廃墟になった遊園地に、廃れた者がたどり着く 初野晴『カマラとアマラの丘』

こんなに緊張した読書をするのはいつ以来だろう。

登場人物たちがこの後どうなってしまうのか、まったく予測ができなくて鼓動が早くなる。

全5篇からなる短篇集。初野晴といえば吹奏楽部の青春を描いた”ハルチカ”シリーズでお馴染みのかたもいるかと思います。これはもう、ハルチカとは真逆の雰囲気。夜のピンと張り詰めた空気。

あらすじ

舞台となるのは廃墟となった遊園地。塗装がはげたメリーゴーランド。そびえ立つ蜘蛛の巣のような観覧車。廃線となったモノレール。

ここに「秘密の動物霊園」がある、という噂がある。

いわくつきのペットが眠る丘があるらしい秘密の動物霊園。その丘には墓守をしている青年がいる。彼は夜にしか現れない。

そして、ペットを埋葬するためには、墓守の青年に一番大切なものを差し出し、許可を得なければならない。

今夜もわけありのペットを抱え、遊園地に忍び込んでくる依頼者がいる。ゴールデンレトリバー、天才インコ、クマネズミ、そしてイエティ…。

月明かりの真下、時が止まった遊園地で、墓守と依頼者の交渉がはじまる。

緊張がとまらない

墓守の青年は人間の心を読み、動物とも会話ができる。つまり、隠し事はできない。ここに来た事情をすべて話さないといけない。全部をさらけだして、青年の判断を待つことになる。

この”事情”は、最初は読者にも明かされない。少しずつ少しずつ、深夜の遊園地に忍び込まなければならない程の”事情”が明らかになっていく。一行、一行、すすむたび、崖っぷちさがわかってくる。

捨てられた遊園地、不気味に横たわる遊具、他に音のない舞台で。

依頼側の緊張も高まれば、読んでるこっちも緊張してくる。なにを考えてるかわからない墓守の青年が、この”事情”に対してどんな判決をくだすのか。青年は味方してくれるのか、冷徹に突き放すのか、それとも…。

そしてもうひとつ、なにが起こるかわからない緊張感を高めるものがある。

最後の最後、ギリギリで、物語が読者に明かす真実。”事情”の本当の裏柄。

この本の最初に収録されている表題作「カマラとアマラの丘」が特にすごい。のっぴきならない事情プラス、天地をひっくり返すどんでん返しが待っていて、緊張がぶっとぶ。なにが起きたかわからない。でも、なにが起きたかわかると、さらに背筋が凍る。

で、全5篇の短篇集なので、1回そういうことされると、えっ次もこんなことが待っているのでは…と警戒する。

そして…いやいやいや、やめときましょう。とにかく1回じゃ済まないんですよ。

先が予測できない真っ暗闇。帯には「せつなすぎるミステリー」とあるんだけど、せつない、という言葉で全然片付かない。胸から喉からいろいろえぐられる。ペットの生と死というテーマもじわじわ効いてくる。

どうか、心してお読みください。

籠の外の世界へ 初野晴『空想オルガン』

吹奏楽の“甲子園”普門館を目指すハルタとチカ。ついに吹奏楽コンクール地区大会が始まった。だが、二人の前に難題がふりかかる。会場で出会った稀少犬の持ち主をめぐる暗号、ハルタの新居候補のアパートにまつわる幽霊の謎、県大会で遭遇したライバル女子校の秘密、そして不思議なオルガンリサイタル…。容姿端麗、頭脳明晰のハルタと、天然少女チカが織りなす迷推理、そしてコンクールの行方は?『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』に続く“ハルチカ”シリーズ第3弾。青春×本格ミステリの決定版

「退出ゲーム」(→以前の感想)「初恋ソムリエ」(→以前の感想)に続くハルタ&チカのシリーズ第三弾。4編からなる短編集。今回はいよいよ吹奏楽のコンクールに挑戦。

これまでの二作は、影を抱えた演奏者達を謎解きという「憑き物落とし」をして仲間を増やしてきた。生徒一人をフィーチャーして、その暗がりに光を照らしてきた。その構造が今作ではあまり使えない。

コンクール会場がメインなので、会場周辺で起きたトラブルや他校の生徒との絡みがミステリ的なネタになる。なので前二作のような憑き物落としまでのインパクトはなくちょっと物足りない。ハルタの活躍も抑え目な様子。

それでもこのシリーズとしては通過せねばならない一作であることは確か。コンクールでの経験を経て、さらに成長するであろう登場人物たちに期待が高まってしまうのだ。

彼らの物語を、もっと読みたい。

振り返れば、青春 初野晴『初恋ソムリエ』

廃部寸前の弱小吹奏楽部に所属する穂村チカと上条ハルタ。吹奏楽部の甲子園「普門館」を目指して日々練習を重ねる二人に、難事件が?

