四重交換殺人が奏でる不協和音の四重奏(カルテット)『キングを探せ』

ゆきずりの者同志が、それぞれ殺したい相手の殺人を請け負う「交換殺人」もの。

メリットは、ターゲットの死亡推定時刻に完璧なアリバイを用意できること。ゆきずりの者同志なので、容疑者になりにくいこと。
デメリットは、裏切りや殺人に失敗した場合のリスクが大きいこと。

この交換殺人を4人でやったらどうなるか。法月綸太郎、4年ぶりの書き下ろしです。

冒頭に登場するのは奇妙なニックネームで呼び合う4人組。都内のカラオケボックスで行われる、前代未聞の四重交換殺人の打ち合わせ。ターゲットと順番を決めるのは、4枚のカード。4人が会うのはこの夜が最後。プロジェクトの成功に乾杯する。

その後、物語はA、Q、J、Kの4章にわたって語られる。探偵役はお馴染み法月警視&法月綸太郎の親子。犯人の手がかりが得られない殺人事件に四苦八苦。

普通の1対1の交換殺人ものでも見所多彩に作り上げられるのに、これが四重にもなるわけで、「依頼者ー実行者ー被害者」の組み合わせが4組もある。もう糸がもつれまくりです。

もつれまくりなので、さすがにロジックだけで処理するのは難しかったのか、偶然と勘が支配する場面が割と多い。論理的に追い詰めるというより、次々起こる不測の事態に探偵や犯人たちが翻弄される様が描かれる。この「不測の事態」が見所だと思う。

伏せられたカード

伏せられたカードのように、人には他人に見せていない「顔」がある。

四重交換殺人が進むにつれ、被害者の、犯人たちの、見せてなかった部分が明らかになる。カードがオープンされる度、そこにあった「顔」が計画の邪魔をする。

揺さぶられながら、なんとかダメージを最小限にしようともがく犯人側と、それを追い詰める探偵側。ポーカーのブラフ(はったり)のような展開がおもしろい。

終盤、読者に向けてとびきり大きなカードがオープンされるのだが…その手際は本書でご覧あれ。

『気分は名探偵―犯人当てアンソロジー』

2005年、「夕刊フジ」に犯人当て懸賞ミステリーとしてリレー連載されたものを単行本化。夕刊フジにこんなマニアックなもの載せて大丈夫だったのか、と思ったら結構応募があったらしく、正解率もそこそこあったらしい(各短編ごとに正解率が書いてある)。

有栖川有栖「ガラスの檻の殺人」
路上で起こった”視線の密室”殺人。見つからない凶器どこに?
貫井徳郎「蝶番の問題」
別荘で劇団員5人が全員変死。残された手記から犯人を捜す。
麻耶雄嵩「二つの凶器」
現場は大学の研究室。殺害に使われたレンチの他に手付かずのナイフが見つかる。
霧舎巧「十五分間の出来事」
新幹線のデッキで昏倒してるのはたちが悪かった酔っ払い。とどめを刺したのは誰だ?
我孫子武丸「漂流者」
島に流れ着いたボート。記憶をなくした男。持ってた手記には惨劇の記録。オレは誰?
法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」
被害者の部屋を荒らした痕跡に不自然な点。容疑者は三人の”ヒラド・ノブユキ”

これだけの作家が揃ってほぼ同じ枚数の犯人当てを書く、というイベントがもう楽しい。肝心の犯人当ては作家の個性が色濃く出て、京大推理研出身の麻耶、法月、我孫子の三人はしっかりツボを押えた論理プロセスを書ききってみせたり、貫井徳郎は夕刊フジ相手に”飛び道具”を使ったために正答率1%になってしまったり、とそれぞれ。

巻末に6人の作家の覆面座談会(これも懸賞付き。解答は公式サイト)があったり、探偵役にシリーズキャラ(木更津悠也、法月綸太郎、吉祥院先輩)が使われてたりして、もはや一つの祭り。納涼・犯人当て祭り。またやってほしいなぁ。

全員が匿名の座談会の最後に、なぜかひょっこり探偵小説研究会の蔓葉氏が出てくるのが個人的ヒットであった。

法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』

講談社ミステリーランド第9回配本。ニューヨークに住む怪盗グリフィン。「あるべきものを、あるべき場所に」を信条とする彼の元に、メトロポリタン美術館のゴッホの自画像を盗んで欲しいという依頼が舞い込む。信条に反する依頼を断るグリフィンだったが、その絵は贋作だと聞かれされて…というのが第1部。第2部の舞台はいっきにカリブ海。ボコノン共和国のパストラミ将軍が保管している「人形」を奪うというミッションだが、人形とは実は『呪いの土偶』で…。

陰謀、陰謀、また陰謀。怪盗の冒険活劇はスリリングで、小さな逆転から大きなどんでん返しまで、一冊で何度もひっくり返される。楽しいなぁ。子供向けのシリーズですが、真作と贋作の目まぐるしい逆転劇は大人もついてくるのがやっとのロジック。子供のころからこんな「英才教育」を受けたらミステリが楽しくてしょうがないだろうなぁと羨ましい。

ちょっとハードボイルドで洒落もので憎めない怪盗グリフィン。可愛い挿絵の効果も上々。法月綸太郎が生み出したこのジュブナイルは、後期クイーン問題で悩める姿など微塵もない、わくわくする快作に仕上がっております。英題を”The Caribbean Ring Finger”にしているのがまた心憎い。

法月綸太郎『生首に聞いてみろ』

苦悩の探偵・法月綸太郎が帰ってきた。こんな複雑な悲劇の連鎖をよくぞここまで形にしたの一言。読み終わってはいるが事件を全部把握できていないような気がするほど深い。誤った仮説である「捨て推理」が幾つも試みられていて、濃厚な洋酒のような刺激と酩酊感。見事。