娘四歳はいろんなことを質問してきます。

いろんなことを疑問に思うお年頃。「救急車はどうしてピーポーピーポー鳴るの?」「パパも会社で怒られたりするの?(するよ…と回答)」などなど。

「電車の人はなんでオレンジは右とか言うの?」というのでオレンジ?とよくよく聞いてみると「降り口」のことだったり、

「パパのお口はどうしてそんなに大きいの?」ときかれて、”この前振りは!?”と思い「それはね…お前を食べるためだよ!」と赤ずきんプレイをしたら「そうじゃなくて」と冷静に返されたりしています。

そんな毎日の質疑応答のなか、最近のパパお気に入りの質問がこれです。

「車の人は”気をつけてね”って言うのに、なんで”気をつけましたね”って言ってくれないの?」

車の人、とはカーナビのことで、うちのカーナビは「この先、左折専用レーンがあります。ご注意ください」とかいう時がある。ご注意しても特に何も言われないのが不思議らしい。

そうだよ、カーナビの言うとおりにしたら、誉めてほしいよね!指図しといて、だんまりだもんね!

高速の合流とか、縦列駐車とか、わかりづらい右折をこなした時とか「よくやりましたね!」「今のはよかったですね!」とか言ってほしいよね!

娘四歳には「そうだよね!よく言ったね!」と誉めておきました。

パパは誉められて伸びるタイプなので、子供も誉めて伸ばそうと思います。

 

正確には、あった、だけど。

東日本大震災による津波の被害を受けた石巻の実家は、水没した一階に家族のアルバムが保管されいた。泥とヘドロまみれになった家族のアルバムは、他の瓦礫とともに処分された。写真を再生してくれるボランティアの存在を両親が知っていたかはわからないけど、無力感や脱力感から処分したのかもしれないし、膨大な瓦礫を早く目の前から消したかったのかもしれない。

アルバムに残っていた家族写真たち。フィルムカメラの時代だから、今みたいに思いつきでパシャパシャ撮ったものではなく、ここぞという場面で、カメラを前におすましして、記録として残したものが多かったはずだと思う。

撮られた側の小さな小さな僕は、撮られたことを覚えていない。撮った側の両親は、僕を含んだ光景も含めて見ている。言ってみればその写真は、両親の視点なのだ。ある程度、記憶にも残っているだろう。

もし撮られた側の僕が汚れたアルバムを前にしたら、なんとしても残したい。その視点は、その記憶は、どうしても手に入らないから。

今はデジカメで、撮る枚数はフィルムほど制限はない。僕も親バカの端くれとして、我が子の写真を毎日パシャパシャ撮ってる。クラウドとかにバックアップもしてる。

でも「想定外」の事態だってある。

その時が来ないことを願うばかりだけど、いまはシャッターを切って安心せずに、目の前の光景、声も光も風も匂いも、すべて体で感じておきたいと思う。

記憶を少しでも語り継げるように。
 

ちなみに。

僕の小さい頃の写真、実は僕の家に何枚かあった。数年前、結婚式で流すスライドを自作した時に、両親から何枚か送ってもらって、それをスキャンしてた。被災後、全部印刷して、こちらから逆に実家に送った。

その中には、庭に出したビニールプールで、全裸ではしゃぐ僕の姿もある。

そんなのばかり残ってしまっている。
 

 

「お座り下さい」と言われたら座る。

面接で必ず出てくるマナー。部屋に入ると椅子が置いてあって、その横に立って、「お座り下さい」と言われるまで座らない。

なんというか、もう「お約束」みたいなものだけど、面接官サイド以外ガランとした部屋に椅子がポツンと置いてある光景って、ちょっと罠っぽい。そして中途半端でいやらしい。いっそもっと罠っぽくしたらどうか。

椅子が2つある
赤と青の椅子。どちらに座れとは言われない。適当に選んで座ると面接官が「ほぉ…」「そっちね…」とか言いながらなんかメモる。

椅子がない
悩んだあげく床に正座で座ると「楽にしてください」とまた悩ましいことを言われる。

机が置いてある
言われたとおりに座ると学校の休み時間に雑談してる雰囲気になる。

「座るなよ!絶対に座るなよ!」と念を押される
上島的な何かかもしれない。椅子が壊れる?それとも電流が?

