近藤史恵『タルト・タタンの夢』

だまって食べればピタりと解ける。

下町の小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マル。風変わりなシェフのつくる料理は、気取らない、本当にフランス料理が好きな客の心と舌をつかむものばかり。そんな名シェフは実は名探偵でもありました。常連の西田さんはなぜ体調をくずしたのか? 甲子園をめざしていた高校野球部の不祥事の真相は? フランス人の恋人はなぜ最低のカスレをつくったのか?……絶品料理の数々と極上のミステリ7編をどうぞご堪能ください。

MYSCON9昼の部のゲストの一人、近藤史恵さんの現時点でのミステリ最新刊。

謎をすべて料理に絡ませていて、シェフが用意した料理を”食べれば解ける”状態にもっていってるのが面白い。北森鴻の「香菜里屋」シリーズを思わせるけども、こちらはフランス料理一本。この縛りをこなすには肩に力が入りそうなところ、さらっと後味軽く作り上げてるのも旨い。いや、巧い。

上品な作品集であり、分量も上品ゆえ、読了後もまだ食べ足りない感じが残るのですが、それはそれ、今後のシリーズ化でメニューが増えていくのも期待しております。

「予防してのやさしさ」は確かにある。『やさしさの精神病理』を読んだ。

現職の精神科医が現場で感じる”やさしさ”の偏移そして変異とは。

席を譲らない“やさしさ”,好きでなくても結婚してあげる“やさしさ”,黙りこんで返事をしない“やさしさ”…….今,従来にない独特な意味のやさしさを自然なことと感じる若者が増えている.悩みをかかえて精神科を訪れる患者たちを通し,“やさしい関係”にひたすらこだわる現代の若者の心をよみとき,時代の側面に光をあてる.

お互いの心に踏み込まない、相手の気持ちを先回りして自分の行動を制限する、誰のせいにもできないため決断ができない…。”やさしすぎる”ためにいろいろねじれてしまう人々たち。著者曰く、現代のやさしさは「治療としてのやさしさ」でなく「予防してのやさしさ」だという。

あぁ、あるあるとうなずいているうち、自分の中にもこの”やさしさ”が存在していることに気がつく。傷つかないための「予防としてのやさしさ」は確かに、ある。

そしてネガティブな感情(傷ついた!)や「自分探し」がその”やさしさ”を中心に説明されてしまうと、なんだかタネを見せられたような、そんなことだったのか!と、ふっ、と弛緩する。

著者と患者の面談がケーススタディとして豊富に書かれているんだけど、これが思いのほかミステリっぽい。患者が精神科にやってきた動機が謎となり、探偵でもある精神科医が巧妙な質問と推測で謎を引き出していき、最後に患者本人が自分の心境に気づいて大団円。ちょっと出来すぎな気もするけど(「私…子供産もうかしら」にはさすがに意表を突かれた)まさに「日常の謎」のような趣きです。

10年以上前の本だけど、「相手の気持ちを読もうとして」「沈黙したり立ち去ったり」なんて、まさに今でいうところの「空気を読んでスルー」。自分探しの話題もあり、まだまだ現代にも通じる内容です。

作中で「自分たちの”やさしさ”は大人にはわからない」と言っていた若者なんて、もう大人になってるじゃないか。行き過ぎた”やさしさ”はどこまで行き過ぎるんだろう。

 

↑内容と全然関係ないけど、この本にミステリを感じる方には連城三紀彦『恋文』なんてオススメしてみよう。日常のホワイダニットを男女間の揺らぎに埋め込む5編の短編集。

米澤穂信『遠まわりする雛』

「古典部」シリーズ最新作。古典部のメンバー4人の入学直後から『クドリャフカの順番』で舞台となった文化祭を経て、春休みの出来事までをピンポイントに取り出した短編集。これまでの長編3作の合間にあった「日常の謎」が明らかに。

