小路幸也『ホームタウン』

札幌の百貨店に勤める柾人。仕事の内容は”内偵”。ある日柾人の元に妹の木実から手紙が届いた。もう数年会っていない妹。結婚するという知らせだった。式も間近になった頃、妹とルームシェアしている女性が尋ねて来た。木実が突然いなくなったという。しかも手ぶらで。調べてみると木実が消えた一週間前に婚約者も消えていた。失踪か。それとも…。仕事で得たスキルを秘め、柾人は故郷の旭川に向かう。木実と二人で逃げ出した”あの事件”以来近づかなかった、あの故郷に。

帯が乙葉なのね。人探しの過程はミステリらしく進み、その中途で出会う人々との出会い・再会を絡め、故郷・家族というキーワードから終盤は泣かせにやってくるこの展開。リーダビリティ高く一気読み。適材が適所に嵌まる様子はもはやお家芸の様相。

ただ、物語の筋道がまっすぐ一本通っているとしたら、その周りに行き当たりばったりな線がたくさん引いてあるような、エピソード同士がちぐはぐな印象があるんですよ。一つ一つの欠片は魅力的で、読んでる時はあまり気にしなかったんだけど、読了して遠くから眺めると形に違和感があるというか。その線たちが同じ方向をビシッと向いた時、もっとすごい作品が出来上がる予感はするのだけど…。

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

浅草キッド、入魂の人生劇場第二部。前作に引き続き、芸能界の超人・怪人・熱狂・狂気を熱い文章で描き上げる。芸人とは、芸とはを追求する浅草キッド、熱気を通り越して臭気すら漂うこの情熱は生半可ではない。鈴木その子の美白の裏、寺門ジモンが隠し持つ人類最強のカード、変造免許写真事件の顛末、そして圧巻は江頭2:50が生死を賭けた水中企画”江頭グランブルー”。水の中で息を止める、というだけの企画のはずなのに、芸に賭けるその生き様に最後は号泣必至。情熱とセンチメンタルを行き来する浅草キッドの書き味は一度捕まえられたら逃げられない。最高最強の馬鹿は実在するのだ。興味を持った方は水道橋博士の「博士の悪童日記」もご覧あれ。

この本、序章の「一騎イズム」で文芸春秋の担当編集者に浅草キッドが詰め寄るシーンから始まる。出版不況を理由に初版部数を減らそうとすに編集者に怒り心頭の浅草キッド。第一部は全国各地で手売りまでして部数を伸ばした二人が出版界に喝を入れる、その台詞を一部引用して終わろう。

「言っとくけどオメェらはそんなこと言って守りに入ってんだよ。まずは、ええいままよ!と100万部刷ってから、その後、売り方考えるくらいの発想しろよ。だいだいケツに火がついてからじゃねぇと、新しい販売戦略なんて考えられねぇだろ」
「あのねぇ、本が売れない時代じゃないんだよ。作家の本人に自分で売る気がないだけなんだよ。作家が書斎に引き籠って、自分が脱稿さえすれば出版社が売ってくれると思っているから『本が売れない』『若者の活字離れだ』って大袈裟にため息ついてるだけなんじゃねぇのか?」(P.13)

アガサ・クリスティ『ABC殺人事件』

未読でした。で、もっと白状しますと、ポアロを初めて読みました。もー、足かけ8年も読書系サイトやってるに。『「ABC」殺人事件』まで読んでるのに。先日『クドリャフカの順番』を読んで、もうそろそろ読まないと…とカミさんの本棚に手を伸ばした次第。

ある日ポアロの元に届いた奇妙な殺人予告。その予告通りに、頭文字Aの街で頭文字Aの人物が殺され、次はB、Cと繋がって…という例のあれです。トリックや真相はさすがに古典なので基本パターンなのですが、決して古いだけでなく、シンプル故にスマートな印象を残す作り。ちょっと偶然多くないかというの疑問はさておき、犯人との対決を煽るサスペンスも効いて、あぁやっぱり読んどくべきだよクリスティ、と反省する男。

ポアロはベルギー人なので、ロンドンでの英会話の端々にフランス語が顔を出して、これがイタズラっぽくまたインチキっぽい外人の雰囲気を出しているのですが、これを日本に置き換えたら日本語の会話の端々に英語が、ということになって、「んー、時間がロングですねー」とか考えるとどうしても長嶋茂雄(≒プリティ)が浮かんでしまう罠。というかひょっとしてこれはポアロ読者にとってはベタなネタなのか。

ABC殺人事件
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アガサ・クリスティー 堀内 静子
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北村薫『ニッポン硬貨の謎』

北村薫 and エラリークイーン and 「五十円玉二十円の謎」と来れば期待しないわけにいくまいて、と、未読だった『シャム双子の謎』も読んで望んだわけでございます。結果としてはうーん…まだ読むべきじゃなかったかもしれない…

北村薫がクイーンの未発表原稿を訳した、という設定で文体パスティーシュをしているわけなんですが、3,4ページめくるたびに訳注が挟まって、マニアックな中身をさらにマニアックに解説しているのですが、結果として物語の流れが細切れになってしまって、なんだか乗り切れず。自分が書いた本文に対して訳注で「原文は~だっただが~だろう」等、一人ボケツッコミ状態なのも一因か。エラリー・クイーンが本当に好きで一家言あるくらいの人でないと、訳注のマニアックな部分や、途中に挟まれる『シャム双子の謎』論や、殺人事件の真相の突飛さに乗っていけないのではないのか…。クイーンへの愛で固められた一冊。楽しそうだなぁ。いいなぁ。ずるい、ずるいなぁ。

ニッポン硬貨の謎
ニッポン硬貨の謎

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北村 薫
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綾辻 行人, 佐々木 倫子『月館の殺人(上)』

すごいところで上巻が終わるー。

鉄道マニアだらけのクローズドサークル(?)。内容については下巻がでるまでなんとも言えずですが、伏線になりそうなコマがあれどギャグで目くらましになっている感じ。くすくす笑いっぱなし。いや、ほんと、ラスト見開き2ページが…

月館の殺人 上 (1)
月館の殺人 上 (1)

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綾辻 行人 佐々木 倫子
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