ゆるやかな時間、おだやかな繋がり 長嶋有『ジャージの二人』

非日常に来たものの、日常が頭の片隅から離れない。

会社を辞めたばかりの息子(32歳)が、グラビアカメラマンの父(54歳)に誘われ、避暑地・北軽井沢の山荘で過ごす夏休み。
二人は、亡き祖母が集めてきた古着のジャージを着て、ゆったりとした時間の流れに身をゆだねる。
だが、東京では息子の妻がよその男と恋愛中、父は3度目の結婚も黄色信号と、それぞれ抱える悩みがあった。
都会の喧騒を離れた生活の中で繰り広げられる、軽妙でユーモラスな会話の数々。

別荘を訪ねて、着替えて、過ごすだけ。携帯の電波も入らない田舎。派手なことは起きず、愛犬を散歩に連れ出したり、顔なじみのお宅を訪ねたり、五右衛門風呂を沸かすために薪を割ったり、自炊につかれてコンビニに行ったり…。

物語は息子視点で語られる。日常の描写やズレた会話などにクスクス笑いを散りばめながら、淡々と別荘に「住む」二人。でもお互い自分の家庭のことがちょっと気になる。そしてお互い相手の家庭がどうなってるのかちょっと気になっている。ジャージでブラブラしながら、普段着の自分がちょっとだけ残ってる。この非日常から戻りすぎない「ちょっと」具合が絶妙で、変化のない田舎暮らしの話なのになんか読まされてしまう。

もうひとつ重要なポイントが「畑の真ん中のある地点だけ手を空に伸ばすと携帯の電波が入る」という設定。

別荘に電話は通じてるので全く連絡が取れない訳ではない。でも色んな人がこの畑でメールを送受信する。妻や恋人に直接うまく言えないことを電波に乗せて。わざわざ畑までやってきて。この「電話で話さずにわざわざ足を運んでまでメールに託す」という行為が、人々の微妙な距離を表現してていいなぁと思いました。

なにも起きないけどなんか切なくてホッコリする物語。堺雅人・鮎川誠主演の映画も好評だったようです。ちょっと観てみたい。

ブルボン小林『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』

ブルボン小林って誰やねん、と思ったら、『もうスピードで母は』『泣かない女はいない』の芥川賞作家・長嶋有。ゲームについてのコラム本なのですが、観点が新鮮でとてもおもしろい。

結末ではなく道中を楽しむ『かつてゲームは観光だった』、スーパーマリオがゲームを地上に誘った『青空の下』、カラテカのあの演出はそうだったのか『一方そのころ敵は』などなど、80年代にゲームに夢中になった子供が大人になってふと「あれはあぁいうことだったんだなぁ」と振り返る視点で、発見に満ちているのだった。昔のゲームは容量の関係で背景が黒ばっかしだった。そうだよなぁ、マリオ以前で背景が青空ってなんだったかなぁ、F1レースとカラテカぐらい?とかベースが共有できるので余計面白かった。

あと個人的にはRPGについての話が少なく、アクションやシューティング寄りなのがうれしい。好みがもろかぶり。『かつてゲームは観光だった』に出てくるゲームなんて、「スカイキッド」「シティコネクション」「ゼビウス」「スターフォース」「斑鳩」「ファンタジーゾーン」である。わかるわかる。「タモリは名古屋撃ちがうまい」とか、微妙な知識が増えていくのも心地よい。

「振り返る大人の視点」なので、ゲームに興味がない人にも「ゲームって(もしくはゲーム好きって)こういうことだったのか」という発見もありそう。80年代~90年代初めに子供時代を過ごした方は手にとってもらえると、あのファミコンブームを今一度ゆっくりと味わうことができると思います。ゲーム語りを大人のたしなみに。