真相まであと何km 米澤穂信『ふたりの距離の概算』

春を迎え、奉太郎たち古典部に新入生・大日向友子が仮入部することに。だが彼女は本入部直前、急に辞めると告げてきた。入部締切日のマラソン大会で、奉太郎は長距離を走りながら新入生の心変わりの真相を推理する!

古典部シリーズ第五弾。今回の舞台はマラソン大会。

走りながら4月からの出来事を回想する奉太郎。大日向はどんなやつだったか、どの場面でどんな考えをするやつだったか、気になった出来事を思い出す。この回想シーンが日常の謎を解く短編として成立しているので、長編なんだけど連作短編のような、面白い構造になっている。

思い出しては何かに気がつき、時には後方から走ってくる古典部メンバーを待ち伏せして確認、ゴール間近まできていよいよ大日向に接触…という、マラソンの残り距離をタイムリミットとして盛り上げる構成がホント巧い。そして回想シーンや確認事項、その他あれやこれやまで伏線として繋がってしまう妙技!

日常の謎+心理戦なので、どうしても根拠が薄くまさに薄氷を渡る場面もあれど、構成力に唸りまくりです。

ハズれないなぁ、古典部。

探偵役の主観と客観 米澤穂信 『追想五断章』

古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在を知る。二十二年前のその夜何があったのか?幾重にも隠された真相は?米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編。

結末をわざと伏せて、その後の展開を読者に任せるタイプの小説を「リドルストーリー」と呼ぶ。有名なところだと『女か虎か?』とかなんですが、上の粗筋にある、亡くなった父が残した「五つの小説」がすべてリドルストーリーの形をとっていて、小説探しの本編の中でひとつひとつ小説が見つかるたびに作中作としてこのリドルストーリーが挟まれる、という構成になっている。

本編の他に5編のリドルストーリーが考えられていて、しかも裏に一つの未解決事件という背骨をつけて、さらにさらにとある”仕掛け”まで用意されているという、本格魂的にもうなんとも贅沢な造りなのである。ミステリ的な仕掛けもさることながら、この作品の評価を高めるもう一つの材料が主人公の大学生・菅生の描き方。

これまでの米澤穂信作品でもいわゆる「探偵役」は一筋縄でいかない設定が多い。面倒事に極力関わりたくない古典部シリーズの折木奉太郎、推理能力を隠して暮らそうとする小市民シリーズの小鳩、ちゃんとした推理があっさり無視されてしまう『インシテミル』など。

今回の主人公、菅生は大学生とはいえ休学中(事情は物語中で徐々に明らかになる)。小説探しの依頼を受け、最初は報酬に目がくらんで調査を始めるも、段々と事件に含まれた「物語」にひきこまれていく。他人の「物語」と自分の存在の対比に段々と変化してく主人公の心情が、こちらにも重くのしかかる。

謎を解くという役目と、その役目によって影響を受ける探偵役。外側である事件の解決と、内側である探偵役の葛藤。これまでのシリーズ作品などよりもかなり落ち着いたトーンで描かれる本作は、外側/内側のコントラストがより濃く浮き出てくる。

仕掛けの素晴らしさと、登場人物の重さとが、絶妙に融合した本作。お勧めです。お勧めですよ。

人心の無さが生む人災 米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件(上/下)』

ぼくは思わず苦笑する。去年の夏休みに別れたというのに、何だかまた、小佐内さんと向き合っているような気がする。ぼくと小佐内さんの間にあるのが、極上の甘いものをのせた皿か、連続放火事件かという違いはあるけれど…ほんの少しずつ、しかし確実にエスカレートしてゆく連続放火事件に対し、ついに小鳩君は本格的に推理を巡らし始める。小鳩君と小佐内さんの再会はいつ―。

『春期限定いちごタルト事件』 『夏期限定トロピカルパフェ事件』(→感想)に続く、「小市民」シリーズの第三弾。探偵役はもうやりたくない「狐」小鳩くんと、復讐の暗い悦びを忘れたい「狼」小山内さん。『夏季限定~』での出来事からそんなに日も経たずに始まる、1年にもわたる追跡と暗躍…。

連続放火事件を追う新聞部、その熱血新聞部員と付き合うことになった小山内さん、別の彼女と付き合うことになりながら放火事件が気になってしまう小鳩君。放火事件に法則を見出す新聞部員、エスカレートする放火の規模…。話は上下巻にわたるものの、ほぼ一気読み。

前作、前々作を読めば、「復讐は徹底的に。手段を選ばずに。表に出ぬように」という小山内さんの行動原理を知っているので、裏で小山内さんがどんな暗躍をしているのか、ちらちらと見える駆引きや手回しの影に怯えながらの読書になる。連続放火事件の謎を表に見せながら、水面の底で何がうごめいているのかわからない展開なのである。そして、その暗い期待は裏切られることはない。

