鳥飼否宇『官能的――四つの狂気』

数学×生物学 = 変態+バカミス。興奮すればするほど頭が冴え渡る変態数学者と、その数学者の生態を観察する助手が引き起こす3つの事件+アルファ。

変態助教授・増田米尊のフィールドワーク中、ターゲットの女性が公園のトイレで惨殺される。「唯一の」目撃者・増田の話が事実とすれば、彼以外に犯人はいなくなるのだが…?(「夜歩くと…」)
4つの事件に、変態数学者が超絶思考で挑む。

主人公の増田は己の変態さ故に事件に巻き込まれまくりなのですが、この窮地を解決するために行われるのが「周りがよってたかって増田に罵詈雑言を浴びせる」という行為。興奮すると頭が良くなるのでこんなんなってしまうのだ。トミーとマツの「トミ子ー!」みたいなものである。ちがうか。

下ネタを中心としたくすぐりが多くニヤニヤしっぱなしですが、やれパンティだ覗きだストーキングだと書かれた文章に、ページ右上に堂々と「官能的」と大書きされており、とても電車の中で読めない感じで困ったもんですよニンニン。

それでもミステリ部分がしっかり作りこまれており、大小仕掛けあり捨て推理あり。しかしなにぶんベースが変態なので、その上に立つ楼閣たるや、なんとも奇妙な仕上がり。3つの短編を経て最後に待ち受ける「四つの狂気」でその奇妙さも最高潮に。あのあれがあぁだったんかい!とスッキリするやら脱力するやら。

いくつ書いてもますます冴え渡る鳥飼否宇のバカミススキル。今年も健在であります。

鳥飼否宇『樹霊』

「神の森で、激しい土砂崩れにより巨木が数十メートル移動した」という噂を聞いて、北海道の古冠村へまでやってきた植物写真家の猫田夏海。かつてはアイヌ民族が住んでいた神の森であったが、今はテーマパーク建設のため乱開発が進んでおり、開発推進派と反対派が村全体を巻き込みぶつかっていた。そんな折、反対派の議員が謎の失踪。土砂崩れで移動した巨木が人を飲み込み、別の30メートル級の巨木が裾野から尾根へ移動し、街では街路樹が4本も移動を繰り返し、村役場から墜落死体が発見される。もう、猫田、大パニック。

『中空』『非在 』の<観察者>探偵・鳶山リターンズ。あらすじ書いてみたけど、もう何がなにやら。トラックが1台消えるし、巨木はヒューヒュー鳴くし、重機が密室状況にあるのに植樹がされてるし、書ききれないほどの不可思議状況が乱れ打ち。この一つ一つに解決をつけて、それぞれ結び付けたり切り離したり、アイヌの伝承や北海道の大自然を絡め、大きな大きな全体像が出来る様子はため息が出るほど大変な道のり。

大変な道のりゆえ、その像は多少歪んで無理やり感もあり。また、事前知識が必要な所があって純粋論理だけで解ける話でもなくなってます。でもこの大風呂敷が魅力なのが鳥飼否宇。もーここまでやってくれれば僕は満足です。木の葉を隠すための森が、巨大な謎となって立ちはだかる。

鳥飼否宇『激走 福岡国際マラソン―42.195キロの謎』

ドキュメンタリーのようなタイトル。バカミスの雄、鳥飼否宇であるがまさか…と本を開くと、レース開始から刻々と綴られる参加選手たちのモノローグ。まさかホントにドキュメンタリーなのか、と思ったその時、ランナーが倒れた。

しかしラスト近くまでミステリーらしいことはほとんど起きません…。バカミス的殺人トリックと後付け感がぬぐえない大オチ。スポーツ小説として読めないこともないと思うのですが、鳥飼好きとしてはうーん軽いかなー…。

2005年:今年読んだ本ベスト10

2005年も残すところあと数時間。今年読んだ本は87冊でした。どうしても毎年100冊まで届かないなぁ。今回はその87冊から心のベスト10冊を挙げていきます。順位はなしで。あくまで「今年読んだ」なので、出版はもっと前のものもあります。

扉は閉ざされたまま
石持浅海『扉は閉ざされたまま』


本ミスでも1位に投票しました。「扉を破らない密室モノ」という、普段ならボケで笑うしかないようなシチュエーションを、よくぞここまでスリリングな本格に仕上げたものだと感服。犯人側から描く倒叙形式で、じりじりと探偵役に追い詰められてく。犯人vs探偵が純粋な敵対関係でないところもいい。動機がやはり受け入れがたいが『セリヌンティウスの舟』まで読み続けると慣れてきますなぁ。