”省エネ主義”なのに解決役を頼まれて、結果として安楽椅子探偵っぽくなってしまう主人公・折木奉太郎は健在で、校内放送で『九マイルは遠すぎる』をやってしまう「心当たりのあるものは」は推理作家協会賞候補にもなった良作。

しかしやはり白眉は「手作りチョコレート事件」と「遠まわりする雛」。日常の謎を織り交ぜながら、古典部男女4人の人間関係が動き出す。気づかないふりをしていた気持ちが、見過ごせないほど大きくなっていく。あぁ青春やなぁ。

シリーズを通して読んでる人ほど本作の展開は最重要。1年が終わり、そして春が来るのである。

左右色違いスリッパの謎

わかってみれば簡単なことだったのです。

先日の熱い整形外科にまた行ってきました。この病院は入り口に「除菌スリッパラック」が設置されているんです。これがどんな動きをするかというと、

1.脱いだスリッパをラックの投入口に入れる(投入口は2つあって左右1足づつ入れる)
2.ラックの中には複数のスリッパがたまるようになっていて、中で除菌される。
3.ラックの前方についてる「取り出しボタン」を押すと、下から除菌されたスリッパがポトリと出る。
(調べてみたらあった。これ。→シバウラ スリッパ殺菌ディスペンサーSSDX

で、今日を含め過去3回、取り出しボタンを押すと、左右違う色のスリッパが出てきた。

そもそも2色のスリッパを置いてる病院も病院なのだけど、なんで左右違う色のスリッパが出てくるのかすごい気になっていた。

左右違う色のスリッパなんて履きたくないので、僕はその場で近くの下駄箱からスリッパを1足取り出して、左右同じ色にして履いてたわけなのです。他の患者さんを見ても左右違う色のスリッパを履いてる人はいない。で、帰るときは左右同じ色のスリッパをラックに入れるはず。ラックの左右の列には同じ数のスリッパが同じ色の順番で入っているはずなのに、左右違う色のスリッパが出てくる。

これはなに、僕だけ?神が与えた試練?というかむしろ左右違う色に見えるのは僕だけ?とか思っていたのですが、

今日、その謎が解けた。
 
 
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藤野恵美『ハルさん』

最近娘が生まれた親馬鹿パパの僕としては、こんなに胸に来るお話はございません。

主人公「ハルさん」は人形作家。娘のふうちゃんの結婚式の日、ハルさんは式場に向かいながら、ふうちゃんとの日々を思い出す。幼稚園の時の玉子焼き消失事件、小学生の時の失踪騒動…。柔らかな日々には常に、天国にいる奥さんの瑠璃子さんの声があった。

まず構成がズルい。最初はハルさんがふうちゃんの結婚式に向かうシーンから始まる。式場に向かいながら、ふうちゃんとの思い出をかみ締めるハルさん。その回想シーンがひとつの章となり、最初幼稚園児のふうちゃんが、小学生、中学生と章を追う毎に徐々に成長していく。ふうちゃんの成長を共に見守りながら、一方ではどんどん結婚式が近づいてくるのである。なんと切ないことか。

そしてハルさんがあまりにも優しい気持ちをもったお父さんで、もうそこに感情移入してしまって大変。ふうちゃんがちょっと迷子になればおろおろして探し回り、ちょっと家が貧乏っぽい話をされるとしょんぼりし、大人になったふうちゃんと幼稚園のころをいちいち照らし合わせて成長を喜んだりする。

「日常の謎」系ミステリとしても及第点で、特に「子供の発言の裏」に絡んだものに特徴ありな感じ。大人が聞くと普通の意味なんだけど、その時子供としては大変な意味を持っていたり、という意識の違いがほどよくミステリに絡まっております。

父と子の、あの柔らかく暖かな日々。ひとつひとつの成長を追いつつも、読み進めるたびにどんどん迫ってくるふうちゃんの結婚式。全ての親馬鹿お父さんはハンカチのご用意を。