伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』

人間嘘発見器・演説の達人・体内時計・天才スリの4人組銀行強盗が大活躍の『陽気なギャングが地球を回す』の続編。4人それぞれにスポットをあてた第1章は、刃物男・幻の女・謎の招待券・殴打事件と別々の事件が登場し、2章以降から社長令嬢誘拐事件と奇妙ににからんでいく。

相変わらずの好テンポで安心して楽しめる。第1章は元々独立した4つの短編をリライトしたもので、それぞれの主人公にスポットを当てている。なので、このシリーズの持ち味である「仲間同士のくだらない会話の応酬」を楽しめるのが2章以降(全体のほぼ半分)なってしまうし、それぞれの能力を組み合わせてトラブルを解決するのが面白かったりするので、この辺ちょっと物足りないのが残念かなあ…。

B級エンタの仕上がりを狙ったものの、狙いよりもちょっと低いところに球が当たっちゃったような印象。タイトルからして「日常」なのでライトな展開だけども、一からがっしりプロットを組んだものも読みたいなぁー、と、僕の中でますます期待値が高まる結果になっています。

伊坂幸太郎『終末のフール』

「あと8年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する」と発表されて5年後の世界。発表後こそ秩序は乱れ、殺人や略奪が横行したが、最近は小康状態が保たれている。舞台は仙台北部の住宅団地。混乱と終末の狭間で、人々は何を思い、過ごしているのか。

勘当した娘の訪問に心で怯える父親「終末のフール」、3年後に世界が終わるのに子供ができた「太陽のシール」、それでもトレーニングを重ねるキックボクサー「鋼鉄のウール」、屋上に建てたやぐらと家族のこれから「深海のポール」他を含む短編8つからなる短編集。連作になっているので、他の短編に他で出た登場人物があらわれたりして、世界が立体的になっていく。

地球滅亡を描いた小説・物語は多いが、本作の「8年前に地球滅亡がわかって5年後」という設定は独特のテンションを持っている。略奪や自殺が多発したため、物語中では人の死はあっけなく描かれ、混乱の爪あとはそこかしこに書き込まれている。その反面、舞台となっている団地は「安全な地を求めて移動する事をやめた人々」が集まっているので、どこか落ち着いた人が多い。平和でもなく地獄でもない、白でも黒でもないグレーな感じ。これがネガティブさを持ちながらポジティブにもなれる世界を作っている。

終わりが見えてきたからこそ生きることを考える人々を、伊坂幸太郎は独特のユーモアとシリアスを混ぜて描き出す。引用したい文がたくさんあるがやめとこう。一生を生きることは、明日を生きることと等価なんだと感じた。グレーを抱える彼らの姿に没頭する300ページ。世界が終わる前に、この本を。

サン=テグジュペリ『人間の土地』

伊坂幸太郎『砂漠』(→感想)内で、西嶋が愛読書としていた本書。『砂漠』にすっかりはまった身として、サブテキストのつもりで読んでみた。

小説かと思ったらエッセイに近い。サン=テグジュペリの飛行士として経験と、自然や人間の生き方について、思いのたけを綴った200P。ちょっと読みづらい箇所もしばしばあれど(原文も読みづらいみたい)、砂漠に不時着してから生還するまでを綴った章「砂漠のまん中で」からは目が離せず、生と死をさ迷っただけに次の章「人間」の内容が生きて見える。全体からどれだけ理解できたかいささか心許ないが、たまに現れる印象的なフレーズは確かに心動かすものだった。これからの人生で繰り返し読んでみたいと思う。

伊坂幸太郎『砂漠』

「鳥瞰型」の主人公・北村、やませみ頭のブルジョア・鳥井、陽だまりの超能力者・南、リアクション薄の超美女・東堂、そして前進前進また前進の演説男・西嶋。四月、仙台の大学に進学した5人。麻雀をきっかけにして始まる、あっという間の学生生活。

参った。余韻に浸りすぎです。「5人の青春群像」とか書けばそのまんまなのですが、とにかく登場人物たちへの愛着の沸き方が半端じゃない。朝、通勤電車の車内で途中まで読んで、その後会社で仕事しているとき、ふと「あいつら今頃どうしてるかな」と思ってしまうくらい彼らが好きになる。何気ないやり取りや行動の一つ一つが彼らを作り、本の中に命が吹き込まれている。出会ったら二次会までは確実に行きたい。最低2半荘はやりたい。

「春」の章から始まる物語で、幾つかの事件に巻き込まれながら、その一方で普通に暮らしながら、喜怒哀楽を繰り返し、彼らの四季は過ぎていく。これはね、いいですよ…。ほんとに…。しみじみ言うけど。読み終わって余韻に浸るとき、ラスト近くに作者が施したちょっとした仕掛けが、また物語を奥深くさせてくれるのだ。

この話舞台が仙台なんですが、僕も仙台で学生時代を過ごしたこともあり、いろいろと光景が懐かしい。これは宮城野区のほうだなとか、この歓楽街は国分町だなとか、青葉通りと東二番丁がぶつかる交差点の地下の噴水とか出てきますよ。ちくしょう八木山に住めよ、とかつっこんだり。2倍楽しめます。

