中野駅には近づくな 大倉崇裕『白戸修の狼狽』

社会人になったばかりの白戸修。アルバイト先や、落とし物を拾ったところで事件に巻き込まれる。人の頼みを断れない、困っている人を見過ごせない、そんなお人好し青年だけど、いつの間にか事件を解決。サクッと読めてクスッと笑える癒し系ミステリー。

『白戸修の事件簿(旧題:ツール&ストール)』に続く稀代のお人好し・白戸修。東京・中野に行くと必ず事件に巻き込まれるという特異体質(?)の持ち主である。

その内容は、落書き犯人を追う「ウォールアート」、コンサート会場設営に潜む妨害「ベストスタッフ」、隠された盗聴器に仕組まれた裏の裏「タップ」、都内中を巡るスタンプラリーと暴力スリ集団「ラリー」、コンサート会場警備にまたしても罠「ベストスタッフ2 オリキ」を含む短編5編。

会場設営や盗聴バスターズ、アイドルの熱烈ファンまで、「その道のプロ」が白戸修を巻き込んでいく。「その道」の世界には「その道」の常識や隠語があって、日常から一歩踏み込むとまた別の世界が広がるのが面白い。特にアイドルファンの「オリキ」はホントにこんなんなってんの!?というくらいちょっとおっかない世界である(でもやっぱりホントっぽい→ オリキとは – はてなキーワード

ある意味マニアックな世界とそこでの犯罪を描きながらも、お人好しキャラ白戸修のおかげで救いのある物語となり、全体として後味のよいライトな仕上がりになっております。軽めだけどしっかししたミステリをお求めの方に。

動物マニアの異世界論理 大倉崇裕『小鳥を愛した容疑者』

鬼警部×動物オタク=動物満載奇天烈事件!捜査一課でならした鬼警部。事故後の復帰先は世にも不思議な部署だった……。動物マニアがその愛ゆえに引き起こす事件! 知られざる生態が事件解決のキーに!

4編からなる短編集。容疑者や行方不明者などが飼っていたため引き取り手がいなくなってしまった動物たちの面倒を一時的にみる、というのが建前なんだけど、一筋縄ではいかないものばかり。100羽を超えるジュウシマツ、アパートに残された大小2匹のヘビ、一戸建ての庭を占有する巨大なリクガメ、部屋で放し飼いのフクロウまでご登場。

で、飼育状況や動物の生態から事件の解決にどんどん近づいていく。これがなんだか新しい。

容疑者も捜査官も動物好きなので「この動物を飼うのにこの部屋はおかしい」「三日も放置されていたのにこの状況は不自然」といった推理が成立してしまう。かつて西澤保彦がSF的状況で本格推理を展開した時のような「異世界の中での推理」が動物好きという輪の中で出来上がっちゃてるのだ。

こちらとしては専門知識がないので指をくわえて見てるしかないんだけど、独自の世界の中の独自の推理劇はなかなかどうして楽しい。容疑者の動機まで動物好きフィルターがかかっているので、落ち着く先も予想がつかない。

動物好き捜査官の薄(うすき)巡査のキャラも楽しくてテンポ良く読める。福家警部補に次ぐシリーズとして続編も期待しています。

大倉崇裕『福家警部補の再訪』

鑑識不在の状況下、警備会社社長と真っ向勝負(「マックス号事件」)
売れっ子脚本家の自作自演を阻む決め手は(「失われた灯」)
斜陽の漫才コンビ解消、片翼飛行計画に待ったをかける(「相棒」)
フィギュアに絡む虚虚実実の駆け引き(「プロジェクトブルー」)
好評『福家警部補の挨拶』に続く、倒叙形式の本格ミステリ第二集。

前作『福家警部補の挨拶』に続くシリーズ第2作。コロンボや古畑任三郎みたいに犯人側の犯罪が先に出てきて段々暴かれる、いわゆる倒叙もの。メガネ女子の童顔警部補が今回もネチネチと容疑者を追い詰める。今年の正月にはNHKで単発ドラマ化されたりもしました(主演:永作博美、電線音頭:小松政夫)

