米澤穂信『遠まわりする雛』

「古典部」シリーズ最新作。古典部のメンバー4人の入学直後から『クドリャフカの順番』で舞台となった文化祭を経て、春休みの出来事までをピンポイントに取り出した短編集。これまでの長編3作の合間にあった「日常の謎」が明らかに。

”省エネ主義”なのに解決役を頼まれて、結果として安楽椅子探偵っぽくなってしまう主人公・折木奉太郎は健在で、校内放送で『九マイルは遠すぎる』をやってしまう「心当たりのあるものは」は推理作家協会賞候補にもなった良作。

しかしやはり白眉は「手作りチョコレート事件」と「遠まわりする雛」。日常の謎を織り交ぜながら、古典部男女4人の人間関係が動き出す。気づかないふりをしていた気持ちが、見過ごせないほど大きくなっていく。あぁ青春やなぁ。

シリーズを通して読んでる人ほど本作の展開は最重要。1年が終わり、そして春が来るのである。

米澤穂信『インシテミル』

「時給11200百円」。誤植だろと思いつつ高額アルバイトに応募した12人。「実験モニター」と称されたその仕事の内容は、1週間のあいだ地下の館「暗鬼館」で過ごすというもの。全員が地下に閉じ込められたその時、放送で「ルール」が説明される。破格の時給に加え、ボーナスが出るという。「人を殺した者」「人に殺された者」「人を殺したものを指摘した者」に…。

「館」で「クローズドサークル」である。これがワクワクせずにいられるかってものですよ奥さん。しかも「クローズドサークル内の殺人ゲームを観察する」目的で施設が作られているので、「ローカルルール」と「ガジェット」がてんこもり(抜け道の存在や各種凶器、12体のインディアン人形まである)。これが本格ミステリの持つゲーム性を否応無しに高めてくる。

設定だけを取り出したら、これまでにもトンでもないルールやおかしな館の作品は幾多もあれど、『インシテミル』独特の面白さは「型の包括」にあると思うのである。

「名探偵 皆を集めて さてと言い」みたいなベタな本格の型を客観的に見つつも、もう一回り大きな枠で包んで話を展開させているのだ。メタ的な趣向でありながらも、話の筋はきちんと館の中に納まっている。あまり詳細に書けないのがもどかしいんだけど、この「一回り大きな枠」の構造はミステリのマニアであるほどツボにはまるんではないか。

古典の本格があって、新本格があって、さらにもう一段階本格ミステリを進めたのが、この王道かつ異形なミステリなのでは、とまで思う次第であります。

構造の妙だけではなく、もちろん幾多ものサプライズや伏線の回収にも彩られている。本格ミステリを読むときのあのワクワク感がまた味わえる。間違いなく2007年の収穫となるだろう、本作を読み逃してはならんですよ。

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米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』

米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』

夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤 穂信
東京創元社 (2006/04/11)

小鳩くんと小山内さんの二人の高校生が、中学までの己の特性を隠してつつましく”小市民”を目指す『春期限定いちごタルト事件』の続編でございます。緊張の夏、小市民の夏。

夏休みスイーツ巡りに伴う日常の謎、という形で進んでいく序盤から、後半から大事件に発展する急展開、さらに終章での謎の収束と二人の対話。ページ数にして200Pちょいなのに、この密度たるや、まさに濃厚なスイーツ!こんなに薄い圧巻があっただろうか。

探偵役はもうやりたくない「狐」と、復讐の暗い悦びを忘れたい「狼」。小市民になるために、感情の発露をおさえてきた末の通過点。二人の内なる歪みが走り出す本作は、ぜひ前作から続けて読むことをおススメします。この夏は、甘くない。

米澤穂信『犬はどこだ』

米澤穂信流ハードボイルド『犬はどこだ』。元銀行員が社会復帰のために開いた犬探し専門の調査事務所。しかし最初の依頼はOL失踪事件と古文書の解読。しぶしぶ調査を進めると、二つの依頼は巧妙にリンクして…。

熱くもなく悲劇でもない、ニュートラルな再出発を目指す主人公であります。静かなテンションに会話の遊びを乗せる筆力はさすがの米澤穂信でして、安心して読み進められる。

本作しかり古典部シリーズしかり、探偵が徐々に「目を覚ます」様子が描かれているわけですな。かたや本格方面、かたやハードボイルド方面。本作のラストのあの余韻が、探偵の成長に繋がるとなれば、このシリーズの今後も期待大でございます。

米澤穂信『クドリャフカの順番』

古典部シリーズ3作目。いよいよ始まった文化祭。手違いで200部も刷ってしまった文集を前に愕然とする一同。部の知名度をあげて文集完売を目指すためにあの手この手。遂には学内で起こった連続盗難事件に挑むことに。

前作まで折木の一人称だった文体が、古典部の部員4名の視点で細かに変わる。今まで触れてなかった各人の心中を覗くことができて、キャラに一層深みが増しております。浮き足立った文化祭の雰囲気や、思春期ゆえの諍い等も絡め、あぁ懐かしいな高校時代と浸れる展開。事件はミッシングリンクもので、発端・真相に一理あれど、推理の展開はちょいと飛躍しすぎか。とはいえ、わらしべプロトコルや料理対決などのくすぐりも楽しく、ラストはちょっと苦く切なくの展開はまさに米澤プロトコル。文化祭が終わって一区切りついて、この先このシリーズどうなるのか。私、気になります。