません。

だいたいの話が作者お得意の「京都の腐れ大学生」がベース。『夜は短し歩けよ乙女』(→過去の感想文)などのリンクもちょいちょい見受けられます。全力でおふざけなのは逃げまくりの「走れメロス」くらいで、あとはかなり真顔の展開。『きつねのはなし』『宵山万華鏡』に近いモード。くすぐりも入れつつ、しっとりと。こういう”背中の哀愁”もじーんと描けるのがやっぱり森見登美彦の魅力のひとつですよねぇ。

どうアレンジしたのか、元の話も知りたくなる名作ビフォーアフター。第二弾が出るなら何をベースにするんだろう、と想像するのもまた一興。

山月記 (SDP Bunko) 藪の中 (講談社文庫) 走れメロス (角川文庫) ←なんだこの表紙?
桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫) 森鴎外 [ちくま日本文学017]