石持浅海『人柱はミイラに出会う』

「人柱」「お歯黒」「参勤交代」が今の日本でも行われていたら?

『顔のない敵』に続く、石持浅海2つめ短編集の本作は現代の日本が舞台。だけど、大昔の風習が現在版にアレンジされて生きている変な世界。独身女性はお歯黒しに歯医者に行くし、厄年の人は1年間休暇がもらえたりする。

で、この変な世界に本格推理が絡むのですよ。例えば表題作。マンションやビルを建てる際、土地の神様を鎮めるため、現代版人柱である”人柱職人”は工事の基礎部分作られた小さな部屋にこもり、工期が終わるまで数ヶ月~数年間一人で暮らすのである。出てきちゃだめ。で、とある現場で工事が終わり、さぁ出てきてくださいよとドアを開けたら中にいたのは寝袋にくるまれたミイラだったのでさぁ大変。ドアの鍵を持ってる人は限られてるけど、人柱を殺したら土地の神様怒っちゃうし、そもそもこのミイラ本当に人柱職人なの?っていうかなんでわざわざミイラに?

過去の石持作品を見ると、ハイジャック機内や閉ざされたままの密室など、特異な状況をあくまでロジカルに処理するのが特徴。その”特異な状況”があくまで現実の上に乗っかっているので、動機が特殊すぎたりなどしてちょっとそれどうなのかみたいになる事もあった。今回はもうスタートがおかしなことになってるので、その辺ぜんぜん気にならない。

「議会では議員一人ひとり黒衣がついてアシスタントする」なんておかしな設定と、チェスタトンのあれが見事に融合した『黒衣は議場から消える』なんてかなり極上な出来です。後半になるとちょっと息切れしてくるのだけ気になるかな…。

そうそう、パラレルワールドの日本+本格推理といえば、山口雅也『日本殺人事件』『続・日本殺人事件』もめっさ面白いですよ。読み比べてもいいかも。

石持浅海『顔のない敵』

昨年の『扉は閉ざされたまま』の高評価で一躍本格推理の旗手として大注目となった石持浅海。作者のデビューのきっかけとなった、光文社『本格推理』掲載作品を軸にして編まれた短編集。「対人地雷」テーマの6編+処女作短編の計7編。

1997年の処女作掲載から2006年のジャーロ夏号掲載作品まで収められており、デビューから現在までの軌跡を見ることが出来るわけですが、これがそんなに劇的な変化がない。処女作こそちょいと野暮ったい印象あれど、言い換えれば描写もトリックも最初から一定のクオリティを保っていたわけで、これはスゴイことだよなぁ。

「対人地雷」テーマ6編は全てミステリ的な趣向が違っていて、それぞれが別なメッセージを持っているのも特色。NGOの活動内容、地雷除去の困難さ、資金集めに至るまで、対人地雷除去活動における障壁を描き出し、事件が解決を見せるとまた色を変えてこれら障壁が圧し掛かるようになっている。地雷と事件の密接な絡ませ方は、さながら周到な計算の上に立つ工芸品のよう。

ただやはり「最初から変わらない」のは動機や事件後の処理も同様で、既出のあの作品やあの作品みたいなのが多いんだよなぁ。登場人物たちが地雷除去という正義を掲げたとしても、その整理の仕方はちょっとどうなのか…と個人的にうまく受け入れられない部分が多かったのも事実。活動内容が正しい事だけに、このギャップがひっかっかるのだった。

石持浅海『セリヌンティウスの舟』

舞台はマンションの一室。ダイビングの打ち上げの夜、酔いつぶれた仲間たちのいる部屋で、彼女は青酸カリを飲んで死んでいた。遺書を残し、明け方に、ひっそりと。四十九日があけて、集まった残りの仲間5人。自殺と思われていた彼女の死だが、現場を写した写真に不審を覚える。青酸カリの入った小瓶のキャップが閉められている…。青酸カリを飲んだら即死なんじゃなかったか?だが待てよ、もしキャップが開いていたら、散布された青酸カリのせいで、雑魚寝していた自分たちも巻き添えになっていたんじゃないか…?

この登場人物たち、ただのダイビング仲間ではなく、「共に命がけで遭難を乗り越えたことで知り合った」仲間。そのためお互いの信頼は堅く、厚く、強いものとなっている。このバイアスがこの話をただのクローズドサークルで終わらせない。「彼女が裏切るはずがない(巻添えにするはずがない)」を大前提に、小瓶の位置や死体の姿勢を事細かに検証していく。まるでもう一度荒波に落とされたように、マンションの一室は漂流する。

丹念な推理合戦はとてもスリリングであり、もはや作者の真骨頂なのだが、動機となるとこれも真骨頂で、相変わらず「高度」なものになってしまうのだった…。今回は登場人物が特殊な繋がりなのもあって度合いが増している印象です。

それにしても、『扉は閉ざされたまま』で「扉を破らない密室もの」を書き、本作でも「心の底までわかりあっている者たちのクローズドサークル」を作り出す。今年の石持浅海はセオリーの逆を行く。そこに今までの本格推理のまだ見ぬ平野が広がっているのかもしれないですなぁ。

石持浅海『扉は閉ざされたまま』

ドアを破らない密室もの!

久しぶりに開かれる大学の同窓会。成城の高級ペンションに七人の旧友が集まった。(あそこなら完璧な密室をつくることができる―)当日、伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害、外部からは入室できないよう現場を閉ざした。何かの事故か?部屋の外で安否を気遣う友人たち。自殺説さえ浮上し、犯行は計画通り成功したかにみえた。しかし、参加者のひとり碓氷優佳だけは疑問を抱く。緻密な偽装工作の齟齬をひとつひとつ解いていく優佳。開かない扉を前に、ふたりの息詰まる頭脳戦が始まった…。

本格推理はこんなことができるのか。密室状態を破ることなく進む犯人対探偵の倒叙もの。彼はなぜ部屋から出てこないのか、という疑問をベースに知と知が生み出すこのスリル。推理の穴や動機の腑に落ちなさはともかくとして、ここは思考遊戯の極みを楽しみたい。いやー、面白かった。

石持浅海『水の迷宮』

行動原理的は荒唐無稽だが、感動方面のベクトルがめっぽう上向き。元々その傾向があった作者だけど、今回はその乖離が飛びぬけて激しいなぁ。小さなトラブルに対する対処等はとてもクレバーな面があるのだけど、全体通すと「そんなことしなくたって!」とツッコミの虫がうずくのだった。評価難しい作品だと思う。割と二つに分かれるのではないのか。