数々のバラエティ番組のヒットにより、日常にまでお笑いの方程式が持ち込まれるようになった昨今。「ハードル上がっちゃった」「いま噛んだでしょ」「そこはツッコむとこ」などのお笑い用語、毎日どっかで耳にしたり使ったりしちゃう。
この「世の中のバラエティ番組化」と同時に、マスコミ視点で、他者に対して、ツッコミをする人が増えたと感じる著者。この息苦しい「ツッコミ高ボケ低」の気圧配置を吹っ飛ばすために書かれたのが本書、「一億総ツッコミ時代」。
芸人・マキタスポーツが本名の「槙田雄司」で書いています。持ちネタの作詞作曲モノマネでも見せる冷静な観察眼を、文章でもいかんなく発揮。
そうそう、「ツッコミが多い」といっても、単純にお笑いのツッコミが悪の元凶というわけじゃない。この本で語られるのは「ツッコミ志向」と「ボケ志向」という2つのキーワード。
「ツッコミ志向」同志のにらみ合い
「ツッコミ志向」とは自分はともかく相手のことを批評・批判する傾向を指す。出来事や人に対して、とやかく何か言わずにおれない。これが増えている。
ツッコミ志向が増えた理由として、さっきのお笑いの日常化と、もう一つ、ソーシャルネットワークの発展がある。ネット上での匿名による批判は2ちゃんねるの頃からあるけれど、TwitterやFacebookの発達でより気軽に発言でき、より広まるようになった。
部屋にいながら、世の中に、気軽に、ツッコミという名のトゲを刺せるようになった。
でも、と、芸人・マキタスポーツは言う。本来ツッコミとは、重い剣なのだと。素人がおいそれと振り回すものではないと。
そしてなにより「つまらない」と。
100人横並びで、1人前に出ると、99人がツッコむ。誰も前に出ないなら、どこかにツッコむところがないか探す。見つけて叩く。炎上する。
そして皆、自分はツッコまれまいと必死になる。
そこにこんな例えを出していて笑ってしまった。
でも現状は「ツッコまれたくない」という意識からか、ディフェンシブルな戦い方をしている芸人が増えています。
(中略)
ツッコミのボールを回してばかりいる。でも、そんなものは不要なのです。実際には、ロンブーの淳さんと狩野英孝がいれば十分回ります。無駄にボールをまわす必要はありません。あとは、国生さゆりや矢口真里がディフェンスしてくれるから大丈夫なんです。
「ボケ志向」が足りない
「ツッコミ志向」が産み出す閉塞感を打ち破るには、「ボケ志向」が必要となる。
といっても、これまたお笑いのボケが大量に必要なわけではない。狩野英孝がたくさんいても困る。
ここで言う「ボケ志向」とは、つっこまれる要素を残しながら、自ら面白いことをすすんでやる側のことを指す。
例えば、なにかに夢中になっている人がいるとする。ツッコミ志向から見ると「なにしとんねん!」で済んでしまうかもしれない。でも、夢中になっている本人はきっと人生が楽しいものに違いない。
意味のないことに夢中になれる、しょうもない自分をさらけ出せる、ベタなイベントをベタに楽しめる、未完成でもなにか創り出して世の中に出せる。
なにか欠けている、隙がある、そんな「ボケ志向」の人こそ、たった一度の人生を楽しめるんじゃないかと提案する。
この本の構成の見事さ!
長々とここまで書いちゃったけど、一番感心したのはこの本の構成の見事さ。
序盤はツッコミ志向について言葉丁寧に解説し、一つ一つおかしいところを指摘していく。しかし、それもあくまで全体の3分の1まで。
そうなのだ、このまま「ツッコミ多すぎ!」を言い続けると、結局「ツッコミ多すぎ!というツッコミ」で終わってしまうのだ。
この本はそんなことにはならない。
ツッコミに対してどう対処するか、ボケ志向とは何か、「面白い生き方」ってなんなのか、自分自身をどう位置づけると楽か、残り3分の2を使って「対ツッコミ」を語ってくれる。
タイトルこそ「一億総ツッコミ時代」と世の中にツッコんだものになってるけど、ちゃんと「ボケ志向」に回った本なのだ。
もう素晴らしくて気づいた時には思わず立ち上がった。ホント。
さいごに
ツッコミが多すぎることを嘆きながら、実は人生を楽しく生きる指南書となっている本書。
部屋の中から世の中にツッコんでも、部屋は広くならないのだ。
サカナクションに「エンドレス」という曲がある。
元はシングル曲だった予定が山口一郎が歌詞に行き詰まり、東日本大震災を経て、8ヶ月かけて完成。アルバム「DocumentaLy」に収録された。
本書を読み終わって浮かんだのはこの曲の歌詞だ。僕の中でいま本と曲がグルグルと回っている。歌詞の一部を引用して終わろうと思う。
後ろから僕はなんて言おう?
後ろから僕はなんて言われよう?
見えない世界に色をつける声は誰だAH この指で僕は僕を指す
その度にきっと足がすくむ
見えない世界に色をつける声は僕だ
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