小路幸也『東京バンドワゴン』

東京下町の老舗古本屋「東京バンドワゴン」は、親子四世代が一つ屋根の下に暮らす大家族。騒々しい毎日の中で、事件も人情も万事解決の春夏秋冬。日向で綴られる人情噺。

いやー、面白かった。今年ベスト級の一冊と言ってしまおう。「寺内貫太郎一家」「時間ですよ」「ムー一族」など昭和のホームドラマが平成の世に蘇る。家族の中にはシングルマザーあり、実家と勘当している嫁あり、プレイボーイのツアコンあり、”伝説のロッカー”あり、そして頑固一徹の親父あり、とキャラクターは豊富。ちゃぶ台を囲んで食事して、トラブル起きて解決して、傍らでは猫も鳴く。

それにしても登場人物が多い多い。大家族の8人が家の中を右往左往して、ご近所さんや常連客なども出たり入ったり、そこに起こるトラブルの関係者などなど、ざっくざっくの大騒ぎ。それがみんな根はいい人でできていて、さらに語り手のおばあちゃん(幽霊)が暖かく描写する。このおばあちゃんフィルターが”騒がしいながらも落ち着く”という大家族特有のムードを作りだしているように思った。

このホームドラマに日常の謎というミステリ要素も絡めつつ、笑って泣かせる作品に仕上がってます。たまらんなぁ。エピソードが濃縮されていて2時間スペシャルドラマみたいになってるけど、ここから連ドラ(シリーズ化)にして欲しいなぁ。親と子がいてLOVEがある。全世代対応型ホームドラマ、ぜひぜひぜひ!

米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』

夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤 穂信
東京創元社 (2006/04/11)

小鳩くんと小山内さんの二人の高校生が、中学までの己の特性を隠してつつましく”小市民”を目指す『春期限定いちごタルト事件』の続編でございます。緊張の夏、小市民の夏。

夏休みスイーツ巡りに伴う日常の謎、という形で進んでいく序盤から、後半から大事件に発展する急展開、さらに終章での謎の収束と二人の対話。ページ数にして200Pちょいなのに、この密度たるや、まさに濃厚なスイーツ!こんなに薄い圧巻があっただろうか。

探偵役はもうやりたくない「狐」と、復讐の暗い悦びを忘れたい「狼」。小市民になるために、感情の発露をおさえてきた末の通過点。二人の内なる歪みが走り出す本作は、ぜひ前作から続けて読むことをおススメします。この夏は、甘くない。

米澤穂信『氷菓』

米澤穂信のデビュー作であり、「古典部シリーズ」の第一作。やらなくてすむことはしたくない”省エネ”をモットーとする主人公が、成り行きで入部した古典部の仲間たちに翻弄されて謎を解明する立場になってしまう。”省エネ”で効率を重んじるが故、早く解決して場を去ろうとするが、解決して信用されてまた依頼されてのスパイラルな展開が面白い。めんどうくさがりの探偵役、というのは過去に幾作もあれど、本作の主人公・折木奉太郎は探偵役の自覚も正義もやる気もなしというのが珍しい。起こる事件は学校内の云わば「日常の謎」から始まり、文集『氷菓』に込められた三十三年前の真実へ。違和感なく認識していたものが反転する様子は、とても巧く、そして切なく悲しい。

『春期限定いちごタルト事件』
も「探偵役からの脱却」を目指して(でも脱却できなくて…)というテーマの作品でもあったし、米澤穂信は探偵役が探偵でい続ける様よりも、探偵になる・やめるといった過渡の部分に興味があるのかな?続いて『愚者のエンドロール』を読む予定。

氷菓
氷菓

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米澤 穂信
角川書店 (2001/10)
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