漫画「カイジ」の映画版には「カイジ 〜人生逆転ゲーム〜」というサブタイトルがついてる。
他のお話にだっていろいろな人生逆転があると思う。全部〜人生逆転ゲーム〜ってつけてみたらどうだろう。
「スラムドック・ミリオネア 〜人生逆転ゲーム〜」
「ゴッドファーザー 〜人生逆転ゲーム〜」
「ショーシャンクの空に 〜人生逆転ゲーム〜」
名画も一気にB級邦画っぽくなってしまう。
「1973年のピンボール 〜人生逆転ゲーム〜」
すごいゲームっぽい。ピンボールの描写すごそう。
「シンデレラ 〜人生逆転ゲーム〜」
ぜったいお城にたくさんの貧乏人が集められてる。
「論語 〜人生逆転ゲーム〜」
そんな人じゃなかったはずなのに。
「ハイジ 〜人生逆転ゲーム〜」
親友だと思っていたクララに裏切られながらも、最終的にはゼーゼマンさんの屋敷を賭けて、あの長いブランコに乗るんだと思う。
「はまかいじ 〜人生逆転ゲーム〜」
横浜〜甲府間を結ぶ特急列車だけどそれ以上浮かばない。
結局ダジャレで終わってしまった。
珍しく告知です。
先月、道尾秀介『ラットマン』
が文庫化されまして、明日8/23の朝刊(毎日・読売)に新聞広告が掲載されるんですが、そこにうちのサイトの当時の感想文からコメントが引用されることになりました。
名前とサイト名が載るという、まさかの全国紙デビュー。新聞買わないと!
『ラットマン』は仕掛けの絶妙さが今も記憶に残っている傑作で、そんないい作品の広告に使われることになるとは、こちらも嬉しいかぎりです。あれ、すごかったもんなぁ。
というわけで、明日の新聞の折り込みチラシをチェックしてみてください。
違った。
毎日新聞・読売新聞がお手元にありましたらチェックしてみてください。

世の中の「みんな」と「おんな」を入れ替えると、なんか違和感なく新しいものが産まれそうな気がする。
「おんなのゴルフ」
あのみんなのゴルフが女子プロゴルファー限定仕様に!
「みんなののど自慢」
一方、女ののど自慢は大衆に開かれたものに!
「みんなの操」
それは大衆に開いちゃだめ!
「赤信号 おんなと渡れば 怖くない」
なんかヤクザが悪い事する前日にベッドの上で言ってそう。「…ってな」って。
「おんなのうた」
それでもやっぱり桑田圭佑が歌ってると思う。
「みんなの道」
公道ですね。
「おい!みんな子供には手を出すんじゃねぇぞ!」
子供は大事ですね。
「おんなの党」
アジェンダの一人称は全部「あたしは〜」
「土曜ワイド劇場 法医学教室の事件ファイル〜別府温泉殺人事件 湯けむりに消えたみんな」
馬鹿な!男湯にも女湯にも誰もいないだって⁈
「幻のみんな」
みんなどこにいったの…。
「火の国のみんな」
みんな元気かな…
例えばこれから僕に息子が生まれたとする。
僕は小さい頃から運動オンチだった。野球やサッカーに全然興味がなかった。なので、物を遠くに投げるやり方を知らずに育ってしまった。中2のとき、ハンドボール投げで12mという記録をだし、「女子か!」と散々笑われた。バットでボールを打てず、キックベースですら三振したことがある。
そんな僕に息子ができたとする。
僕が子供の頃より、日本人アスリートは世界で活躍している。メジャーリーグで、ワールドカップで、ゴルフで、フィギュアスケートで、世界と戦う人々がいる。
で、いつか息子に言われる。
「お父さん、キャッチボールしよう」と。
インドア派では負けなしのお父さんも、途端に腰が重くなる。マリオじゃだめかな。小さい声でつぶやいてみるが、そんなことを提案してはいけないことはわかっている。外に出る。息子から渡されたボールを手に取る。行くぞ、と自分に言い聞かせ、投げたフォームは女投げ。父の威厳が音をたてて決壊する。
こんなお父さん、世の中に結構いるんじゃないかと思う。幼少期をファミコンと漫画とテレビで過ごしてしまったようなお父さん。
こんなお父さんを対象としたカルチャースクールを開いたら結構集まるんじゃないだろうか。
キャッチボール以前に、物の投げ方・受け取り方から教えてくれる。近くにはフワッと、遠くには思いっきり、そこそこのところにはそこそこの力で(これが一番難しい!)。もう初歩の初歩から教えてほしい。サッカー編や逆上がり編、フリースロー編やフリスビー編、キャンプ生活編もほしい。
先生は体育会系バリバリだと人の痛みがわからない可能性があるので、同じ境遇にいながらそれを克服した人がいい。僕もむかしそうだったんですよ、と休憩時間に話題にしてほしい。女子なら体育会系でも別に構わない。
