松尾由美『ハートブレイク・レストラン』

フリーライターの寺坂真以が仕事場代わりにしているファミリーレストランには、名探偵がいた。店の常連ハルお婆ちゃんは、客たちが話す「不思議な話」を聞くと、真以を呼び寄せ、たちどころに謎を解いて見せるのだ。そんなお婆ちゃんにも、ある秘密があったのだが…。可愛くって心優しいお婆ちゃん探偵が活躍する、ハートウォーミングな連作ミステリー。

いわゆる日常の謎ミステリですが、謎の解決部分にはどうもその、「こうだったんじゃないか」という解釈に乗り切れないことが多くてちょっと消化不良。「そうだったのか!」と登場人物が驚くを見て、イヤイヤイヤそんなめんどくさい事になるかいな、とどうしてもつっこんでしまうのだった。

松尾由美『スパイク』

飼い犬の散歩で訪れた下北沢で、緑は同じビーグル犬を連れた幹夫と出会う。二匹の犬は姿もそっくりで名前も同じ「スパイク」。初対面から意気投合した二人は、来週も同じ場所で会おうと約束。しかし約束の日に幹夫は現れず。正直言って幹夫に一目惚れの緑は、がっくりしてアパートに帰還。一人の部屋で「どうして来なかったんだろう」と独り言を呟くと、「まったくだ、どうしてだろうね」という声。驚いて振り向けば、スパイクが渋い男の声でしゃべっているではないか!

こうして奇妙な「探偵団」が幹夫の消息を追うことになるのですが、これが普通の人探しではないのですよ。スパイクがなぜしゃべれているのか、というところにSF的設定が作られていて、そのルールに従いつつ探さねばならぬのですが…ここから先は興をそいじゃうので、なんとも紹介がもどかしい。ううむ。

ともすればトンでもSFになりかねんこの話。これを渋い声でクール、悲観的で辛らつだけど頼れるビーグル犬、スパイクのキャラがストーリーを引き締めてるのが魅力。非常識な現実を冷静な視点で語り、しっかりと話の中心にいる。ふらふら揺れる人間の心模様を、一匹の犬が支えているのであった。

で、こんなSF状況下でどう落とし前つけるのか、と色々な意味でハラハラしていましたが、しかしまぁそれでも暖かく優しい恋を紡ぎだしてくるから松尾由美はほんと侮れないですな…。SF・ミステリ・恋愛、様々な要素織り成す損なしの一冊。

2005年:今年読んだ本ベスト10

2005年も残すところあと数時間。今年読んだ本は87冊でした。どうしても毎年100冊まで届かないなぁ。今回はその87冊から心のベスト10冊を挙げていきます。順位はなしで。あくまで「今年読んだ」なので、出版はもっと前のものもあります。

扉は閉ざされたまま
石持浅海『扉は閉ざされたまま』


本ミスでも1位に投票しました。「扉を破らない密室モノ」という、普段ならボケで笑うしかないようなシチュエーションを、よくぞここまでスリリングな本格に仕上げたものだと感服。犯人側から描く倒叙形式で、じりじりと探偵役に追い詰められてく。犯人vs探偵が純粋な敵対関係でないところもいい。動機がやはり受け入れがたいが『セリヌンティウスの舟』まで読み続けると慣れてきますなぁ。

魔王
伊坂幸太郎『魔王』

今年、『魔王』『死神の精度』『砂漠』と3作出した伊坂幸太郎。『魔王』のテンションの高さには参った。不思議な能力を持った兄弟が来るファシズムと静かに闘う様子は、これが架空の話とは思えないほどの緊張を読者にもたらす。伊坂の中では異色かもしれないが、この読後感はいろんな人に体験してほしい。

容疑者Xの献身
東野圭吾『容疑者Xの献身』

このミス、本ミス、文春と三冠達成。数学者の一途な思いが作り出した完璧なトリック。「恋愛感情」と「トリック」が劇的に密接なつくり。トリックについては全然気づかなかったので、かなり驚いた。数学者の友人でもある、探偵役の物理学者・湯川の揺れる心情にも注目。最近は指紋が付かない表紙に変わったらしいですよ。

交換殺人には向かない夜

東川篤哉『交換殺人には向かない夜』

東川篤哉を初めて読んだ年でした。小ネタも好きだし、その小ネタがさらに伏線になっているという贅沢構成。『館島』のバカ館もいいけど、本作の平行線が一本に収束する衝撃のラストを推したい。こんな話をよく行き当たりばったりで書いたもんだ!

