伊坂幸太郎『終末のフール』

「あと8年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する」と発表されて5年後の世界。発表後こそ秩序は乱れ、殺人や略奪が横行したが、最近は小康状態が保たれている。舞台は仙台北部の住宅団地。混乱と終末の狭間で、人々は何を思い、過ごしているのか。

勘当した娘の訪問に心で怯える父親「終末のフール」、3年後に世界が終わるのに子供ができた「太陽のシール」、それでもトレーニングを重ねるキックボクサー「鋼鉄のウール」、屋上に建てたやぐらと家族のこれから「深海のポール」他を含む短編8つからなる短編集。連作になっているので、他の短編に他で出た登場人物があらわれたりして、世界が立体的になっていく。

地球滅亡を描いた小説・物語は多いが、本作の「8年前に地球滅亡がわかって5年後」という設定は独特のテンションを持っている。略奪や自殺が多発したため、物語中では人の死はあっけなく描かれ、混乱の爪あとはそこかしこに書き込まれている。その反面、舞台となっている団地は「安全な地を求めて移動する事をやめた人々」が集まっているので、どこか落ち着いた人が多い。平和でもなく地獄でもない、白でも黒でもないグレーな感じ。これがネガティブさを持ちながらポジティブにもなれる世界を作っている。

終わりが見えてきたからこそ生きることを考える人々を、伊坂幸太郎は独特のユーモアとシリアスを混ぜて描き出す。引用したい文がたくさんあるがやめとこう。一生を生きることは、明日を生きることと等価なんだと感じた。グレーを抱える彼らの姿に没頭する300ページ。世界が終わる前に、この本を。

小路幸也『東京バンドワゴン』

東京下町の老舗古本屋「東京バンドワゴン」は、親子四世代が一つ屋根の下に暮らす大家族。騒々しい毎日の中で、事件も人情も万事解決の春夏秋冬。日向で綴られる人情噺。

いやー、面白かった。今年ベスト級の一冊と言ってしまおう。「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」「ムー一族」など昭和のホームドラマが平成の世に蘇る。家族の中にはシングルマザーあり、実家と勘当している嫁あり、プレイボーイのツアコンあり、”伝説のロッカー”あり、そして頑固一徹の親父あり、とキャラクターは豊富。ちゃぶ台を囲んで食事して、トラブル起きて解決して、傍らでは猫も鳴く。

それにしても登場人物が多い多い。大家族の8人が家の中を右往左往して、ご近所さんや常連客なども出たり入ったり、そこに起こるトラブルの関係者などなど、ざっくざっくの大騒ぎ。それがみんな根はいい人でできていて、さらに語り手のおばあちゃん(幽霊)が暖かく描写する。このおばあちゃんフィルターが”騒がしいながらも落ち着く”という大家族特有のムードを作りだしているように思った。

このホームドラマに日常の謎というミステリ要素も絡めつつ、笑って泣かせる作品に仕上がってます。たまらんなぁ。エピソードが濃縮されていて2時間スペシャルドラマみたいになってるけど、ここから連ドラ(シリーズ化)にして欲しいなぁ。親と子がいてLOVEがある。全世代対応型ホームドラマ、ぜひぜひぜひ!

カレル・チャペック『ダーシェンカ』

ダーシェンカ
ダーシェンカ

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カレル チャペック Karel Capek 伴田 良輔
新潮社 (1998/09)
売り上げランキング: 45,307

「ロボット」「園芸家12ヶ月」のチャペックが、愛犬・ダーシェンカのために書いた掌編&エッセイ&イラスト、そして写真。もう猫可愛がりどころか犬可愛がり。優しさに溢れていてラヴ全開。愛犬に語る絵本といった感じで、シンプルなタッチのイラストが雰囲気をさらにやわらかくしています。

またもうフォックステリアの子犬がめっちゃ可愛いですわ。上目使いで!あぁ!基本猫派なんですが、犬もいいなぁ。続編(ダーシェンカ―子犬の生活)にはパラパラ漫画がついてるって…!

水田美意子『殺人ピエロの孤島同窓会』

殺人ピエロの孤島同窓会
水田 美意子
宝島社 (2006/02/20)

第4回2006年『このミステリーがすごい!』大賞 特別奨励賞受賞作。帯にこれでもかと書いてあるとおり執筆当時作者は12歳。孤島で開かれた同窓会に集まった35人が、殺人ピエロによって一人また一人と惨殺されていく、いわゆる孤島もの。

バトルロワイヤル+なぜか能天気+無駄なエロ、そして最後にサプライズが用意されているのはお約束として、他にもいろいろと要素を絡めてきて、話を島だけに留まらせない。2ちゃんねる風のネット掲示板の書き込みとか、島に建てられた第3セクターのレジャー施設には旧日本軍のお宝が?、とか。というか12歳で「第3セクター」という言葉を出してくるのがもう驚きだったりするのだけど。

結果としては全体的に荒削りで若書きなのは否めない。でも、書いてる本人はすごい楽しいんだろうなぁというのは伝わってくるし、リーダビリティも備えてると思う(実際一気に読めた)。経験次第の原石。さぁこの先物買い、将来どう化けるか。

山田ズーニー『おとなの小論文教室。』

ほぼ日刊イトイ新聞 – おとなの小論文教室。の書籍化第一弾。長らく受験生の小論文を教えてきた著者が、自分を表現力したいおとなのためにちょっと背中を押すコラム26本。

3章に分かれていて、第1章で「問い」「要約」「世界観」など自己表現するためのヒントを提供し、第3章では「一人称がない」人々を巡って読者と考察していく。わかりやすい言葉でぐいぐい伝わってくるし、1本終わるごとに一回本を閉じて自分について考えたくなる。しかし、それにも増して、僕にとっての白眉は第2章『自分の才能って?』だった。

第2章では「自分のやりたいことはなにか?」「自分は何になりたいのか?」という問いに向き合い、「才能は自分の中にあるのではなく、他者/社会の中にある」と逆の着想を持ってくる。自分のやりたいことを自分で考えるのは、逆に「他者」とのつながりを断ち切るのではないかと。自分の中でぐるぐると考えず、ひらき、受け入れるのだと。「自分はどこにいきたいのか?」という思考の壁にちょろりとロープを足らすのだ。開放し外を見るという視界の逆転に、目からウロコが、と言うよりはよりゆっくりと、ジワジワと言葉が体の隅々にいきわたるような体験だった。

タイトルからすると、文章書きのハウツー本に見えるかもしれない。しかし、この本は自分を表現するという事の絶大なる効果を説き、かつ、読んでる側をその気にさせるに十分な力を持っている、「自分を生きる方法」のハウツー本なのだ。「やりたいことが見つからない」という人に特におススメしたい。伝えたい。話しがしたい。たとえ届かなくても、僕は僕の声を出すのだ。

【関連書籍】
『理解という名の愛がほしい??おとなの小論文教室。II』
『17歳は2回くる おとなの小論文教室。III』