魔王
伊坂幸太郎『魔王』

今年、『魔王』『死神の精度』『砂漠』と3作出した伊坂幸太郎。『魔王』のテンションの高さには参った。不思議な能力を持った兄弟が来るファシズムと静かに闘う様子は、これが架空の話とは思えないほどの緊張を読者にもたらす。伊坂の中では異色かもしれないが、この読後感はいろんな人に体験してほしい。

容疑者Xの献身
東野圭吾『容疑者Xの献身』

このミス、本ミス、文春と三冠達成。数学者の一途な思いが作り出した完璧なトリック。「恋愛感情」と「トリック」が劇的に密接なつくり。トリックについては全然気づかなかったので、かなり驚いた。数学者の友人でもある、探偵役の物理学者・湯川の揺れる心情にも注目。最近は指紋が付かない表紙に変わったらしいですよ。

交換殺人には向かない夜

東川篤哉『交換殺人には向かない夜』

東川篤哉を初めて読んだ年でした。小ネタも好きだし、その小ネタがさらに伏線になっているという贅沢構成。『館島』のバカ館もいいけど、本作の平行線が一本に収束する衝撃のラストを推したい。こんな話をよく行き当たりばったりで書いたもんだ!

痙攣的

鳥飼否宇『痙攣的』

鳥飼否宇も今年初。その奇想っぷりに嵌まると癖になる濃さ。『逆説探偵』も『昆虫探偵』も好きだけど、もう『痙攣的』でぶっとんだ。途中まで普通に(普通でもないけど)してたじゃない!もうアホ!アホ!(ほめ言葉)。

雨恋

松尾由美『雨恋』

「大森望氏も涙!」の帯が印象的。幽霊との淡い恋物語ですが、そこに絡めたルールが「彼女が死んだ真相が明らかになるほど姿が見える」というすごいジレンマなもの。以外と入念な外堀で本格度も高いような。ラストも泣ける。そりゃぁ大森望も泣くよぉ。

幽霊人命救助隊

高野和明『幽霊人命救助隊』

そういえばこれも読んだの今年入ってからだ。幽霊が自殺者を止める、その手段を「大声で説得」にする発端から、幽霊-人間を繋げるアイデアがとても秀逸!笑って泣いてのジェットコースター。隠れたおススメ本。

お笑い 男の星座2 私情最強編

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

『本業』も熱かったけど、やはりお笑い界を書いているときが一番乗っている気がする水道橋博士。思いを語りグイグイ引き込み、韻やくすぐりも交えて、もはや暗唱したくなるような文章。前書きの出版界への警鐘も必読。

文芸漫談―笑うブンガク入門

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』


文学界最高のボケ・ツッコミコンビ。この調子で本当に舞台に立っているんだからすごい。やりとりに笑っているうちに文学の読みどころがわかってくるという、最高のネタ本であり教科書。いとうせいこうと奥泉光を来年はもっと読みたい。

箱―Getting Out Of The Box

The Arbinger Institute『箱―Getting Out Of The Box』

「自己欺瞞」のメカニズムを「箱」という概念を通して説明。人間関係について目からウロコ、と各方面で話題らしく、amazonのユーズド価格が大変なことに。図書館で読みました。わかったような気になっているけど、もう一回読んでおいてもいいかも。

海馬―脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里『海馬―脳は疲れない』

脳についての新しい知識がとても新鮮。そして二人の絶妙な対談。うまく頭を使うことがいい生活になるはずよねぇ、としみじみ。30歳になった今年、この本の「30歳から頭はよくなる」という言葉を楽しみに、来年を過ごしたい。

11冊になっちゃった。来年はもっと読みたいですなぁ。新春一発目は『砂漠』の予定。よいお年を!

鳥飼否宇『昆虫探偵』

ある日起きたらゴキブリになっていた…という出だしだけど『変身』ではなくて鳥飼否宇『昆虫探偵』。熊ん蜂の探偵とゴキブリの探偵助手が昆虫界の難事件に立ち向かう短編集。文庫は書き下ろし一編がプラス。

昆虫なのに日本語喋ってたりとか、異なる虫が一緒に行動しすぎとか、探偵事務所構えるってどこやねんとか、まーツッコミどころは多いのです。で、なにぶん昆虫の世界なんで、動機に怨恨とか金目当てとか一切なし。「生き延びる」か「子孫を残す」の二つか一つ。これに擬死や交尾や擬態などの昆虫の特性を交えて、密室や犯人当てを構成していくんだからなかなかに恐れ入る。短編タイトルも「昼のセミ」「生きるアカハネの死」「吸血の池」などタイトルをもじっており、内容も軽くなぞらえて作られているのが楽しい。

文庫書き下ろしの第六話「ジョウロウグモの拘」の犯人指摘のプロセスが一番キレイだなぁ。単行本のみ読んでる方、お見逃しなくですよ。ファーブルになりたかった男の探偵記。世界最小の不可能犯罪が幕を上げる。