実は「『おすわり!』をください」という意味
ドM面接官の犬プレイに付き合わされる就活生。

「その椅子に座れば地下牢の少女が解放されるが、君は不合格になる。座らなければ面接は通常通り行われ、合否も面接次第だが、少女は幽閉されたままだ」
就活も大事だが少女が気になる。立ったままでも合格するとは限らない。座れば確実に不合格だが少女は助かる。しかし少女とは面識もなくこちらになんの恩恵もない。しかし…しかし…。
 

がんばれ就活生!汚い大人たちに負けるな!
 

 

日本のテレビ事業が縮小している。

海外メーカーに押されてか、あちこちの大企業がテレビ事業から撤退している。地デジ化で「テレビ買わなきゃ!」ってみんな欲しがったて、安いの買う!ってなって、じゃぁ安くしなきゃ!ってなって、結局儲からなくなってる。なんだかなぁである。

たぶん「大画面」とか「薄型」とか「高画質」がもう限界なんだと思う。行けるとこまで行っちゃったもんなー。そんで「3D」とか、来なかったなー。もっと大画面にされてもなー。荒井注のカラオケボックスみたいになっちゃう。

※豆知識:荒井注はカラオケボックスを経営しようとしたことがあり、店舗を建てたものの、発注したカラオケ機材が大きくて個室のドアから搬入できず、大損したことがある。

一旦、荒井注の話はここに置いておきますよ!後で取りに来てね!

で、何かで聞いたんだけど、インドで売れてるテレビは常に画面にクリケットの情報を表示できるらしい。インドではクリケットが大人気なので、常に結果が気になるかららしい。

次の「すごいテレビ」って、「デカい!」とか「きれい!」とか万人が共感できるものじゃなくて、一部の人に「これこれ!」と言われるローカルな価値を付けたものになるんじゃないかなぁ。万人が欲しがる1つのテレビ、より、千人に欲しがる10種類のテレビ、って感じで。

テレビに限らず、「万人にウケる1個より、千人にウケる10個」って大事な考え方になってきてると思う。100人にウケる100個でもいい。

モノと情報が多くなって、好みや価値観が細分化して、みんな気になるもの欲しいものが選べるようになってきて、そんでミリオンヒットは無いけれどアイドル戦国時代みたいな。

ドリフターズも今なら5人から48人まで増えているかもしれない。DRF48。なんかどっちかというとTRFっぽい字面。

結局荒井注を拾ってきてしまった。
  

 

いい国作ろう鎌倉幕府、じゃないらしい。

鎌倉幕府ができた年、と言えば「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」という語呂合わせでお馴染みの1192年と教えられてきた30代後半の僕。でも実は鎌倉幕府の成立した年には諸説あって、今は違う年になっているらしい。

1192年は源頼朝が征夷大将軍に任命された年なんだけど、征夷大将軍になる前から頼朝はもうけっこう権力を持っていたので、もっと逆上って、壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした年(1185年)を実質的な「鎌倉幕府ができた年」としているとのこと。今の教科書では。へー。

というわけで語呂合わせは「いい箱(1185)つくろう鎌倉幕府」になったらしい。

なんか国から箱にスケールダウンした気がする。箱物行政っぽいし。「いい国つくろう」を踏まえなくても別にいいと思う。

・「いい箱を つぶしてできた 鎌倉幕府」

・「いい箱が 頼朝狂わす 鎌倉幕府」

・「いい箱だけどお高いんでしょう?」「いやいや、鎌倉幕府にお任せを!」

・「いい箱 夢気分 ~鎌倉幕府~」

・「いい箱 よろしく 鎌倉幕府」

いい箱よろしくは紛らわしい。西暦11854649年になっちゃう。そうとう未来だからそうとういい箱だと思う。

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