いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』

いとうせいこうと奥泉光が実際に舞台の上で行った文学漫談の活字化。副題に「笑うブンガク入門」とある通り、文学のエッセンスを漫談形式で時にわかりやすく、時にややこしく、時に奥泉光の大ボケで語っていくのが面白い面白い。文学というのはこういうことを考えて論じるんだ、という、「文学」に触ったことがない自分には多くの示唆に富んだ本。これはいい。

いとうせいこうは属性的にはツッコミなんだけど、勢い頭がキレるだけに全てのものにツッコムため、相手がみうらじゅんやシティボーイズ等の「大ボケ」でないと空回りして見えてしまうのだけど、奥泉光の「ボケる時は大きくボケるけど、語るときはしっかり語り、最後にちょっと踏み外す」というスタンスとの距離感がベストマッチ。保育園で泣きすぎ。セカチューを嫌いすぎ。

こうなると残念なのが脚注の渡部直巳で、本文にツッコミを入れたりボケたりと、脚注なのに読者の方を向かずに舞台の方ばかり見ているので、ホントに「入門」として接することになった者としては用語とかもっと注を入れて欲しかったところ。トリオ漫談はポジションが難しい。

「小説」「書く」「読む」「語り手」「物語」「泣く」「ユーモア」…キーワードを繋ぎ俯瞰し構造化しながら紐解いていく。読み終わると、なんか小説を書きたくなってしまうという副作用も生じる一冊。だって二人はこう言うのだ。

「世界を二重化して見ることが、元気の素なんだ」

横山秀夫『ルパンの消息』

警視庁にもたされた一本のタレこみ――15年前に自殺として処理された女性教師の墜落死は、当時の教え子3人による殺人事件だという。時効まで24時間。事件解明に総力を挙げる捜査陣は、その教え子を取調室に連行する。15年前、ツッパリだった彼らは期末テストを学校から盗み出す計画を立てていた。その計画の名は、ルパン作戦――

時効寸前の事件に全力であたる警察サイドと、取調室で語られる15年前の高校生活が交互に描かれるのですが、警察サイドはいつもの横山秀夫の骨っぽいやりとりで安心できるとして、収穫なのが15年前のヤンキーの青春群像の生き生きしているやりとり。おもしろくせつなくで、こういうのも巧いのねー。

15年前の供述と現在が近づいていく終盤は加速するサスペンスに目が離せない展開。三億円事件まで絡めた全体像はかなり大味なものになっているけど、横山秀夫の処女作だということを差し引いてもこれは面白い。今の作風にはあまり見られない「遊び」を見られる貴重な作品だと思う。

麻耶雄嵩『神様ゲーム』

んっ?んっ?んっ?読了後の沸き起こるなぜの嵐。何が起こったんだ!?ジュブナイルの皮をひとたびめくって覗き込めば、そこは「探偵役」と「神の視点」が共存する後期クイーン的世界。いやいやというかこの奇妙な後味はなんだ。ノドに小骨が靴に小石が。

神様ゲーム
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麻耶 雄嵩
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東野圭吾『容疑者Xの献身』

天才数学者でありながら高校で数学を教えている石神。彼は隣人親娘に想いを寄せていた。ある日彼は親娘が元夫を殺してしまった現場に遭遇する。二人を助けるため、持てる頭脳を駆使し、隠蔽を図る石神がとった行動とは…

『探偵ガリレオ』『予知夢』と続く”探偵ガリレオ”シリーズの物理学者・湯川が石神の同級生として登場。混迷する警察捜査を横目に、石神の真意に気づきはじめる。天才同士の対決、という構図もあるが、何よりこの小説のもつ「恋愛感情」と「トリック」の有機的融合に感嘆。想うゆえに、こうするしかない、という流れで隠蔽工作が図られてこれが効果絶大。想いがトリックを生み、トリックが想いを映すという表裏一体。石神ー湯川の友情、という要素も絡むため、書く人が書くと大層盛り上がって大法螺な話になりそうなところ、そこは東野圭吾、最小限の言葉で最大限に効果を生む技量で、読者の中に静かに興奮を巻き起こす。これは巧い。巧いなー。

ただこれは色んな人の意見も聞いてみたいなぁ…。『秘密』で主人公に対する評価が(特に男女で)割れたように、石神の行動に感情移入するか白けるか割れる気がする。メイントリックはマニアでも虚を突くものだと思うけど、恋愛部分と表裏一体な分、感情移入度は作品全体の評価に大きく影響すると思うのだ。非モテ男が捧げた完全犯罪。一途か、キモイか。

藤岡真『ゲッベルスの贈り物 』

謎のアイドル”ドミノ”を探す羽目になったCMプロデューサー「おれ」、著名人を次々と自殺に見せかけていく殺し屋の「わたし」、Uボートで日本に持ち込まれようとしていた最終兵器”ゲッベルスの贈り物”。交わるはずのない平行線が交わったとき、とんでもない真夏の夜の悪夢が幕をあける

あらすじが説明しづらい…。と言ってもトリックがばれてしまうからではなく、様々な要素が入り組んで、終いには日本中を巻き込むとんでもない大風呂敷にまで広がっていくから。後半に行くにつれ伏線がもつれ束ねられていき、もうなにがなにやらの大騒ぎ。仕掛けはあるにせよ、この大法螺の前は小さく平伏すのみ。いやぁ、この人が書く話は伏線やレッドへリングの積み重ねが厚すぎて、結局ストーリーがなんだったのか思い出せなってしまう…。

ゲッベルスの贈り物
ゲッベルスの贈り物

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藤岡 真
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