真相まであと何km 米澤穂信『ふたりの距離の概算』

春を迎え、奉太郎たち古典部に新入生・大日向友子が仮入部することに。だが彼女は本入部直前、急に辞めると告げてきた。入部締切日のマラソン大会で、奉太郎は長距離を走りながら新入生の心変わりの真相を推理する!

古典部シリーズ第五弾。今回の舞台はマラソン大会。

走りながら4月からの出来事を回想する奉太郎。大日向はどんなやつだったか、どの場面でどんな考えをするやつだったか、気になった出来事を思い出す。この回想シーンが日常の謎を解く短編として成立しているので、長編なんだけど連作短編のような、面白い構造になっている。

思い出しては何かに気がつき、時には後方から走ってくる古典部メンバーを待ち伏せして確認、ゴール間近まできていよいよ大日向に接触…という、マラソンの残り距離をタイムリミットとして盛り上げる構成がホント巧い。そして回想シーンや確認事項、その他あれやこれやまで伏線として繋がってしまう妙技!

日常の謎+心理戦なので、どうしても根拠が薄くまさに薄氷を渡る場面もあれど、構成力に唸りまくりです。

ハズれないなぁ、古典部。

籠の外の世界へ 初野晴『空想オルガン』

吹奏楽の“甲子園”普門館を目指すハルタとチカ。ついに吹奏楽コンクール地区大会が始まった。だが、二人の前に難題がふりかかる。会場で出会った稀少犬の持ち主をめぐる暗号、ハルタの新居候補のアパートにまつわる幽霊の謎、県大会で遭遇したライバル女子校の秘密、そして不思議なオルガンリサイタル…。容姿端麗、頭脳明晰のハルタと、天然少女チカが織りなす迷推理、そしてコンクールの行方は?『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』に続く“ハルチカ”シリーズ第3弾。青春×本格ミステリの決定版

「退出ゲーム」(→以前の感想)「初恋ソムリエ」(→以前の感想)に続くハルタ&チカのシリーズ第三弾。4編からなる短編集。今回はいよいよ吹奏楽のコンクールに挑戦。

これまでの二作は、影を抱えた演奏者達を謎解きという「憑き物落とし」をして仲間を増やしてきた。生徒一人をフィーチャーして、その暗がりに光を照らしてきた。その構造が今作ではあまり使えない。

コンクール会場がメインなので、会場周辺で起きたトラブルや他校の生徒との絡みがミステリ的なネタになる。なので前二作のような憑き物落としまでのインパクトはなくちょっと物足りない。ハルタの活躍も抑え目な様子。

それでもこのシリーズとしては通過せねばならない一作であることは確か。コンクールでの経験を経て、さらに成長するであろう登場人物たちに期待が高まってしまうのだ。

彼らの物語を、もっと読みたい。

動物マニアの異世界論理 大倉崇裕『小鳥を愛した容疑者』

鬼警部×動物オタク=動物満載奇天烈事件!捜査一課でならした鬼警部。事故後の復帰先は世にも不思議な部署だった……。動物マニアがその愛ゆえに引き起こす事件! 知られざる生態が事件解決のキーに!

4編からなる短編集。容疑者や行方不明者などが飼っていたため引き取り手がいなくなってしまった動物たちの面倒を一時的にみる、というのが建前なんだけど、一筋縄ではいかないものばかり。100羽を超えるジュウシマツ、アパートに残された大小2匹のヘビ、一戸建ての庭を占有する巨大なリクガメ、部屋で放し飼いのフクロウまでご登場。

で、飼育状況や動物の生態から事件の解決にどんどん近づいていく。これがなんだか新しい。

容疑者も捜査官も動物好きなので「この動物を飼うのにこの部屋はおかしい」「三日も放置されていたのにこの状況は不自然」といった推理が成立してしまう。かつて西澤保彦がSF的状況で本格推理を展開した時のような「異世界の中での推理」が動物好きという輪の中で出来上がっちゃてるのだ。

