名探偵という名の文化財 麻耶雄嵩『貴族探偵』

「人は僕を『貴族探偵』と呼ぶね」

高級ジャケットに身を包み、使用人を従えて、突然事件現場に現れる『貴族探偵』。なんだか知らんけど警察上層部にまで顔が利く偉いご身分。退屈しのぎに探偵をしてると居座って、現場の美女に歯の浮く台詞をはきながら、どかっと座って使用人に現場検証と聞き込みを任せる貴族探偵。

自分は動かないまま推理する安楽椅子探偵かな…?と思いつつ読んでると、広間に人が集められる。「さて皆さん」と前口上が始まりさていよいよ貴族探偵の口から推理が、という場面で「ではあとは執事の山本が説明します」

お前がやるんちゃうんかい!

というツッコミを読者と登場人物からうける貴族探偵はこう言う。「推理なんて面倒なとこは使用人に任せておけばよいのです」

そんな貴族探偵が活躍する短編を5編集めた短編集。事件の複雑さはさすがの摩耶雄嵩クオリティ。密室作りに失敗してる現場から立ち上がる難解論理、雪に閉ざされた館で三人の人物がじゃんけんのように互いを殺し合ってる現場、殺害現場の別荘から落とされた落石など曲者ぞろい。

貴族がボンクラで使用人が賢い、というのは「黒後家蜘蛛の会」など昔からよく見られる構造。だけども、本作は「名探偵 木更津悠也」と同様に名探偵を記号と実像に分解してしまう。名探偵役は自身を名探偵として認識し、それを成立させるために裏方が働く。まるで名探偵という名の文化財を守るように。

神様が神社を建てた訳ではない。社長が全部の仕事をしてる訳ではない。というわけで名探偵が推理しなくてもいいじゃない、という展開は、なんでやねん!と笑いを誘うその一方、「名探偵」ってなんだろね、と問いかけてるよう。

ともあれ設定も事件もオススメの逸品。特にアンフェアすれすれの「こうもり」にはのけぞった。いいのかいなーあんなことしてー。
 

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