それにしても伊坂幸太郎の作品ってRV車=悪者率が高い気がするのは気のせいでしょうか。

2005年:今年読んだ本ベスト10

2005年も残すところあと数時間。今年読んだ本は87冊でした。どうしても毎年100冊まで届かないなぁ。今回はその87冊から心のベスト10冊を挙げていきます。順位はなしで。あくまで「今年読んだ」なので、出版はもっと前のものもあります。

扉は閉ざされたまま
石持浅海『扉は閉ざされたまま』


本ミスでも1位に投票しました。「扉を破らない密室モノ」という、普段ならボケで笑うしかないようなシチュエーションを、よくぞここまでスリリングな本格に仕上げたものだと感服。犯人側から描く倒叙形式で、じりじりと探偵役に追い詰められてく。犯人vs探偵が純粋な敵対関係でないところもいい。動機がやはり受け入れがたいが『セリヌンティウスの舟』まで読み続けると慣れてきますなぁ。

魔王
伊坂幸太郎『魔王』

今年、『魔王』『死神の精度』『砂漠』と3作出した伊坂幸太郎。『魔王』のテンションの高さには参った。不思議な能力を持った兄弟が来るファシズムと静かに闘う様子は、これが架空の話とは思えないほどの緊張を読者にもたらす。伊坂の中では異色かもしれないが、この読後感はいろんな人に体験してほしい。

容疑者Xの献身
東野圭吾『容疑者Xの献身』

このミス、本ミス、文春と三冠達成。数学者の一途な思いが作り出した完璧なトリック。「恋愛感情」と「トリック」が劇的に密接なつくり。トリックについては全然気づかなかったので、かなり驚いた。数学者の友人でもある、探偵役の物理学者・湯川の揺れる心情にも注目。最近は指紋が付かない表紙に変わったらしいですよ。

交換殺人には向かない夜

東川篤哉『交換殺人には向かない夜』

東川篤哉を初めて読んだ年でした。小ネタも好きだし、その小ネタがさらに伏線になっているという贅沢構成。『館島』のバカ館もいいけど、本作の平行線が一本に収束する衝撃のラストを推したい。こんな話をよく行き当たりばったりで書いたもんだ!

痙攣的

鳥飼否宇『痙攣的』

鳥飼否宇も今年初。その奇想っぷりに嵌まると癖になる濃さ。『逆説探偵』も『昆虫探偵』も好きだけど、もう『痙攣的』でぶっとんだ。途中まで普通に(普通でもないけど)してたじゃない!もうアホ!アホ!(ほめ言葉)。

雨恋

松尾由美『雨恋』

「大森望氏も涙!」の帯が印象的。幽霊との淡い恋物語ですが、そこに絡めたルールが「彼女が死んだ真相が明らかになるほど姿が見える」というすごいジレンマなもの。以外と入念な外堀で本格度も高いような。ラストも泣ける。そりゃぁ大森望も泣くよぉ。

幽霊人命救助隊

高野和明『幽霊人命救助隊』

そういえばこれも読んだの今年入ってからだ。幽霊が自殺者を止める、その手段を「大声で説得」にする発端から、幽霊-人間を繋げるアイデアがとても秀逸!笑って泣いてのジェットコースター。隠れたおススメ本。

お笑い 男の星座2 私情最強編

浅草キッド『お笑い 男の星座2 私情最強編』

『本業』も熱かったけど、やはりお笑い界を書いているときが一番乗っている気がする水道橋博士。思いを語りグイグイ引き込み、韻やくすぐりも交えて、もはや暗唱したくなるような文章。前書きの出版界への警鐘も必読。

文芸漫談―笑うブンガク入門

いとうせいこう・奥泉光・渡部直己『文芸漫談』


文学界最高のボケ・ツッコミコンビ。この調子で本当に舞台に立っているんだからすごい。やりとりに笑っているうちに文学の読みどころがわかってくるという、最高のネタ本であり教科書。いとうせいこうと奥泉光を来年はもっと読みたい。

箱―Getting Out Of The Box

The Arbinger Institute『箱―Getting Out Of The Box』

「自己欺瞞」のメカニズムを「箱」という概念を通して説明。人間関係について目からウロコ、と各方面で話題らしく、amazonのユーズド価格が大変なことに。図書館で読みました。わかったような気になっているけど、もう一回読んでおいてもいいかも。

海馬―脳は疲れない

池谷裕二・糸井重里『海馬―脳は疲れない』

脳についての新しい知識がとても新鮮。そして二人の絶妙な対談。うまく頭を使うことがいい生活になるはずよねぇ、としみじみ。30歳になった今年、この本の「30歳から頭はよくなる」という言葉を楽しみに、来年を過ごしたい。

11冊になっちゃった。来年はもっと読みたいですなぁ。新春一発目は『砂漠』の予定。よいお年を!