こちらとしては専門知識がないので指をくわえて見てるしかないんだけど、独自の世界の中の独自の推理劇はなかなかどうして楽しい。容疑者の動機まで動物好きフィルターがかかっているので、落ち着く先も予想がつかない。

動物好き捜査官の薄(うすき)巡査のキャラも楽しくてテンポ良く読める。福家警部補に次ぐシリーズとして続編も期待しています。

名探偵という名の文化財 麻耶雄嵩『貴族探偵』

「人は僕を『貴族探偵』と呼ぶね」

高級ジャケットに身を包み、使用人を従えて、突然事件現場に現れる『貴族探偵』。なんだか知らんけど警察上層部にまで顔が利く偉いご身分。退屈しのぎに探偵をしてると居座って、現場の美女に歯の浮く台詞をはきながら、どかっと座って使用人に現場検証と聞き込みを任せる貴族探偵。

自分は動かないまま推理する安楽椅子探偵かな…?と思いつつ読んでると、広間に人が集められる。「さて皆さん」と前口上が始まりさていよいよ貴族探偵の口から推理が、という場面で「ではあとは執事の山本が説明します」

お前がやるんちゃうんかい!

というツッコミを読者と登場人物からうける貴族探偵はこう言う。「推理なんて面倒なとこは使用人に任せておけばよいのです」

そんな貴族探偵が活躍する短編を5編集めた短編集。事件の複雑さはさすがの摩耶雄嵩クオリティ。密室作りに失敗してる現場から立ち上がる難解論理、雪に閉ざされた館で三人の人物がじゃんけんのように互いを殺し合ってる現場、殺害現場の別荘から落とされた落石など曲者ぞろい。

貴族がボンクラで使用人が賢い、というのは「黒後家蜘蛛の会」など昔からよく見られる構造。だけども、本作は「名探偵 木更津悠也」と同様に名探偵を記号と実像に分解してしまう。名探偵役は自身を名探偵として認識し、それを成立させるために裏方が働く。まるで名探偵という名の文化財を守るように。

神様が神社を建てた訳ではない。社長が全部の仕事をしてる訳ではない。というわけで名探偵が推理しなくてもいいじゃない、という展開は、なんでやねん!と笑いを誘うその一方、「名探偵」ってなんだろね、と問いかけてるよう。

ともあれ設定も事件もオススメの逸品。特にアンフェアすれすれの「こうもり」にはのけぞった。いいのかいなーあんなことしてー。
 

桃ラーを取り引きする

一時期大ブームを巻き起こしながらも、生産が追いつかないのかすっかり見かけなくなってしまった桃屋の「辛そうで辛くないちょっと辛いラー油」

おかずラー油などの「桃ラー」フォロワーがどんどん発売される中、未だに売り場で見かけることがない。もう秋も終わろうかというのに。

そんな「桃ラー」であるが、近所のOKストアにてやっと動きがあった。桃ラーの売り場に商品は相変わらず置かれてないのだけど、こんな紙が張り出されたのだ。

「桃屋の『辛そうで辛くないちょっと辛いラー油』をご用命のお客様は、サービスカウンターまでお越しください」

まさかのサービスカウンター登場。すごい闇取引っぽい。

言い換えればこんな感じだ。
 

「桃屋の『辛そうで辛くないちょっと辛いラー油』をご用命のお客様は、明日午前二時に1人で大黒ふ頭までお越しください」
 

絶対非合法のものだ。ジェラルミンケースに現金を用意して、同時に交換だ。その場で中も確かめねばなるまい。二段目から「ごはんですよ」になってる可能性があるからだ。
 

「桃屋の『辛そうで辛くないちょっと辛いラー油』をご用命のお客様は、使い古したお札を用意して紙袋に分けて入れ、10:12池袋発の東武東上線に乗車し次の指示をお待ちください(なお警察には通報いたしませぬようお願い申し上げます)」
 

受け渡しの指示だ。紙袋は江戸川の河川敷に投げるのだろうか。ではどうやって桃ラーを受け取る?そもそも桃ラーは無事なのか?桃ラーの声はまだ聞いていない。
 

とかいろいろ考えてこわくなってまだサービスカウンターには行ってない。