小路幸也『モーニング』

タイトルは朝の”Morning”ではなく、”Mourning”。悲嘆, 哀悼、そして喪服。

あの人のためにしたことを、後悔したことなんか、ない――。
大学時代の親友である河東真吾の訃報に接した私。葬儀のため福岡に集まったのは、
同じ大学でバンドを組み、四年間一つ屋根の下で共同生活を送った淳平、ヒトシ、ワリョウ。
葬儀を終え、それぞれの家へ、仕事へ戻ろうとしたとき、今は俳優となった淳平が言った。
「この車で一人で帰って、自殺する」。
何故? しかもこんなタイミングで?
思いとどまらせるために、私たちは明日の仕事を放り投げ、レンタカーで一緒に東京まで向かう決意をする。
「自殺の理由を思い出してくれたら、やめる」。
淳平のその言葉に、二十数年前のあの日々へと遡行するロングドライブが始まった。
それは同時に、懐しい思い出話だけでは終わらない、鍵をかけ心の奥底に沈めた出来事をも浮上させることになっていくが……。

小路幸也でロングドライブといえば『Q.O.L』(隠れた傑作!)なわけですが、今回は喪服の40代男性4人組。iPodで80年代ロックを流しながら、20年前を回想し、センチメンタルが暴走する。あの頃、みんなの大切な人だった、一人の女性がいた。

4人の共通の思い出(トラウマ的な)があって、何も知らない5人目の同乗者となった読者に向けて、それが少しづつ少しづつ明かされていく。これがまた思わせぶりで、そして最初の5人の共同生活の様子がまた楽しげなので、これからどんなことになるのか気になって気になってページをめくることに。

小路幸也は基本的には”善”の人で、でもたまに”善”が過ぎちゃって、「そこまでは許せないでしょ…」という場面があったりする。本作はもう、主要5人がみな”善”なのだけど、若いときの”善”とオッサンになってからの”善”を交互に出してくるので、なんだかもうこの人たちはオールオッケーな気分になってしまう。そしてオールオッケーだからこそ、”善”の人が悲しい気分になっているのがまた悲しくなる。感情移入してしまうのだ。

20年の時を経て、夜通し駆け抜けて、彼らがどんな夜明けを迎えるのか。正直、ちょっと、「え…」と、戸惑うのですが、そこはオールオッケーで。

小路幸也 『シー・ラブズ・ユー―東京バンドワゴン』

あの全世代対応ホームドラマ、『東京バンドワゴン』(→感想)の続編。四世代同居の古本屋兼カフェ「東京バンドワゴン」の四季を4つの短編で綴る。古本とともに舞い込む謎。笑いと涙。おぼろげな光。

どんどん家族が増えていくなぁ。店の常連や近所の顔なじみなど登場人物も多彩。そのみんなが人情に溢れ、笑って泣いての物語はまさに下町の「性善説」。明るく騒がしいその裏にはつらい過去や悲しみがあって、シリーズが進むにつれ色んな秘密が明らかになり、どんどんキャラクターに厚みが出てきていますね。

売った本を1冊づつ買い戻す老人や、幽霊を見る小学生、中身がくり貫かれた百科事典など、「日常の謎」的ミステリ要素も健在。かといってそんなバリバリ伏線がというわけでもなく、かなりホームドラマに溶け込んでいる印象。あくまでスパイス。だがこれがとても相性がいいような気がする。特に幾つもの変な出来事が同時に進行したりすると、大家族の人海戦術も生かせるし、登場人物それぞれに見せ場が生まれたりもするし、大円団も茶の間で迎えられたりする。「日常の謎」と「ホームドラマ」はいい組み合わせなんだなぁと改めて感じたりしました。

そうそう、朝食のシーンが毎回冒頭にかかれているんだけど、このシーンを作者はとても大事にしているんじゃないかしらん。全員揃った食卓で、ワイワイガヤガヤと台詞が入り乱れ、賑やかに一日が始まる。家族の幸せここにあり。前作『東京バンドワゴン』の話がところどころ出てくるので、前作を読んでない人は前作を、前作を読んだ人は本作を是非お手にとっていただきたい。まぁつまりはみんなにおススメということであります。