『退出ゲーム』(→感想)の続編。音楽室の侵入者を追う「スプリングラフィ」、地学研究会の部長を捕まえる密命「周波数は77.4Hz」、一ヶ月の間に席替えを三回も行ったあげく自宅謹慎になった教師の謎「アスモデウスの視線」 、寓話で語られる埋れた初恋の記憶「初恋ソムリエ」、の4編からなる短編集。

学園モノの日常の謎モノなのだけど、事件の関係者がみんな天才・奇才・曲者ぞろいですごい楽しい。前作のようなミステリ的なサプライズよりも、登場する学生たちの癒しと再生に重きを置いてある感じ。

たぶんその「癒しと再生」要素だけ取り出したらベタな展開になるのだろうけど、奇妙な事件・奇特な人物・奇抜な真相のおかげでそのベタさが薄皮に包まれているなぁ、と思った。目くらまし、というか。

新メンバーが増えてきた吹奏楽部に今後も期待大。あといかにも初恋っぽい表紙ですが、表題作の「初恋ソムリエ」はお年寄りが40年くらい前の初恋の記憶を辿る話なので、なんかちょっとズルいと思ったりして。

変わり者たちの楽園 初野晴『退出ゲーム』

穂村チカ、高校一年生、廃部寸前の弱小吹奏楽部のフルート奏者。上条ハルタ、チカの幼なじみで同じく吹奏楽部のホルン奏者、完璧な外見と明晰な頭脳の持ち主。音楽教師・草壁信二郎先生の指導のもと、廃部の危機を回避すべく日々練習に励むチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに―。

初野晴は初めて読みます。4編からなる短編集。吹奏楽部の部員を増やす=難題を解決して仲間にする、という、これだけ取り出すとRPGみたいな展開。1編づつ奏者を仲間にしていく中で、いわゆる日常の謎系の青春ミステリになるんだろうけど、全然「日常」じゃないのがポイント。

4編のあらすじはそれぞれこんな感じ。

「結晶泥棒」
科学部が文化祭で展示する予定だった硫酸銅の結晶が盗まれた。硫酸銅は劇薬で、表沙汰になると文化祭が中止になる恐れもある。タイムリミットは3時間。
「クロスキューブ」
高校に進学すると同時にオーボエを辞めた女子。彼女は亡き弟が残したパズルに心を縛られていた。それは”六面全部が白いルービックキューブ”。
「退出ゲーム」
演劇部にいるサックス奏者を勧誘したい。演劇部が提示した条件は「即興劇対決」。制限時間内に相手チームの誰かを舞台から退出するように仕向ければ勝ちなのだが、即興劇ならではのなんでもありの条件に苦しめられ…。
「エレファント・ブレス」
明部が開発した「想い出まくら」。3色の色のイメージを元に思い通りの夢を見る装置、なのだが、匿名の購入主から「エレファント・ブレス」なる謎の色の指定が届き…。
 
それぞれは手がかりの提示により読者が真相にたどり着けるようなものではなく、科学・地理・歴史など多種多様な知識を総動員しないと真実に辿り着けない。高校1年生については博識すぎるのだけど、知識に置いてきぼりにされるわけでもなく、「そういうことだったのか!」というクレバーな解決が待っている。

博識に置いてけぼりにされない理由は、その解決が登場人物の心情や動機に巧みにリンクしていることにもあるとおもう。どうしてこんなことをしなければならなかったのか、面倒なところもあれど、いつのまにか彼らの世界に入り込んでしまう自分がいる。雰囲気的に真木武志『ヴィーナスの命題』をちょっと思い出したりもした(これも好きなんだよなー)

ちょっとした笑いのくすぐりの要素もあり(『エレファント・ブレス』の生徒会長と発明部兄弟とかもう面白くて…)大変楽しかったです。続編の『初恋ソムリエ』も読もうと思います。