路傍の石は輝いて、天翔ける流星となる 水道橋博士『藝人春秋』 

芸能界にいながらにして、その「ルポライター気質」から、芸人たちのまさに「春秋」を書き綴ってきた水道橋博士。

一読、余韻が終わらない。

雑誌「笑芸人」に連載し、電子書籍としても発売された作品を全面加筆・改稿、単行本化した本作。

これまでも『お笑い 男の星座―芸能私闘編』『お笑い 男の星座2 私情最強編』と書き続けていた芸能界の天球図。今回の登場人物たちは、北野武、松本人志、草野仁、東国原英夫、古舘伊知郎、石倉三郎、ポール牧、甲本ヒロトと、今まで以上のビッグネームが揃っている。

対象とする人物を、プロフィールから起こし、エピソードから立たせ、モノローグで回顧する。そこには必ず尊敬があり、畏怖があり、憧れがある。気持ちがこもっているからこそ、文章から男たちが匂い立つ。

真面目も不真面目も一直線な東国原英夫、石倉三郎の背中に見える父親像、奇跡を生む奇才で奇人なテリー伊藤、同級生の甲本ヒロトと思い起こす14歳、たった一度だけ共演した児玉清の思い出。

そのどれをとっても、可笑しく哀しく、稚気にあふれ緻密に書かれ、濃厚で濃密な出来栄えなのだ。カロリー過多、熱量がすごい。

大津のいじめ事件を受けて無料公開された「爆笑”いじめ”問題」を経て、ビートたけしと松本人志の30年を振り返り、そして最後に迎える「稲川淳二」の章。

この章では2002年に放送された深夜番組『マスクマン!』の「異人たちとの夏」というコーナーに、稲川淳二がゲストとして呼ばれるところからはじまる。

この放送、僕、オンタイムで観ていた。いまでも覚えている。

「異人たちとの夏」は異色のコーナーだった。真っ白な背景のスタジオに、椅子と巨大モニタ。ゲストは椅子に座り、モニタに向かい合う。モニタに映し出されるのは、CGで作られた過去の自分や亡くなった肉親。ゲストは過去の自分らと語り合い、自問自答を繰り返す。号泣するゲストも多かった。

番組を観ていて、この「過去の自分」たちをアフレコしている人スゴいなぁ、って思ってた。事前にゲストについて勉強せねばならないのはもちろん、ゲストが発した発言にアドリブで返し、番組が目指す方向に話を持って行かないといけない。それを毎週やってのけるなんて並のことではない。

そして、その声の主が実は浅草キッドだった。

稲川淳二には、障害を持って生まれてきた次男がいた。いままでテレビで触れてこなかったこと。絞りだすように語り出した。号泣していた。それを僕は、自室で観ていた。

その10年前の自分と、泣いていた稲川淳二と、声の主の水道橋博士と、いま人の親となってこの本を読んでいる自分が、重なりあい、干渉しあい、もうなんか、読後、呆然としてしまった。

なので、ちょっと、この感想文もうまく書けているか、よくわからない。

甲本ヒロトの章で引用される、ザ・ハイロウズの「十四歳」。流れ星か、路傍の石か、とマイクロフォンの向こうで甲本ヒロトが歌う。

自分の十四歳はどうだっただろう。10年前に『マスクマン!』を観ていた自分と、さらにその10年以上前の自分、そしていまの自分は、点となり、線を作り、星座をなしているだろうか。

水道橋博士が、韻を踏み、言葉を掛け、満身創痍でたどり着く、引退覚悟のハイリスク。

『藝人春秋』。このタイトルにこめられた魂を、いま、ひしと抱きしめる。

※関連情報
『藝人春秋』 (水道橋博士 著) | 自著を語る – 本の話WEB
いじめ問題によせて ~「爆笑問題といじめ問題」全文公開~ – 本の話WEB
ザ・ハイロウズ 十四歳 歌詞

http://www.youtube.com/watch?v=y1b0il_4TvI

2005年:今年読んだ本ベスト10

2005年も残すところあと数時間。今年読んだ本は87冊でした。どうしても毎年100冊まで届かないなぁ。今回はその87冊から心のベスト10冊を挙げていきます。順位はなしで。あくまで「今年読んだ」なので、出版はもっと前のものもあります。

扉は閉ざされたまま
石持浅海『扉は閉ざされたまま』


本ミスでも1位に投票しました。「扉を破らない密室モノ」という、普段ならボケで笑うしかないようなシチュエーションを、よくぞここまでスリリングな本格に仕上げたものだと感服。犯人側から描く倒叙形式で、じりじりと探偵役に追い詰められてく。犯人vs探偵が純粋な敵対関係でないところもいい。動機がやはり受け入れがたいが『セリヌンティウスの舟』まで読み続けると慣れてきますなぁ。

魔王
伊坂幸太郎『魔王』

今年、『魔王』『死神の精度』『砂漠』と3作出した伊坂幸太郎。『魔王』のテンションの高さには参った。不思議な能力を持った兄弟が来るファシズムと静かに闘う様子は、これが架空の話とは思えないほどの緊張を読者にもたらす。伊坂の中では異色かもしれないが、この読後感はいろんな人に体験してほしい。

