有栖川有栖『女王国の城』

学生アリスシリーズ最新刊は実に15年ぶり!『双頭の悪魔』の頃に生まれた子供が中三になってる算段ですよ。舞台は、新興宗教の本拠地である町と「城」。

前作までは火山の噴火や悪天候による「天災」によるクローズドサークルだったけど、本作は言わば「人災」によるクローズドサークル。行方をくらました江神二郎を捜し求めてEMCの面々がやってきたのは「神倉」という土地。そこは新興宗教の本拠地であり、町全体が教団の配下にあった。町にそびえる「城」で江神との再会を果たした後、城内で殺人事件が発生。EMCの面々は教団側の圧力によって城からの出入りを阻止される。

城からバイクで脱出なんてアクションもあれど、本格ミステリとしては首切りや不可能犯罪なんて派手な展開はなし。「読者への挑戦」もあれど、なんかものすごい弱気。なんだか大丈夫かしら、と思えど、その心配は杞憂。散りばめられた伏線を拾い、端正なフーダニットが幕をあけるのだ。

15年という期間が否応にも期待値をあげるわけですが、そこで奇をてらわずに丁寧な仕上がりにしているのはさすがの貫禄といったところ。結構なボリュームを読んでなお、細かい穴を埋める作業を見ると、期待に応える本格ミステリを作るのがいかに骨の折れることか実感しますなぁ。頭の下がる思いです。

教団が警察を呼ばない理由も前代未聞。本格ミステリの一つの至宝として、語られる作品になりうるのではないでしょうか。

それにしても次作はいつになるんだろう。『月光ゲーム』→(6ヶ月)→『孤島パズル』→(2年7ヶ月)→『双頭の悪魔』→(15年7ヶ月)→『女王国の城』である。6ヶ月の5倍が大体2年7ヶ月(31ヶ月)で、31ヶ月の6倍が大体15年7ヶ月(187ヶ月)なので、次は187ヶ月の7倍の1309ヶ月になるということは、えー、109年と1ヶ月後だから、

2116年10月にお会いしましょう!

有栖川有栖『乱鴉の島』

火村シリーズでは初の孤島モノ。鴉だらけの島を舞台にして、有名作家(≠有栖)を取り巻く奇妙な人々と、二つの死体。

とにかく序盤はハプニングの連続。火村と有栖が島の民宿にバカンスに出かけるところから始まるのだけど、船頭に勘違いで別の島に届けられ、島に1軒しかない人家には11人も人が集まっていて、家主が隠匿した著名作家でビックリして、帰りの船は来なくって、どうにか泊めてもらって、やれやれと思ったら大富豪のIT社長がヘリで登場するのである。もうなにがなにやら。

しかし全体を通すと「孤島モノ」で「クローズドサークル」にしては派手な展開にはならない。2つの殺人事件を結ぶロジックはさすが手馴れたもの(こんな理由で電話線が切られるなんて!)だけど、もうひとつの線である「人々が島に集まっている真の目的」の不可解さが静かに底辺を流れていて、話に対して機敏な動きをさせないのである。謎が雰囲気に飲まれている、というか。

孤島モノとしては地味だけど孤島でしかできない、ありふれた、しかし奇妙なミステリ。

安井俊夫『犯行現場の作り方』

十角館は建物自体は4000万で建つけど、沖合い5kmの島まで電気ガス水道を引くのが大変らしいです。

一級建築士の著者が、国内ミステリに出てくる「不可解な建物」の建築図面を引いちゃうという本。手がかりは文中の記述や表紙のイラストのみ。『有栖川有栖の密室大図鑑』が密室に特化した解析本だったのに対し、こちらは建物まるまる一軒が対象。ただの図面作成に終わらず、建築場所、時代、資材、作業者の宿泊まで考慮して、建築費用、工法、工事費、はては延べ床面積まで出しちゃう有様。これぞプロの仕事!

