森見登美彦『きつねのはなし』

京の骨董店を舞台に現代の「百物語」の幕が開く。注目の俊英が放つ驚愕の新作。細長く薄気味悪い座敷に棲む狐面の男。闇と夜の狭間のような仄暗い空間で囁かれた奇妙な取引。私が差し出したものは、そして失ったものは、あれは何だったのか。さらに次々起こる怪異の結末は―。端整な筆致で紡がれ、妖しくも美しい幻燈に彩られた奇譚集。全4篇。

森見・イン・ザ・ダークネス。『夜は短し歩けよ乙女』などで見せる、真面目な顔でおどける仕草はなりを潜め、真顔でひたひたと綴られる怪異の連続。あの想像力が怖い方向に向かうとこんな形になるのか、とゾーっとしつつ読んでいました。

気配というか、直接見えないけど何かある…という描写が特に印象的で、それは狐の面をかぶって立っている男であったり、先の見えない取引であったり、遠くで聞こえる水音であったり、現れては消える”胴の長いケモノ”であったりする。特に”胴の長いケモノ”は全篇通して裏にいる存在で、これがタイトルの『きつねのはなし』にも返ってくるのだけど、とにかくケモノを見た者をおかしな方向に導いていくのだ。すべて理詰めで解決しないのも余韻が残り、不思議な読後感につながる。

他の作品ではあんなに明るかった京都が、何を考えてるかわからない暗い街となって読者を待ち受ける。梅雨明けの夏空と対照的な一冊。

森見登美彦 『夜は短し歩けよ乙女』

こんなお話読んだこと無い。傑作!快作!そして、祝!森見登美彦氏ご成婚!

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作。

「先輩」視点と「乙女」視点で語られる、春夏秋冬に分かれた4編の連作短編集。1編ごとに舞台は異なり、キテレツなキャラクターと奇怪な出来事が、夢幻と現実の狭間で右往左往する。あぁ、なんと表現したものか。

「先輩」視点は『太陽の塔』『四畳半神話体系』でもお馴染み非モテダメ学生なのだけど、「乙女」視点がまた、作者の妄想の賜物ともいえるピュア女子像。二つのすれ違う視点を行き来するのがとても楽しい。そして、一見、勢い任せの珍騒動に見えながらも、実は周到に伏線が張られていたりと油断ならず、大変おなかいっぱいのできばえ。

色とりどりで、ハイテンションで、それでいて柔らかい、幻想と妄想の爆発。これからの人生、思い出しては何回か繰り返し読み返す予感がする。

   

森見登美彦『太陽の塔』

モテない主人公の妄想癖が京都のクリスマスに加速する。

2006年版「この文庫がすごい!」1位。森見登美彦のデビュー作。本作で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。

女にもてず、同志の男とつるみ、馬鹿話で盛り上がり、どんどん対・女子力が落ちている京大生の主人公。奇跡的に彼女(水尾さん)ができ、必然的に振られてから、ストーカーまがいの行動を始め、「水尾さん研究」をまとめだす。容姿・行動共に突出せず、頭の中で思考こねくり回しているうちにどんどんおかしな自己正当化へ流れていく主人公。

この「おかしな自己正当化」が話をささえる屋台骨。無駄に多いボキャブラリーとやたら凝った言い回しで語られるどうでもいい話。おかしくておかしくて、この文体はやはり癖になるなぁ。自分がアホなことを言っているのはわかっている、わかっているけどのらずにおれない、そんなシャイさが見え隠れするのも面白さのひとつかもしれぬ。

大暴走するわけじゃないけど、部屋にこもっきりのわけでもない。ニュートラルなテンションで繰り出される青春群像。ジョニーをなだめ、京大生狩りから逃げ、叡山電車の灯りを眺め、部屋で飲んで雑魚寝。どうでもいい事を小さなドラマにしたい日々。

さえない、さえないが、ええじゃないか、ええじゃないか。

森見登美彦『四畳半神話大系』

先日『夜は短し歩けよ乙女』で吉川英治文学賞を受信した森見登美彦、初めて読みましたよ。面白い!

デビュー二作目にあたる『四畳半神話大系』の舞台は京都の四畳半。4つの章からなる話だけど、すべての章の出だしは同じ。大学に入ってからの2年間がいかに無意味なものだったかを語るモノローグ。出てくる人や場所や時間は同じなのに状況は4つの章で少しずつ異なる。最初は何が起こったかわからず、しかも全く同じ文章のコピペも多数あって手抜きかぁとか思ったけど、全部通して読んでその構成力に驚いた。そんな絵を見せるかぁ。

どうでもいいことに難解な日本語をあてていく主人公の独特の語り口も面白い。でも最後まで読むと、この語り口が悪友やだらだらした生活に対する「照れ隠し」のように見えてきたのですよ。上滑りの言葉の中に胸に閉まった本心が覗いてきて、なんだか急に主人公が生身になった気がしましたよ。本音で話せない時ってなんか変なテンションで毒づいたりとか、語尾で笑い取ったりとかするよねぇ。