疑わしき者たちの仮面舞踏会『奇面館の殺人』

「十角館の殺人」に始まる綾辻行人の”館シリーズ”第9作。満を持しての講談社ノベルス書き下ろしであります。なんだろう、見取り図がついてるだけでワクワクしちゃう。

東京の山奥に建つ「奇面館」。その主人・影山逸史は毎年ある”儀式”を行なっていた。影山家に伝わる<もうひとりの自分>を探すため、自分と生年月日が近い男性を招待するのだ。

奇面館に招待された6人の男たちに課せられたルール、それは、表情恐怖症の主人のために、滞在中は特性の”仮面”をかぶるというものだった…。

主人も仮面をかぶり、使用人も主人に会うときは仮面ON。そうなんです、この話、登場人物全員が仮面をかぶっているんです。しかも主人&招待客は頭全体をすっぽり覆う特性仮面。服も全員同じものが用意されている。謎の面談と、謎の乾杯で夜はふける。

そして翌朝、部屋に転がる首なし死体。吹雪のために下山できず、お約束通り電話機は壊され、携帯電話がまだない時代の設定で、完全孤立する奇面館。犯人はこの中に…って、あれ、この特性仮面、鍵がかけられて取れなくなってるんですけど…!

というわけで、奇面館にいるのは仮面をかぶったままの5人と、使用人が3人(使用人は特性仮面じゃないので仮面外せる)。シリーズの探偵役の鹿谷門実も招待客の一人になってるので、仮面かぶったまま探索。仮面かぶったまま説得。仮面かぶったまま推理。なんだこの画。

それぞれの仮面は笑ってたり泣いてたりするので、全員の区別はつくのだけど、転がってるのが首なし死体(仮面ごと無くなってる)で、両手の指まで切断されてるので、推理小説読みとしてはどーしても”あの可能性”を疑いたくなっちゃう。あれでしょ。あれなんでしょ。こっそりやってるんでしょ。

もちろん登場人物も”あれ”を疑う。こんなに”あれ”を疑われてる中で、この話どうやって最後落とすのか、やっぱり”あれ”でしたで済むのかな、と思ったら、いやいやいや、来ますよ!きっちりした論理的な解決と、これまた前代未聞の種明かしが!

旧来の”館シリーズ”のお約束を踏まえながら、かつてない状況と落とし所を用意して、なおかつ程よい長さにまとまってる良策。シリーズで言うと黒猫館以前に戻ったような本格ミステリの面白さがまた味わえます。オススメです。

シリーズ読者はもちろん必読。鹿谷門実が仮面姿で折り紙を折るシーンもあるよ!

「このどんでん返しがすごい!」たった一行で世界が反転するミステリ7選

人力検索はてなにこんな質問がありました。

【絶対にネタバレを見てはいけない小説】を教えて下さい。詳しくは以下の条件すべてを満たしての回答をお待ちしてます。 ★途中やラストに何がしかの真相が明かされ、怒涛.. – 人力検索はてな

「怒涛の展開・どんでん返し」がある小説を教えてください、という質問なのですが、「ミステリー以外」という条件付き。

いやーこれこそはミステリの腕の見せ所ではないのか、というわけで、上記の質問の回答に載ってるもの以外で、個人的に「たった一行」真相を書かれただけでひっくり返って驚いたミステリを7作品あげてみました。秋の夜長にいかがでしょうか。

なお、「この作品はどんでん返しがあるよ」と聞くだけでネタばれになる危険がございます。それを聞いてもなお面白い作品を選んだつもりですが、どうしてもネタばれが気になる方はご注意ください。

  • 綾辻行人『十角館の殺人』
  • 倉知淳『星降り山荘の殺人』
  • 東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』
  • 筒井康隆『ロートレック荘事件』
  • 殊能将之『ハサミ男』
  • 歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』
  • 泡坂妻夫『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』

