彼岸へのオーリー・ドロップ 藤沢周『オレンジ・アンド・タール』

解説を書いているのがオードリーの若林なんですよ。

高校でアウトロー的存在のカズキは、スケボーに熱中して毎日を送る。今日も伝説のスケートボーダーのトモロウのところへ相談に行く彼の心に影を落としているのは、同級生が学校の屋上から落ちて死んだことだった。そして、目の前で事件は起きた。自分って何なんだよ、なんで生きてるんだよ―青春の悩みを赤裸々に描いた快作。

カズキが視点となる「オレンジ・アンド・タール」と、カズキが信頼を寄せる”伝説のボーダー”の浮浪者トモロウが視点となる「シルバー・ビーンズ」の中編二編からなる一冊。二編の時系列はほぼ同列で、カズキがトモロウと話しているとき、トモロウがどんな状態にいるかが後でわかるようになっている。

同級生の突然の自殺に、カズキをはじめ学校や友人たちは不安定な波の中にいる。グラグラな自分、キワキワな友人。青い春はひとりの死によりその濃度を高めて苦しめる。そこで「外の存在」であるトモロウさんに救いをよせるようになる。トモロウ=Tomorrowを期待するように。

「オレンジ・アンド・タール」では登場人物のほとんどが不安定な状態にいる。安定しているトモロウを頼るが、そこである事件が起こる。一方、「シルバー・ビーンズ」ではトモロウが自らを語りだす。彼もまた、不安定な波の中にいるのだ。

本作では全編を通しスケボーをメタファーとして、自分と世界の境界を見つけようとする。テールを蹴って飛んでいる間「無」になる瞬間を見る。繰り返される専門用語とスピード感と虚無。まるで禅のような世界にひきこまれる。

加えて、この文庫の解説をオードリーの若林が書いているのも必見。オードリーが「ダ・ヴィンチ」の表紙に登場したときも「オレンジ・アンド・タール」の単行本を手にしていたほど思い入れがある若林。「僕にとって「オレンジ・アンド・タール」は単なる小説ではない」と語る。

オードリー若林の解説は、作品解説というよりも一読者の視点による手記に近い。自分の中の世間に対するわだかまりと、それを芸人として昇華させるまでの間に「オレンジ・アンド・タール」が存在する。それがまた、『「オレンジ・アンド・タール」を読んだ男』として本編の一部になっているようにも感じるのだった。

カリスマなどいない。みんな自分と世界に折り合いをつけようとしている。自分を求める思春期にも、迷える大人にも、なんらかのヒントをくれる一冊です。