「働けど 働けど なお わが暮らし 楽にならざり ぢっと手を見る」と詠んだのは石川啄木。現代ならまさにワーキングプア、といった感じですが、最後の「ぢっと手を見る」がやりきれなさを肌で感じるものにしていると思う。深い。
ではこの「ぢっと手を見る」をあちこちに応用すると、よりやりきれなさを感じることができるのじゃないか。
・席を譲ったのに断られる ぢっと手を見る
・何もない床でつまずく ぢっと手を見る
・第3のビールで二日酔い ぢっと手を見る
・なんでも無いようなことが 幸せだったと思う ぢっと手を見る
意に反してエンタ芸人みたいになってしまった。「今日もぢっと手を見るのは、この男ー(声:坂上みき)」みたいな。
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