西澤保彦『身代わり』

身代わりの、身代わりの、身代わりは、身代わりの、身代わりだった―!?名作『依存』から9年。変わらぬ丁々発止の推理合戦、あの4人が長編で元気に帰ってきた!書き下ろし長編ミステリ。

『依存』からもうそんなに経つんだなぁ。『依存』で傷を負ったタックが回復するまでにこれほどの年月がかかったような錯覚も覚える。この作品単体でも成り立つようにできてるけど、『依存』の後日談となる作品であるので、事前に『依存』を読んでおくことをおすすめします。というか『依存』も過去シリーズ読んでおいたほうがいい作品だしなぁ…もうどこまで遡ったものやら…。

二つの事件が出てくる。それぞれに不自然な点がたくさんあり、いろいろ明らかになるにつれもうわけがわからなくなる。ひとつは深夜の公園で女性ともみ合ってる間に刃物が刺さって死んでしまった男の事件。男は一駅分離れた居酒屋で飲んでから歩いてその公園に向かっている。普段の行動範囲とは全く異なる公園に。強盗にしては不確実、女性と知り合いにしても待合せが不自然。しかも居酒屋を出た時点で男は手ぶら。

もう一つ、一軒家の中で女子高生とパトロール中の警官の絞殺死体が見つかるという事件。警官がその家を訪れるのは誰にも予測できないはず。しかも、女子高生と警官の死亡推定時刻には数時間の開きがある。犯人は家に留まっていた?にしてもなぜ来るかどうかわからない警官まで殺す?

過去のタックシリーズ同様、シリーズメンバーが酒をがぶがぶ飲みながらの推論を重ねるわけだけど、タックの回復が万全でもないので、仮設につぐ仮説、といったこれまでの作品よりは推論は厚くない。でもいくもの「?」がほろほろと吸い出され嵌められていく様子はもうおもしろくてしかたなし。

オススメです。この作品以降、またタックシリーズの刊行ペースが上がるといいなぁ。

『九マイルは遠すぎる』テーマをまとめてみる

「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」
ミステリーでたびたび引き合いに出されるハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』。英語にしてたった十一語の文章から、考えられる推論を重ねていき、終いにはとんでもない事件を引き当ててしまう。

まさに安楽椅子探偵の極みであり、推理というか妄想にも近くなるのだけど、このテーマはやはり面白く、数々の作家が挑戦しております。思い出す限りちょいと集めてみました。
  

アンソロジー『競作五十円玉二十枚の謎』
池袋の書店を土曜日ごとに訪れて、五十円玉二十枚を千円札に両替して走り去る中年男

なぜ書店で両替するのか?なぜそんなに五十円玉がたまるのか?なぜ毎週千円に両替するのか?若竹七海が書店でアルバイトをしていた時の実体験が元となり、プロアマ13人が自分なりの解決を考え抜いて短編に仕上げているという、なんとも贅沢&異色な1冊。この時不参加だった北村薫が後に『ニッポン硬貨の謎』を上梓しております。そして法月綸太郎の解決がずるすぎる。
 

西澤保彦『麦酒の家の冒険』
迷い込んだ山荘には一台のベッドと冷蔵庫しかなかった。冷蔵庫を開けてみるとヱビスのロング缶96本と凍ったジョッキ13個が。
著者自らあとがきで「九マイルは遠すぎる」を意識したと書いている本作は、タックシリーズの2作目。タック・タカチ・ボアン先輩・ウサコが冷蔵庫のビールを勝手に飲みながら延々と推理。ベッドしかない山荘に、なんでこんなにたくさんのビールとジョッキがあるのか?状況が突飛すぎるゆえ、仮説もとんでもなくなって、だれることなく面白さ持続。シリーズの中でも好きな作品。
 

米澤穂信『遠まわりする雛』収録 「心当たりのあるものは」
「十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのあるものは、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」
つい最近読んだので。きっかけは校内放送、放課後に1回だけ行われた生徒への呼び出しから導き出される犯罪の臭いとは。「古典部」シリーズの折木奉太郎と千反田えるの語りだけで構成される本作は、推理作家協会賞候補にもなっていたりする。
 