あと子供にばれない様に時間は平日の夜がいい。最後にビールがほしい。酔っ払って帰ってきて、さもダメな感じを出しながら、実はちゃんと練習しているのだ。ニヤニヤしながら寝る。
あぁ、ホントにないかなぁ。
iPadって、江戸時代に踏み絵で使ってた石板ぐらいの大きさだと思う。
iPadいっぱいにキリストの画像を表示して、これが踏めるかどうかで隠れキリシタンを探すハイテク大名。もう一押しすれば落ちそうな農民にはiPadをフリップしてキリストの画像をアップにしたり賛美歌を流したりする。「隠れキリシタンもわかる、iPadならね」だ。
しかし、アップルの信者もiPadを踏めないと思う。上記の手順では両者の見分けがつかない。隠れキリシタンを見つけるためには、ちゃんと段取りを考えなければ。
(1)iPadにキリストの画像を表示する
→踏む:隠れキリシタンでもアップル信者でもない(END)
→踏まない:(2)へ
(2)iPadをフリップしてスティーブ・ジョブズの画像に切り替える
→踏む:アップル信者ではなく、隠れキリシタン(END)
→踏まない:(3)へ
(3)「これ(iPad)欲しい?」と聞く
→二の足を踏む:アップル信者ではない。(4)へ
→二の足を踏まない:普通に欲しいだけ?(4)へ
(4)キリストを掘った石板を用意する
→踏む:隠れキリシタンではない(END)
→踏まない:隠れキリシタンである(END)
結局アップル信者ではないことはわかるが、アップル信者だと確定することができない。難しい問題だ。
なんの話だったっけ。
「吾輩は猫である。名前はまだない」
夏目漱石『吾輩は猫である』の有名な出だし。吾輩は、とか意識をもつくらい育ってるのに、名前がまだついてないのって逆にすごい。「名前はまだない」をいろんな作品にくっつけたら、おもしろいことになるんじゃないだろうか。
「親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている。名前はまだない」
「働けど働けど 我が暮らし楽にならざり ぢっと手を見る。名前はまだない」
「ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、ベッドの中で自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。名前はまだない」
「それはいつ生まれたのか誰も知らない。 暗い音の無い世界で、ひとつの細胞が分かれ増えていき、三つの生き物が生まれた。彼らはもちろん人間ではない。また、動物でもない。 だが、その醜い体の中には正義の血が隠されているのだ。名前はまだない」
「見知らぬ、天井。名前はまだない」
「体は子供、頭脳は大人!名前はまだない」
「室井さん聞こえるか、名前はまだない」
「メロスは激怒した。名前はまだない」
メロスって言ってんのに。
Twitterで【にせオシム】語録で遊びすぎてしまいました。
いかにもオシムが言いそうな言葉を考える【にせオシム】(まとめはこちら→#niseosim)だいぶ量産してしまったので、こちらにも置いておきます。
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落としたのは金の斧だ、と言うくらいの攻めがほしいところだ。
(ハーフタイム中に)お湯とありったけのタオルを!
止まない雨はない。明けない夜はない。そして、終わらない二次会もないのです
今の日本の理想と現実は、川崎と新川崎くらい離れていると言わざるを得ない。
カラオケで一曲目にサライを歌いますか?それと同じ事です。
熱くなることは時に愚かなことです。シューゾー・マツオカに伝えてください。
(難しい表情のまま、挑発的に足を組み替える)
サンマ・アカシヤが出すパスはパスとは言わない。ピッチに不安な空気を持ちこんで、どれほどの点が取れますか?
うお座は11位です。
あなたが使っている最寄り駅が、本当に最寄りだと思っているのですか?
パラグアイとウルグアイの戦力は大いに異なります。Googleとgooは同じものでしょうか?
(椅子から立ち上がり、コマネチ。首をひねりながら着席)
4年…決して短くはない歳月です。SPEEDはデビューから解散まで3年8ヶ月でした。4年間の重みを胸に刻むべきです。そして、代表メンバーは SPEEDのように再結成などしないことも。
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ちなみにサッカーにもオシムにも全然詳しくありません。勘で書いています。はたして面白くなっているのだろうか…。