容疑者Xの献身
東野圭吾『容疑者Xの献身』

このミス、本ミス、文春と三冠達成。数学者の一途な思いが作り出した完璧なトリック。「恋愛感情」と「トリック」が劇的に密接なつくり。トリックについては全然気づかなかったので、かなり驚いた。数学者の友人でもある、探偵役の物理学者・湯川の揺れる心情にも注目。最近は指紋が付かない表紙に変わったらしいですよ。

交換殺人には向かない夜

東川篤哉『交換殺人には向かない夜』

東川篤哉を初めて読んだ年でした。小ネタも好きだし、その小ネタがさらに伏線になっているという贅沢構成。『館島』のバカ館もいいけど、本作の平行線が一本に収束する衝撃のラストを推したい。こんな話をよく行き当たりばったりで書いたもんだ!

痙攣的

鳥飼否宇『痙攣的』

鳥飼否宇も今年初。その奇想っぷりに嵌まると癖になる濃さ。『逆説探偵』も『昆虫探偵』も好きだけど、もう『痙攣的』でぶっとんだ。途中まで普通に(普通でもないけど)してたじゃない!もうアホ!アホ!(ほめ言葉)。

雨恋

松尾由美『雨恋』

「大森望氏も涙!」の帯が印象的。幽霊との淡い恋物語ですが、そこに絡めたルールが「彼女が死んだ真相が明らかになるほど姿が見える」というすごいジレンマなもの。以外と入念な外堀で本格度も高いような。ラストも泣ける。そりゃぁ大森望も泣くよぉ。

幽霊人命救助隊

高野和明『幽霊人命救助隊』

そういえばこれも読んだの今年入ってからだ。幽霊が自殺者を止める、その手段を「大声で説得」にする発端から、幽霊-人間を繋げるアイデアがとても秀逸!笑って泣いてのジェットコースター。隠れたおススメ本。

お笑い 男の星座2 私情最強編

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

『本業』も熱かったけど、やはりお笑い界を書いているときが一番乗っている気がする水道橋博士。思いを語りグイグイ引き込み、韻やくすぐりも交えて、もはや暗唱したくなるような文章。前書きの出版界への警鐘も必読。

文芸漫談―笑うブンガク入門

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』


文学界最高のボケ・ツッコミコンビ。この調子で本当に舞台に立っているんだからすごい。やりとりに笑っているうちに文学の読みどころがわかってくるという、最高のネタ本であり教科書。いとうせいこうと奥泉光を来年はもっと読みたい。

箱―Getting Out Of The Box

The Arbinger Institute『箱―Getting Out Of The Box』

「自己欺瞞」のメカニズムを「箱」という概念を通して説明。人間関係について目からウロコ、と各方面で話題らしく、amazonのユーズド価格が大変なことに。図書館で読みました。わかったような気になっているけど、もう一回読んでおいてもいいかも。

海馬―脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里『海馬―脳は疲れない』

脳についての新しい知識がとても新鮮。そして二人の絶妙な対談。うまく頭を使うことがいい生活になるはずよねぇ、としみじみ。30歳になった今年、この本の「30歳から頭はよくなる」という言葉を楽しみに、来年を過ごしたい。

11冊になっちゃった。来年はもっと読みたいですなぁ。新春一発目は『砂漠』の予定。よいお年を!

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

浅草キッド、入魂の人生劇場第二部。前作に引き続き、芸能界の超人・怪人・熱狂・狂気を熱い文章で描き上げる。芸人とは、芸とはを追求する浅草キッド、熱気を通り越して臭気すら漂うこの情熱は生半可ではない。鈴木その子の美白の裏、寺門ジモンが隠し持つ人類最強のカード、変造免許写真事件の顛末、そして圧巻は江頭2:50が生死を賭けた水中企画”江頭グランブルー”。水の中で息を止める、というだけの企画のはずなのに、芸に賭けるその生き様に最後は号泣必至。情熱とセンチメンタルを行き来する浅草キッドの書き味は一度捕まえられたら逃げられない。最高最強の馬鹿は実在するのだ。興味を持った方は水道橋博士の「博士の悪童日記」もご覧あれ。

この本、序章の「一騎イズム」で文芸春秋の担当編集者に浅草キッドが詰め寄るシーンから始まる。出版不況を理由に初版部数を減らそうとすに編集者に怒り心頭の浅草キッド。第一部は全国各地で手売りまでして部数を伸ばした二人が出版界に喝を入れる、その台詞を一部引用して終わろう。

「言っとくけどオメェらはそんなこと言って守りに入ってんだよ。まずは、ええいままよ!と100万部刷ってから、その後、売り方考えるくらいの発想しろよ。だいだいケツに火がついてからじゃねぇと、新しい販売戦略なんて考えられねぇだろ」
「あのねぇ、本が売れない時代じゃないんだよ。作家の本人に自分で売る気がないだけなんだよ。作家が書斎に引き籠って、自分が脱稿さえすれば出版社が売ってくれると思っているから『本が売れない』『若者の活字離れだ』って大袈裟にため息ついてるだけなんじゃねぇのか?」(P.13)