都筑道夫『退職刑事』収録 「ジャケット背広スーツ」
ジャケットと背広とスーツを持って駅を走る男
現役刑事の息子がぶつかった事件を、退職刑事の父親が聞くだけで解決してしまう安楽探偵椅子ものの白眉。殺人事件の容疑者が見たというこのジャケット男は、いったい何を意味するのか?割と経緯が複雑だったかで、どういう結末だったか忘れてしまった(笑)読み返すかなぁ。

他にも島田荘司『UFO大通り』(「傘を折る女」)とか、蒼井上鷹『九杯目には早すぎる』とか、まだまだありますな。有栖川有栖あたりにもあったような気がするんだよなぁ。

西澤保彦『異邦人―fusion』

2000年12月31日。20世紀最後の日、実家に帰省すべく飛行機に乗った私。到着してみるとなんか様子がおかしい。持ち物はいくつかなくなっており、通っていたはずのバスもない。不思議に思って実家に電話してみると父が出た。23年前、何者かに殺害されて、死んだはずの父が…

主人公は幼いころこの家の養子になっており、血の繋がらない姉がいるのですが、この姉が同姓しか愛せない性癖の持ち主。主人公がタイムスリップした23年前というのは、頑固一徹の父と姉はこの性癖が原因で仲違いして、姉は家出同然の状態で音信不通になっている。そしてタイムスリップした4日後が、まさに父が殺害される日なのだ。

姉には幸せに暮らして欲しいし、父には死んで欲しくないし、でも父が死ねば姉が自由になるのかもしれんし、その他にも実家の後継者の問題、姉の恋人(女性)や姉に対する好意、タイムスリップに伴うルールなど複数の悩ましい要素が絡みあう。主人公悩みまくりである。

タイムスリップと殺人事件の真相に西澤保彦お得意のSFミステリの手腕が発揮されていますが、それにも増して親子愛・兄弟愛・同姓愛を一つの物語の中に編込んでいくため話の筋がとても深い。ラストに現れる”新しい絵”にはちょっとほろりと来る、まさにオトナのタイムスリップ譚であります。

西澤保彦『パズラー 謎と論理のエンタテイメント』

意外なことに西澤保彦初のノンシリーズの本格ミステリ短編集。『夏の夜会』で見せた曖昧記憶の暗い穴「蓮華の花」、もはやスタンダードの西澤流反転「卵が割れた後で」、ただのかくれんぼのはずが「時計じかけの小鳥」、都筑道夫へのオマージュ「贋作「退職刑事」」、大仕掛けの大胆さはまさに「チープ・トリック」、アリバイがあるのに主張しない犯人の恐るべし意図「アリバイ・ジ・アンビバレンス」の6本

副題が「謎と論理のエンタテイメント」とあるようにまさに都筑道夫リスペクト。論理重視のパズラー小説が6本立て続け。参加型の犯人当てではなく、目の前で繰り広げられる論理のアクロバットを客席砂被りでとくとご覧あれの一冊。ノンシリーズなのでキャラでなく話の筋に注目できるのも本気勝負のパズラーを感じさせます。個人的には「アリバイ・ジ・アンビバレンス」の構図がもう衝撃です。あんなことになっていたなんてなー。

西澤保彦『フェティッシュ』

黒タイツ萌え老人、有機物ダメ看護婦、もてなし好き中年、自殺願望主婦、女装癖刑事、彼らの前に現れた絶世の美少年。「触ると死んでしまう」その儚さと謎に惑わされ、狂わされ、壊れていく5人。

5人の視点から交互に描かれる美しすぎる少年。一見死んだように見えて気がつくと消えている、という謎を持っていて、これに連続殺人事件が関って、そしてそれぞれの欲望が絡み付いて、読み進めるにつれてどんどん異型の塊が膨れ上がっていく。強引とも見える落しどころも妙に心にひっかかったままで取りきれない。読者をも絡めとろうというのか。

目が離せない話運びはさすがの西澤保彦ですが、ちょっとグロいシーンが結構あるのが個人的に苦手でうーうー。面白いけど怖いよー。