二転三転七転八倒! 蒼井上鷹『堂場警部補の挑戦』

玄関のチャイムが鳴った時、まだ死体は寝袋に入れられ寝室の床の上に横たわっていた。液晶画面を見ると、緑色のジャージを着た若い男が映っていた。「おはようございます、ドーバです。電話でパントマイムのレッスンをお願いしていた―」招かれざる客の闖入により、すべてがややこしい方向へ転がり始める「堂場刑事の多難な休日」など、当代一のへそ曲がり作家による力作四編。

4編からなる連作短編集。まずは目次をご覧ください。

・第一話 堂場警部補とこぼれたミルク
・第二話 堂場巡査部長最大の事件
・第三話 堂場刑事の多難な休日
・第四話 堂場IV/切実

話が進むにつれてどんどん降格されていく堂場。終いには肩書きもなくなって「IV」扱い。そんなドジっ子堂場の活躍ぶりを…

と い う 話 で は あ り ま せ ん ! !

思わず太字にしてしまった。もちろん各短編ごとに堂場は出てきますが、大変ひねくれた構成になっているんです。何がどうなっているのかはもう読んでもらうしかないのだけど…。各短編は幾つもの伏線やどんでん返しを盛り込んでいて、一編ごとにスゴい密度。そんでもって第4話でこれまでのヘンテコなところをまとめ上げる。あくまで仕掛け・ロジック重視なので、ミステリを読み込んでる人ほど楽しいと思います。

堂場がどうなってしまうのか。もう、んなアホなとつぶやいてしまう豪腕と性格の悪さが炸裂。ヘンテコ設定に定評のある作者の、一つの到達点でしょう。

蒼井上鷹 『出られない五人』

急逝した小説家を偲ぶ為に、彼ゆかりのバーに集まった5人の男女。バーは廃業ずみなのだけど、管理人に無理言って忍び込んでいる。宴もたけなわのころに見つかる身元不明の死体。バーは翌朝まで鍵がかけられた密室状態。そのうえ彼らにはそれぞれ「出たくない」理由があったので…。

この本格ミステリ的には”いかにも”な設定で、フーダニットでもクローズドサークルでもないというのが、これから読む方への一番の注意点であります。まぁ、ちょっと、えー、って感じでしたが…。

あくまで「偶然が重なってどんどん話が変な方向へ転がっていく」もの狙いの話し運び。章ごとに登場人物視点が変わるので、彼らの”隠し事”が徐々に明らかになっていくようになっている。バーの間取り、ガシャポンなどの小道具もフルに使ってる、なんですが…。

ドタバタ、スラップスティック、というにはどうも「理性」がはっきりしているのである。登場人物もなんとなく理屈っぽい。まさに閉鎖状況で殺人がおきた時の本格ミステリの登場人物の感じというか。ドタバタも本格もどっちも好きで、という思いが逆にどっちつかずを生んでいるような、そんな気がしました。

もうメチャクチャか、ガチガチか、もっと勢いよく振り切れちゃうともっと面白くなるのではと思いました。

蒼井上鷹 『九杯目には早すぎる』

小説推理新人賞受賞作「キリング・タイム」を含む、著者デビュー作『九杯目には早すぎる』。短編5本と合間にショートショート4本という珍しい構成。

軽妙な語り口、というか可もなく不可もない運び方で、ふんふん普通やね、と読んでいったら一本目の「大松鮨の奇妙な客」であっけなくひっくり返されてダウン。あとから見たら推理作家協会賞短編部門の候補作だったのね。ネタ自体はどこかで見たような気がするのに、語り口ですっかり油断してしまった。

全編通してみると、無害そうな外見なのに中に強い毒を持っている、という印象。セコい人やイライラする人の描写がやけに巧くてとてもヤキモキします。外と中のギャップの埋め方をどう処理していくのか、それとも処理せずこの方向で進むのか、これから気になる作家さんであります。