痙攣的

鳥飼否宇『痙攣的』

鳥飼否宇も今年初。その奇想っぷりに嵌まると癖になる濃さ。『逆説探偵』も『昆虫探偵』も好きだけど、もう『痙攣的』でぶっとんだ。途中まで普通に(普通でもないけど)してたじゃない!もうアホ!アホ!(ほめ言葉)。

雨恋

松尾由美『雨恋』

「大森望氏も涙!」の帯が印象的。幽霊との淡い恋物語ですが、そこに絡めたルールが「彼女が死んだ真相が明らかになるほど姿が見える」というすごいジレンマなもの。以外と入念な外堀で本格度も高いような。ラストも泣ける。そりゃぁ大森望も泣くよぉ。

幽霊人命救助隊

高野和明『幽霊人命救助隊』

そういえばこれも読んだの今年入ってからだ。幽霊が自殺者を止める、その手段を「大声で説得」にする発端から、幽霊-人間を繋げるアイデアがとても秀逸!笑って泣いてのジェットコースター。隠れたおススメ本。

お笑い 男の星座2 私情最強編

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

『本業』も熱かったけど、やはりお笑い界を書いているときが一番乗っている気がする水道橋博士。思いを語りグイグイ引き込み、韻やくすぐりも交えて、もはや暗唱したくなるような文章。前書きの出版界への警鐘も必読。

文芸漫談―笑うブンガク入門

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』


文学界最高のボケ・ツッコミコンビ。この調子で本当に舞台に立っているんだからすごい。やりとりに笑っているうちに文学の読みどころがわかってくるという、最高のネタ本であり教科書。いとうせいこうと奥泉光を来年はもっと読みたい。

箱―Getting Out Of The Box

The Arbinger Institute『箱―Getting Out Of The Box』

「自己欺瞞」のメカニズムを「箱」という概念を通して説明。人間関係について目からウロコ、と各方面で話題らしく、amazonのユーズド価格が大変なことに。図書館で読みました。わかったような気になっているけど、もう一回読んでおいてもいいかも。

海馬―脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里『海馬―脳は疲れない』

脳についての新しい知識がとても新鮮。そして二人の絶妙な対談。うまく頭を使うことがいい生活になるはずよねぇ、としみじみ。30歳になった今年、この本の「30歳から頭はよくなる」という言葉を楽しみに、来年を過ごしたい。

11冊になっちゃった。来年はもっと読みたいですなぁ。新春一発目は『砂漠』の予定。よいお年を!

松尾由美『雨恋』

帯には「『文学賞メッタ斬り』の大森望氏も涙!」の文字。鬼が泣いた、みたいな言われよう。いやでもこれホント泣きそうだわー。

雨の日にしか現れない幽霊・千波と、そのマンションに住むことになった渉。見えない千波に怯えているうちに彼女の死の真相を探ることになり、渉が動くことによって少しづつ事実が明らかになるのですが、見えなかった事実が明らかになる度に千波の姿が見え始めるという驚きのルールが判明。しかも足から徐々に。まるで推理の到達度メーターのような展開ですが、姿が完全に見えるようになるイコール謎が完全に解けたことになるわけで、そうなるともしや千波は…と、彼女に惹かれ始めた渉にとっては悩ましいことに。すごい。ミステリ部分の進捗=恋愛部分の進捗に繋がるとは…。

恋愛要素の切なさもさることながら、見落としがちなのがミステリ部分のレッドへリングと伏線の多さ。次々と可能性がつぶされてくように見えて、実は真相の手がかりがそこかしこにばら撒かれている、という理想形にかなり近づいているんじゃないだろうか。外堀が入念に掘られている印象あり。

というわけで、ミステリ要素・恋愛要素、共におススメの一冊。惹かれれば惹かれるほど近づいてくる別れの予感。しっとりと描かれる雨模様。「ラスト2ページの感動」の文句に偽りなし。タイトルもこれしかない嵌まり具合です。

松尾由美『バルーン・タウンの手品師』

前作と比べると大掛かりなバカトリックが連発!こんな町だったか!?しかし事件自体は妊婦でなくても成立するような…。妊娠にまつわる心理が真相に絡んでいるところが話に厚みを持たせてたシリーズだと思っているのだけど、今作はそれが乖離しているような印象でした。無理無理な事件を無理無理なシチュエーションでやろうとして無理無理な結果が!