綾辻行人『十角館の殺人』

言わずとしれたマスターピース。「あの一行」を号砲に始まった、新本格のスタート地点。「十角館」を目当てに瀬戸内海の孤島を訪れた大学ミステリ研の7人。彼らを襲う連続殺人と、半年後に本土で行われる真相の究明が交互に語られ、やがて出会う衝撃。やはり今でも忘れてないですなぁ。

倉知淳『星降り山荘の殺人』

一方こちらは陸の孤島。雪に閉ざされた山荘に集まったUFO研究家やスターウォッチャーを襲う惨劇。フェアな犯人当てと銘打って、各章のはじめに但し書きを細かく配置して、全ての推理の材料が提供されて…も、やっぱり騙される。これは悔しかった…。

東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』

“雪の山荘”をもうひとつ。『探偵ガリレオ』まさかの月9でおなじみ東野圭吾から。『仮面山荘殺人事件』もいいけど、あえてこちらを。オーディションに合格した7人がペンションに集められる。最終選考は「豪雪で閉じ込められた山荘での殺人劇」の設定での舞台稽古。しかし稽古のはずが、一人また一人と姿を消していく。芝居なのか?本当の殺人なのか?この設定だけでも心惹かれるのに待ち受けるサプライズは半端ない。

筒井康隆『ロートレック荘事件』

山荘つながりで。これもいわゆるクローズドサークル。ロートレックの作品で彩れられた邸内。決して広くない間取り、数少ない容疑者、それでも繰り返される殺人。読んだのだいぶ昔なんですが、あまりにびっくりして手が震え、ページをクシャっと折ってしまった思い出あり。最後まで読んだら必ずもう一度最初から読み直すはめになる、大御所の技の数々を堪能すべし。

殊能将之『ハサミ男』

クローズドサークルに飽きたらこれを。少女を殺害し、首にハサミをつきたてる連続殺人犯「ハサミ男」。次の犠牲者を探すハサミ男は自分の模倣犯の存在を知り、”犯人探し”を始める。シンプルかつ大胆に仕掛けられた一点の逆転。ミステリを読みこんだ人でもうっかりしてやられる巧妙さは必見。

歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』

2003年度「このミステリーがすごい!」第1位、「本格ミステリ・ベスト10」第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」第2位、第4回本格ミステリ大賞小説部門受賞、第57回日本推理作家協会賞長編部門受賞、まさにDHCのCMばりにランキング総なめだった本作を外すわけにはいかんかと。トリックで明らかになる表題の意味に感嘆した覚えあり。

泡坂妻夫『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』

最後にとっておきの飛び道具を。新興宗教の教祖継承騒動をめぐる二時間ドラマのような騒動、B級イラストの装丁、すっかり油断したラストに明かされる、全241ページに仕掛けられた驚愕の仕掛け!マジシャンでもある著者にしかできない、この世でたった一冊しか存在しないトリック。手に入れたら家宝にするべき。

ホントは10個にしたかったんですが、途中で力尽きて7つになっちゃいました。『慟哭』 『アヒルと鴨のコインロッカー』 『イニシエーションラブ』 『殺戮にいたる病』はもとのはてなの質問にあるので除外してますが、なんか足りない気がするんだよなぁ…。コメント欄を開放しておきますんで、あれを忘れてるよ!これもおススメだよ!ってのがあったらコメントいただけると幸いです。

安井俊夫『犯行現場の作り方』

十角館は建物自体は4000万で建つけど、沖合い5kmの島まで電気ガス水道を引くのが大変らしいです。

一級建築士の著者が、国内ミステリに出てくる「不可解な建物」の建築図面を引いちゃうという本。手がかりは文中の記述や表紙のイラストのみ。『有栖川有栖の密室大図鑑』が密室に特化した解析本だったのに対し、こちらは建物まるまる一軒が対象。ただの図面作成に終わらず、建築場所、時代、資材、作業者の宿泊まで考慮して、建築費用、工法、工事費、はては延べ床面積まで出しちゃう有様。これぞプロの仕事!