『~挨拶』もそのクオリティの高さに大満足でしたが、今回もすごいなぁ。特に好きなのは「マックス号事件」かなぁ。警備会社社長が犯した殺人を偶然乗り合わせた福家が追い詰めるのだけど、舞台は航海中の船上なので鑑識が来れない。船を下りられると逃げられてしまうので、タイムリミットも迫る。不利な状況下ながら、最後のページの最後の最後まで決め手を明かさない構成。おおおと唸ることうけあいです。

ただちょっと、どうしても気になるのが「童顔の福家が聞き込みに行くと、警察の人と思われず門前払いにされそうになり、福家もなかなか警察だと名乗らず、押し問答の末にやっと警察手帳を見せて、すいませんねぇとなる」というくだりが全編かけて何度も出てきてですね、お約束なんだろうけども毎度毎度同じなのでどうもちょっとイラっとしてしまうこともあってですね、「最後まで刑事と思われないまま聞き込み完了」とかバリエーションをちょっと変えたりしてもらえるともっと良いかなぁとか思ったりもしました。

大倉崇裕『聖域』

安西おまえはなぜ死んだ? マッキンリーを極めたほどの男が、なぜ難易度の低い塩尻岳で滑落したのか。事故か、自殺か、それとも――3年前のある事故以来、山に背を向けて生きていた草庭は、好敵手であり親友だった安西の死の謎を解き明かすため、再び山と向き合うことを決意する。すべてが山へと繋がる、悲劇の鎖を断ち切るために――。
「山岳ミステリを書くのは、私の目標でもあり願いでもあった」と語る気鋭が放つ、全編山の匂いに満ちた渾身の力作。著者の新境地にして新たな代表作登場!!

『川に死体のある風景』 収録の「遭難者」にて、切れ味鋭い山岳ミステリを書いていた著者、念願の長編。著者自身も登山の経験があり、何の説明もなく山岳用語が乱れ飛ぶけど、リーダビリティが高く一気に読める。

安西が滑落した塩尻岳では、過去に安西の恋人も命を落としている。事故か、自殺かと調べていくと、塩尻岳の「山小屋存続運動」というきな臭い存在が出てくる。複数の死と複数の推測という糸が、最初は細く、やがて太く編みあがっていく展開に目が離せない。

主人公の環境と断ち切れぬ山への想い、登山をめぐる人と金、そしてなにより厳寒の冬山登山の描写が見事にあわさってる。ミステリの仕掛け的には全然複雑でもなくむしろ古典的ですらあるのに、終盤まで全く浮かばなかった。没頭してた。

広く知られていない分野、主人公の葛藤と成長という意味では近藤史恵『サクリファイス』 を連想したりもする。負けず劣らずの大倉崇裕渾身の代表作。やろうと思えばもっとお涙頂戴感動ものもできるところ、冷静に処理しているのもクール。

大倉崇裕『警官倶楽部』

マニアが過ぎてもはや特使能力がついてきちゃった警察マニア達が、巻き込まれたトラブルを解決させるために東奔西走する大倉崇裕『警官倶楽部』。同じ作者による『七度狐』等の本格路線より『無法地帯』のアクションもの寄りです。

盗聴・鑑識・パトカー・銃器・逮捕術・尾行などなど、様々な警察マニアがそれぞれの技能を駆使するわけで、その幅広さはとても面白い。ただ秘密の倶楽部にしてはだいぶ人数が多くって(10人以上?)薄味になっちゃった印象。困った→あいつを呼ぼう→よかった→困った→別のマニア登場→よかった→困った…の連続でキャラが使い捨て気味なので、それぞれイジったり組合せたりしたらもっと面白いことできそう。盗撮マニアの双子とか。