「アメリカ人って日本人だ」 ニコルソン・ベーカー『中二階』

 中二階のオフィスへエスカレーターで戻る途中のサラリーマンがめぐらす超ミクロ的考察。靴紐が左右同時期に切れるのはなぜか。牛乳の容器が瓶からカートンに変わったときの素敵な衝撃。ミシン目を発明した人間への熱狂的賛辞等々、これまで誰も書こうとしなかった愉快ですごーく細かい小説。

昼休みを終えた男が、中二階のオフィスにつながっているエスカレーターに向かう場面から始まるのですが、読めども読めどもいつまで経ってもエスカレーターに乗りません。エスカレーターの前でトラブルに巻き込まれているわけではなく、ずっと回想シーン。海外ドラマ『24』はドラマ内の24時間がリアルタイム進行するけれど、この小説は何十秒かの時間を200ページにわたる時空間に引き伸ばしてしまっているのだ。

昼休みが始まるのはチャイムがなった瞬間なのか終わった瞬間か、昼休み前にオフィスで交わす30秒ぐらいの会話をスマートに終わらせるには?、オフィスのドアノブを見て父親がネクタイをノブにかけていたのを思い出す、子供の頃ハイウェイを走る車からリンゴの芯を投げたっけ、このエスカレーターに乗って降りるまでに誰か乗ってきたら電流が流れて僕は死んでしまうことにしよう、そうそうオフィスを出る前にトイレに寄ったのだけど…と、延々と脱線、脱線、また脱線の思考に巻き込まれる。

で、それでイライラするかと思うと全然そんなことはなく、もう面白くて面白くてしかたない。オフィスあるあるネタから、「トイレで隣に他人がいるときに用をたせない」というようなエッセイ、ホチキス・シャンプー・牛乳パックなどの日用品への細かな観察による賛辞まで、作者の脳内がここぞと御開帳される。それは止まらぬジェットコースター。しかしとても小さなコースター。速度はぶっちぎり。

タイトルにつけた「アメリカ人って日本人だ」は、先日行われた「プロフェッショナル・エッセイスト(!?)の作り方」にて、訳者の岸本佐知子さんがこの本を振り返って発した言葉。アメリカ人でもこんなくだらない事やあるあるネタを考えるんだ、こんな話アリなんだと思ったそうです。訳すのに3年かかったとのこと。無理もないなぁ。すごいおもしろかったです。