ターゲットとなるのは10作品の10建造物。台風が多い地域なのに木造建築『十角館の殺人』、51mの廊下に窓が一つもないロッジ『長い家の殺人』、車椅子を考慮するとどうしても変な壁ができる『十字屋敷のピエロ』、天才建築家が建てたまさかの違法建築『笑わない数学者』、傾き角度5度11分20秒・高低さ1.25m!『斜め屋敷の犯罪』などなど。

著者の視点はミステリに対する愛で溢れていて「こんなおかしなことになってますぜアハハ」ということは決してない。「この設計者ならこんな内装にするに違いない」「ここはこの材料じゃないとかっこよくない」「こんな配置ではあるが意図があるに違いない」というように作品世界が最優先。このスタンスが心地よく、文体も落ち着いた感じで読みやすい。

まさに謎と建築への誘い。作者と読者で楽しさを共有できる一冊で、続編が今から楽しみです。そりゃぁもっともっと変な館あるしなぁ。

『気分は名探偵―犯人当てアンソロジー』

2005年、「夕刊フジ」に犯人当て懸賞ミステリーとしてリレー連載されたものを単行本化。夕刊フジにこんなマニアックなもの載せて大丈夫だったのか、と思ったら結構応募があったらしく、正解率もそこそこあったらしい(各短編ごとに正解率が書いてある)。

有栖川有栖「ガラスの檻の殺人」
路上で起こった”視線の密室”殺人。見つからない凶器どこに?
貫井徳郎「蝶番の問題」
別荘で劇団員5人が全員変死。残された手記から犯人を捜す。
麻耶雄嵩「二つの凶器」
現場は大学の研究室。殺害に使われたレンチの他に手付かずのナイフが見つかる。
霧舎巧「十五分間の出来事」
新幹線のデッキで昏倒してるのはたちが悪かった酔っ払い。とどめを刺したのは誰だ?
我孫子武丸「漂流者」
島に流れ着いたボート。記憶をなくした男。持ってた手記には惨劇の記録。オレは誰?
法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」
被害者の部屋を荒らした痕跡に不自然な点。容疑者は三人の”ヒラド・ノブユキ”

これだけの作家が揃ってほぼ同じ枚数の犯人当てを書く、というイベントがもう楽しい。肝心の犯人当ては作家の個性が色濃く出て、京大推理研出身の麻耶、法月、我孫子の三人はしっかりツボを押えた論理プロセスを書ききってみせたり、貫井徳郎は夕刊フジ相手に”飛び道具”を使ったために正答率1%になってしまったり、とそれぞれ。

巻末に6人の作家の覆面座談会(これも懸賞付き。解答は公式サイト)があったり、探偵役にシリーズキャラ(木更津悠也、法月綸太郎、吉祥院先輩)が使われてたりして、もはや一つの祭り。納涼・犯人当て祭り。またやってほしいなぁ。

全員が匿名の座談会の最後に、なぜかひょっこり探偵小説研究会の蔓葉氏が出てくるのが個人的ヒットであった。

e-NOVELS編『川に死体のある風景』

「自由に川を設定し、死体があるところか始める」という縛りでミステリ作家が短編を競作した短編集。e-NOVELSと東京創元社「ミステリーズ!」との連動企画であり、通称「川ミス」。

水面に浮かんでいた”死体”が起き上がり、自分を流した張本人に危険が迫っていると言う「玉川上死」(歌野晶午)/同じ場所に車が3台も沈んでいた長良川下流。偶然か?殺人か?「水底の連鎖」(黒田研二)/遭難者を探す山岳救助隊。小屋に残ったはずのリーダーがなぜか沢を滑落死。誰もいなかったのになぜ?「捜索者」(大倉崇裕)/舞台はコロンビア。蜂の巣にされた水死体と刑務所の脱走騒動の顛末「この世でいちばん珍しい水死人」(佳多山大地)/近所で見つかった水死体。見覚えのある顔は”あれ”に取り憑かれていた…「悪霊憑き」(綾辻 行人)/桜川に浮かぶ美しすぎる少女の水死体。それを撮った写真は何のために?「桜川のオフィーリア」(有栖川有栖)

執筆陣が豪華なだけあって、全体的にレベル高し。「川に死体」という設定が読み手のビジュアルを喚起しやすいためか、物語の中に没頭しやすい。最初聞いたときはそんなに惹かれる設定じゃなかったのだけど、読んでみて納得。作家の演出によっては幾つもバリエーションが生まれ、事実このシリーズでは似たシチュエーションは全くなし。まだまだ出来るんじゃないかな。

ずばりマイベストは「捜索者」(大倉崇裕)。ハウダニットの興味と犯人指摘の決め手のシャープさ、そして山岳ミステリ特有の男気が絶妙なバランス。もう川、というより山、なのだけれど、そんなことはお気になさらず。多種多様な川の流れに向けたミステリ作家の腕試し。e-NOVELSには特集ページもあります