独裁には独裁の論理がある 石持浅海『この国』

一党独裁の管理国家を舞台に起こる事件をテーマにした、5編からなる短編集。

日本のようで日本でないパラレルワールド的世界観としては、石持作品では『BG、あるいは死せるカイニス』や『人柱はミイラと出会う』がある。本作はその異世界日本の構築+『攪乱者』でみせた政府vsテロの路線の位置付け。

テロ組織幹部の公開処刑の場で繰り広げられる治安警察と反政府組織の頭脳戦「ハンギング・ゲーム」や、小学校卒業と共に進路が決定する制度から派生した卒業生自殺の謎「ドロッビング・ゲーム」は、異世界という箱庭ならではの思考・論理が展開されとてもスリリング。

「この前提ならこう考える」という話運びは相変わらずの上手さ。ちょっとおかしな外枠を作りあげると、石持浅海は生き生きするなぁ。

ただ、続く3編も自衛隊、外国人労働者、表現の自由を取り扱っているものの、異世界の補強と物語の収束に力が向けられた印象。必要な手続きであることは承知の上で、でももっと箱庭で遊びたかったなぁ、というのが正直な感想です。

無意味の企み 石持浅海『攪乱者』

無血主義を貫くテロ組織に所属する三人を描いた連作短編。彼らは腐敗した日本政治を転覆させるために活動するプロのテロリスト…なのだけど、上層部からやってくる任務がなんだかヘンテコなものばかり。例えばこんなの。

・このレモンをスーパーのレモン売り場に置いてこい。
・このプラスチックの粉をどっかの公園の砂場に混ぜて、このアライグマが入ったケージを上に置いてこい。
・ここの新聞紙を丸めて紙袋に入れて、どっかの電車の網棚に置いてこい。
・適当なコンビニを選んでそこでバイトしてこい。
・あの女子大生と付き合え。

なんだよこれ?と言いつつも、組織の末端である彼らには真の目的は伝えられない。命令は絶対なので忠実に実行する彼ら。レモンの任務ではスーパーの下見をして、レモンがバラ売りかパック売りかちゃんと調べる抜かりなさ(無血主義なのでレモンは某作品みたいに爆弾だったりしない)

で、その場ではなんだかわからないのだけど、絵解きをしてくれるメンバーが毎回「第四の人物」として登場。彼の手にかかると、意味のないと思われた行動が、実は外交に影響したり、警察不信を招いたり、国民を正体がわからぬ不安に陥れることがわかるのだ。

「風が吹けば桶屋が儲かる」方式で、本当に実現するかは甚だ心許ないけど、一見遊びに見える行動が実は練られた計画である、とクルリと絵が変わるのが面白い。同じ石持浅海作品だと『心臓と左手』(→過去の感想)に近い手触り。

狂牛病や毒ギョーザ事件、タミフルの騒動やガードレールの鉄片など、実際に日本国民がなんだか不安に陥ったニュースは数多い。その裏に彼らテロリストが暗躍していたとしたら…なんて想像もしてしまうほどです。

石持浅海『君の望む死に方』

『扉は閉ざされたまま』の碓氷優佳リターンズ。開かない扉を前に推理合戦を繰り広げた前作に続き、またしても超絶シチュエーションですよ。

私は君に殺されることにしたよ
しかも殺人犯にはしない──。
死を告知された男が選んだ自らの最期。
周到な計画は、一人の女性の出現によって齟齬(そご)をきたしはじめた
膵臓ガンで余命6ヶ月──
〈生きているうちにしか出来ないことは何か〉
死を告知されたソル電機の創業社長日向貞則(ひなたさだのり)は社員の梶間晴征に、自分を殺させる最期を選んだ。彼には自分を殺す動機がある。
殺人を遂行させた後、殺人犯とさせない形で──。
幹部候補を対象にした、保養所での“お見合い研修”に梶間以下、4人の若手社員を招集。日向の思惑通り、舞台と仕掛けは調(ととの)った。あとは、梶間が動いてくれるのを待つだけだった。

だが、ゲストとして招いた一人の女性の出現が、「計画」に微妙な齟齬(そご)をきたしはじめた……。

殺されたい社長と殺したい社員の一人称が交互に語られる。社員は「殺したい」意思を隠しながら殺す機会を伺い、社長は「殺されたい」意思を隠しながら状況を操作する。その心理戦がスリリングで、残りページはすぐに減っていく。