裏切られるどころか、むしろ超えられてしまう。あぁ、このラスト一行…。なんと容赦のないことか…。

にこやかな笑顔の裏の確かな真顔。黒い瞳の奥の暗い穴。甘味をつつくスプーンは、魔女が毒薬を混ぜる匙のように。膨らんだ自意識を持て余す、「狐」と「狼」の二人。

このまま『冬季限定~』が出るとしたらどんな内容になるのか。震えながら待ちたいと思います。

米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

ミステリの醍醐味と言えば、終盤のどんでん返し。中でも、「最後の一撃」と呼ばれる、ラストで鮮やかに真相を引っ繰り返す技は、短編の華であり至芸でもある。本書は、更にその上をいく、「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった連作集。古今東西、短編集は数あれど、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ。

と、いう煽りで紹介されてはおりますが、本書はどちらかというとサスペンス・ホラーの領域なので、ラスト一行で世界が反転するというよりはゾッとする、という感じ。5編収録された短編集で、特筆すべきはラスト一行のことよりも、「使用人(女子)がメインキャラクターとなる短編ばかりの短編集」であることだと思う。

お嬢様に従順な付き人、暇でたまらない山荘の管理人、高飛車すぎる料理人など、1編ごとに異なる名家の異なる使用人が、話のカギを握る存在となる。主人に忠実な存在であり、命令には実直に従うが、何を考えているかわからない存在として書かれる彼女たち。彼女たちが犯す「奇行」には彼女たちなりの理屈があり、それがいわゆる「狂人の論理」として機能し、最後の一行に向かって収束する。5編それぞれ主観人物や構成も異なり、よく練られてるなぁ。

それにしてもかなりダークな手触り。おっかないですわ。もう。アミルスタン羊とかさぁ。

『九マイルは遠すぎる』テーマをまとめてみる

「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」
ミステリーでたびたび引き合いに出されるハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』。英語にしてたった十一語の文章から、考えられる推論を重ねていき、終いにはとんでもない事件を引き当ててしまう。

まさに安楽椅子探偵の極みであり、推理というか妄想にも近くなるのだけど、このテーマはやはり面白く、数々の作家が挑戦しております。思い出す限りちょいと集めてみました。
  

アンソロジー『競作五十円玉二十枚の謎』
池袋の書店を土曜日ごとに訪れて、五十円玉二十枚を千円札に両替して走り去る中年男

なぜ書店で両替するのか?なぜそんなに五十円玉がたまるのか?なぜ毎週千円に両替するのか?若竹七海が書店でアルバイトをしていた時の実体験が元となり、プロアマ13人が自分なりの解決を考え抜いて短編に仕上げているという、なんとも贅沢&異色な1冊。この時不参加だった北村薫が後に『ニッポン硬貨の謎』を上梓しております。そして法月綸太郎の解決がずるすぎる。
 

西澤保彦『麦酒の家の冒険』
迷い込んだ山荘には一台のベッドと冷蔵庫しかなかった。冷蔵庫を開けてみるとヱビスのロング缶96本と凍ったジョッキ13個が。
著者自らあとがきで「九マイルは遠すぎる」を意識したと書いている本作は、タックシリーズの2作目。タック・タカチ・ボアン先輩・ウサコが冷蔵庫のビールを勝手に飲みながら延々と推理。ベッドしかない山荘に、なんでこんなにたくさんのビールとジョッキがあるのか?状況が突飛すぎるゆえ、仮説もとんでもなくなって、だれることなく面白さ持続。シリーズの中でも好きな作品。
 

米澤穂信『遠まわりする雛』収録 「心当たりのあるものは」
「十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのあるものは、至急、職員室柴崎のところまで来なさい」
つい最近読んだので。きっかけは校内放送、放課後に1回だけ行われた生徒への呼び出しから導き出される犯罪の臭いとは。「古典部」シリーズの折木奉太郎と千反田えるの語りだけで構成される本作は、推理作家協会賞候補にもなっていたりする。
 

都筑道夫『退職刑事』収録 「ジャケット背広スーツ」
ジャケットと背広とスーツを持って駅を走る男
現役刑事の息子がぶつかった事件を、退職刑事の父親が聞くだけで解決してしまう安楽探偵椅子ものの白眉。殺人事件の容疑者が見たというこのジャケット男は、いったい何を意味するのか?割と経緯が複雑だったかで、どういう結末だったか忘れてしまった(笑)読み返すかなぁ。

他にも島田荘司『UFO大通り』(「傘を折る女」)とか、蒼井上鷹『九杯目には早すぎる』とか、まだまだありますな。有栖川有栖あたりにもあったような気がするんだよなぁ。