小路幸也『東京バンドワゴン』

東京下町の老舗古本屋「東京バンドワゴン」は、親子四世代が一つ屋根の下に暮らす大家族。騒々しい毎日の中で、事件も人情も万事解決の春夏秋冬。日向で綴られる人情噺。

いやー、面白かった。今年ベスト級の一冊と言ってしまおう。「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」「ムー一族」など昭和のホームドラマが平成の世に蘇る。家族の中にはシングルマザーあり、実家と勘当している嫁あり、プレイボーイのツアコンあり、”伝説のロッカー”あり、そして頑固一徹の親父あり、とキャラクターは豊富。ちゃぶ台を囲んで食事して、トラブル起きて解決して、傍らでは猫も鳴く。

それにしても登場人物が多い多い。大家族の8人が家の中を右往左往して、ご近所さんや常連客なども出たり入ったり、そこに起こるトラブルの関係者などなど、ざっくざっくの大騒ぎ。それがみんな根はいい人でできていて、さらに語り手のおばあちゃん(幽霊)が暖かく描写する。このおばあちゃんフィルターが”騒がしいながらも落ち着く”という大家族特有のムードを作りだしているように思った。

このホームドラマに日常の謎というミステリ要素も絡めつつ、笑って泣かせる作品に仕上がってます。たまらんなぁ。エピソードが濃縮されていて2時間スペシャルドラマみたいになってるけど、ここから連ドラ(シリーズ化)にして欲しいなぁ。親と子がいてLOVEがある。全世代対応型ホームドラマ、ぜひぜひぜひ!

小路幸也『ホームタウン』

札幌の百貨店に勤める柾人。仕事の内容は”内偵”。ある日柾人の元に妹の木実から手紙が届いた。もう数年会っていない妹。結婚するという知らせだった。式も間近になった頃、妹とルームシェアしている女性が尋ねて来た。木実が突然いなくなったという。しかも手ぶらで。調べてみると木実が消えた一週間前に婚約者も消えていた。失踪か。それとも…。仕事で得たスキルを秘め、柾人は故郷の旭川に向かう。木実と二人で逃げ出した”あの事件”以来近づかなかった、あの故郷に。

帯が乙葉なのね。人探しの過程はミステリらしく進み、その中途で出会う人々との出会い・再会を絡め、故郷・家族というキーワードから終盤は泣かせにやってくるこの展開。リーダビリティ高く一気読み。適材が適所に嵌まる様子はもはやお家芸の様相。

ただ、物語の筋道がまっすぐ一本通っているとしたら、その周りに行き当たりばったりな線がたくさん引いてあるような、エピソード同士がちぐはぐな印象があるんですよ。一つ一つの欠片は魅力的で、読んでる時はあまり気にしなかったんだけど、読了して遠くから眺めると形に違和感があるというか。その線たちが同じ方向をビシッと向いた時、もっとすごい作品が出来上がる予感はするのだけど…。

小路幸也『Q.O.L』

「殺したいやつがいるんだ。」
殺し屋だったという父の遺言で、拳銃を昔の相棒に届けることになった龍哉。同行を申し出た同居人の光平とくるみには、その拳銃を使って「やりたいこと」があった。3人の思惑をのせてサンダーバードは走る。新鋭が描く、痛みと癒しの青春ロードノベル。

拳銃と車を手に入れた若者三人のロードノベル、と帯で見て、暴力かハイテンションかと思って読み始めたら、穏やかでニュートラルで、そしてとてもクレバーな話だった。

三人それぞれが親兄弟にトラウマがあり、それはとても深く暗いのだが、ただ荒れる時は過ぎ「信頼できる仲間」という安息を得てから物語が始まるため、躁すぎず鬱すぎずのキャラ造形がとても大人に映る。かといって物語に起伏ないわけでは全然なく、ロードノベルの道から外れだしてからの展開は予想を上回る着地点でほぅと嘆息。いい!

Quality Of Life,Quest Of Love. 冷えすぎず熱すぎず、僕は僕の声を聞く。