浅暮三文『ポケットは犯罪のために 武蔵野クライムストーリー』

6つの短編+書き下ろしの幕間に、最後に解説を付け加え、奇妙な味の連作に仕上がっている本作。武蔵野を舞台に、墓地に人魂が浮かび、RCカーが暴走し、密室から遺言状が消え、学生は薔薇を抱え、強盗は古本に宝石を隠し、白シャツの男がいつのまにか赤シャツになっている。

日常の謎のようで非日常な事件の数々は、まさにミステリーとファンタジーを行ったり来たりする作者の立ち位置そのままの浮遊感。「メフィスト」に掲載された短編を後付けでつなぎ合わせているのだけど、短編同士に伏線があるわけじゃないので密接度はそんなに濃くはない。むしろ短編をもう一つ書き下ろしてバラバラにして幕間に紛れ込ませた、という感じ。全編男の一人語りで構成された、こちら幕間の試みがこの本でやりたかったことかもなぁ。

浅暮三文『錆びたブルー』

『石の中の蜘蛛』『針』に続く、”五感シリーズ”の特別編。男は神の目を持っていた。男は一年前に女を殺した。ホームレスとなって逃亡を続ける男の前にもう1人の男が現れた。頭の中で子供の声が言う。殺せと…。新たな殺人。謎の女。目の前には、赤い残像と、錆びたブルー。

男の一人称かと思いきや、視点は空間や時間を自由に飛び、掴みどころのないイメージの渦が続く。現実なのか幻かわからない世界の中で、かろうじて進む物語。男が目にする赤や青が爆発するイメージを、時に濃厚に時にスイングしながら描く様子はまさに作者の真骨頂。

しかし正直このまま終わったらどうしようと不安すら覚えたほど幻想が続くわけなのですが、ところどころに全体像が見えそうな描写があるので、やはり気になって読んでしまう。徐々に晴れてきた霧を、いきなりバッと剥いで、またバサッとかぶせるような、少々雑にも取れる幕引きではあるのですが、この計算をこんなカタチで一冊書ききれるのはこの人・浅暮三文しかいななぁ。見たこともないミステリを読んでしまった、そんな静かな驚愕の中、本は閉じられたのでした。

錆びたブルー
錆びたブルー

posted with amazlet on 06.08.24
浅暮 三文
角川春樹事務所 (2006/04)

浅暮三文『左眼を忘れた男』

左眼を忘れた男―I wanna see you

ミステリーともファンタジーともホラーとも思える異色ブレンド作。後頭部殴打により植物状態の主人公。しかし外の世界が見える。殴打時に左眼が飛び出し、外をさまよって映像だけ送っているらしい。左眼によって行き着く、事の真相とは?『カニスの血を嗣ぐ』『石の中の蜘蛛』に続く五感シリーズの三作目、「視覚」。

左眼自身は画を送るだけで自分の意思で動けないのだけど、動物にくわえられたり人の衣服に乗っかったり雨に流されたりしてどんどんあちこち動いていく。しかし移動先には後頭部殴打の真相めいたものがあり、不思議な力が働いているのでは…という展開。高さ3センチから見える世界はどれも巨大で、一種酩酊した描写が面白さを増す。

ラストへ行くにつれて左眼の冒険から主人公・犯人の意識へ話の中心はシフトしていき、そこから人を食った展開へとなだれ込む。まさに「悪酔い」のカクテル。うーん、真面目にミステリと思って読んでたせいかちょっと乗り切れなかったのですが、ぐらぐらする足場を楽しむ本ですね。見えて、見られて、視覚は渦を巻く。

浅暮三文『嘘猫』

東京で一人暮らしを始めたアサグレ青年。ある夜、六畳間に訪れた一匹の雌猫。一人暮らしの寂しさを猫で紛らわせているうちに、雌猫は5匹の子猫を生んで…

「自伝的青春小説」と銘打たれたとおり、駆け出しのコピーライターと6匹の猫の成長グラフィティ。SF的なこともミステリ的なことも起きませんが、懐かしく愛おしい猫との思い出に浸る200P。猫の態度って確かに何か含んだものがあるよねぇ。

嘘 猫
嘘 猫

posted with amazlet on 05.10.02
浅暮 三文
光文社 (2004/09/10)
売り上げランキング: 109,430

浅暮三文『実験小説 ぬ』

一に幻想、二に奇想、三四がなくて五里霧中。見たこともない世界を進む強行軍。ネタ的に”ありそう”な出発点なのに世界感が捩れていく様子はわけもわからず面白く一気読み。「ベートーベンは耳が遠い」がすごいツボ。