ターゲットとなるのは10作品の10建造物。台風が多い地域なのに木造建築『十角館の殺人』、51mの廊下に窓が一つもないロッジ『長い家の殺人』、車椅子を考慮するとどうしても変な壁ができる『十字屋敷のピエロ』、天才建築家が建てたまさかの違法建築『笑わない数学者』、傾き角度5度11分20秒・高低さ1.25m!『斜め屋敷の犯罪』などなど。

著者の視点はミステリに対する愛で溢れていて「こんなおかしなことになってますぜアハハ」ということは決してない。「この設計者ならこんな内装にするに違いない」「ここはこの材料じゃないとかっこよくない」「こんな配置ではあるが意図があるに違いない」というように作品世界が最優先。このスタンスが心地よく、文体も落ち着いた感じで読みやすい。

まさに謎と建築への誘い。作者と読者で楽しさを共有できる一冊で、続編が今から楽しみです。そりゃぁもっともっと変な館あるしなぁ。

e-NOVELS編『川に死体のある風景』

「自由に川を設定し、死体があるところか始める」という縛りでミステリ作家が短編を競作した短編集。e-NOVELSと東京創元社「ミステリーズ!」との連動企画であり、通称「川ミス」。

水面に浮かんでいた”死体”が起き上がり、自分を流した張本人に危険が迫っていると言う「玉川上死」(歌野晶午)/同じ場所に車が3台も沈んでいた長良川下流。偶然か?殺人か?「水底の連鎖」(黒田研二)/遭難者を探す山岳救助隊。小屋に残ったはずのリーダーがなぜか沢を滑落死。誰もいなかったのになぜ?「捜索者」(大倉崇裕)/舞台はコロンビア。蜂の巣にされた水死体と刑務所の脱走騒動の顛末「この世でいちばん珍しい水死人」(佳多山大地)/近所で見つかった水死体。見覚えのある顔は”あれ”に取り憑かれていた…「悪霊憑き」(綾辻 行人)/桜川に浮かぶ美しすぎる少女の水死体。それを撮った写真は何のために?「桜川のオフィーリア」(有栖川有栖)

執筆陣が豪華なだけあって、全体的にレベル高し。「川に死体」という設定が読み手のビジュアルを喚起しやすいためか、物語の中に没頭しやすい。最初聞いたときはそんなに惹かれる設定じゃなかったのだけど、読んでみて納得。作家の演出によっては幾つもバリエーションが生まれ、事実このシリーズでは似たシチュエーションは全くなし。まだまだ出来るんじゃないかな。

ずばりマイベストは「捜索者」(大倉崇裕)。ハウダニットの興味と犯人指摘の決め手のシャープさ、そして山岳ミステリ特有の男気が絶妙なバランス。もう川、というより山、なのだけれど、そんなことはお気になさらず。多種多様な川の流れに向けたミステリ作家の腕試し。e-NOVELSには特集ページもあります

綾辻 行人, 佐々木 倫子『月館の殺人(下)』

忘れもしない、あの上巻のまさかの幕引き(⇒上巻の感想)あれから一年。テツによるテツのためのテツ道ミステリの、『月館の殺人』が完結しましたよー。

サスペンスと仮説のやりとりが多くを占めるので、連載中に読んでる人は本当に完結するのかヤキモキしただろうなぁ。上巻の終わりがあれなもんなので、下巻はどうしてもネタばれに触れてしまいそうなので色々書けないのですが、うーん、やはりテツ分の多さが面白さの多きを担うなぁ。ミステリ的には上巻の終わりのインパクトが一番だったかもしれない。しかし上巻を読むと下巻を読まずにはいられないわけで、これは区切りどころの勝利だなーと思った。

月館の殺人 (下)
月館の殺人 (下)

posted with amazlet on 06.08.01
綾辻 行人 佐々木 倫子
小学館 (2006/07/28)