社長が研修所のあちこちに凶器を仕掛けているのも面白い。玄関には花瓶が、キッチンにはアイスピックが、喫煙室には灰皿が、談話室には重たい社史があり、廊下の壁掛け時計の下にわざと椅子が置いてあったりする。また、外部犯の可能性を残すために治安の悪い地方の研修所を選び、物音が隣室に聞こえないように居室は一つ飛びに参加者に割り当てられている。もう、もはや「罠」というより「誘惑」である。

状況設定だけでも面白いのに、第三者によってこの「誘惑」が一つ一つ壊されていくため、心理戦はさらに加速する。いつのまにか椅子は動かされ、花瓶には花が生けられ、お見合い研修ゆえに女子の思わぬ行動も…。刻々と変わる状況、どう対処すれば殺し-殺されるのか?

はっきりと態度に出さずに、いかに人心を誘導するか。その構成上、都合が良すぎる展開もあるけれど、将棋を打っているような思考の読みあいが面白い。『扉が閉ざされたまま』も犯人側視点で腹の探りあいが楽しめたけど、今回は視点が2人分なのでサスペンスがより持続するのも特筆すべきところ。

被害者と殺人者と探偵役の、無言の三つ巴。このラストは、絶対誰かと語りたくなる。諸手を挙げておすすめ!

石持浅海『Rのつく月には気をつけよう』

食べ物と色恋を絡めた、いわゆる「日常の謎」の連作短編集。今年の石持浅海は『人柱はミイラに出会う』 『心臓と左手 座間味くんの推理』と全て短編集なんだけど、全て趣向が違うのがおもしろい。

舞台は全てマンションの一室。学生時代からの飲み仲間三人が企画した飲み会を行うのだけれど、毎回ゲストを一人連れてくる。酒と肴も毎回異なり、牡蠣や銀杏、チョコレートフォンデュなど。飲みが進むうちに、ゲストがポツリとそのときの肴についてつぶやいた一言が謎解きのスタートの合図になる。

毎回食べ物と色恋の趣向が変わるのでなかなかに凝っていておもしろい。だけれども、理詰めの展開を得意とする作者だけに、その論理の刃が日常レベルに降りてきてしまうと、そこまで普段考えて行動するかしら…とどうも行き過ぎた感じになってしまう。

ただ、色恋のとなると人は無駄にいろんなことを考えてしまうわけで(あの時のあの発言はなにか意図があって…とか)、その普段使いじゃない思考をいわば「狂人の論理」として扱うとこんな作品になるのかなぁとも思います。

油断してると最後に大ネタがあったりして、意外にサービス精神旺盛な本なのではないか。装丁もかわいいしねぇ。

石持浅海『心臓と左手 座間味くんの推理』

傑作『月の扉』で活躍した名も無き探偵役”座間味くん”リターンズ。飲み屋の個室で飲み食いしながら、大迫警視から聞いた解決済み事件の話をいともたやすくひっくり返す。安楽椅子探偵ものの短編集。これはすごい。かなりの高品質ですよ本格ファンの皆さん。

一つ一つの分量はとても短く、事件のあらまし→別の解釈という流れがシームレスに続く。その短さの中で180度近いひっくり返しを無理なく何度もこなす力量はさすが。綺麗な装丁とも相まって、とてもシャープな仕上がりの本になってます。

また、事件を起こすのがテロリストや過激派、新興宗教に環境保護団体という、この手の作品ではなかなか見られない相手で、その分事件やロジックに新味が出ているのもプラスに作用してるのではないかなぁ。「貧者の軍隊」での密室ができた理由、「心臓と左手」での犯人の行動原理、「水際で防ぐ」のトンでもない返し、どれも印象深い。

しかし困ったのが最後に収められている「再会」。それまでと趣向が変わり『月の扉』の後日談なんですが…ただの憶測でその人にそんなことを言ってはいけないだろうという思いがどうしてもぬぐえず。”座間味くん”のクールな印象が冷血漢に見えた一編で、なんかもやもやとした読後感になってしまった。