鏡の中のマリオネット 乾くるみ『セカンド・ラブ』

1983年元旦、僕は春香と出会う。僕たちは幸せだった。春香とそっくりな女・美奈子が現れるまでは。良家の令嬢・春香と、パブで働く経験豊富な美奈子。うりふたつだが性格や生い立ちが違う二人。美奈子の正体は春香じゃないのか?そして、ほんとに僕が好きなのはどっちなんだろう。

『イニシエーション・ラブ』の衝撃ふたたび、の煽り。ふたりのそっくりな女性の間で揺れ動く男の恋愛模様が淡々と続く。そして最後に明かされる…というイニラブと似た構成。

確かに衝撃のラスト、ではあるのだけど、ミステリ読みとしては「そっくりな二人」を出されるとどうしてもアレを疑ってしまう。前作の衝撃の教訓もあるので身構えすぎてしまった。純粋に楽しめずちょっと不幸なことに…。

作者のことなので、恐らくまだ気づいてない伏線もたくさんあるんだろうなぁ。頭を空っぽに、物語の流れるままに任せれば、ラストにひっくり返ることは間違いなし。女は怖いわー。

ちなみに。

「セカンド・ラブ」と言えば中森明菜。それに対して「ファースト・ラブ」と言えば宇多田ヒカル。

というわけで、この本の偶数章のタイトルは宇多田ヒカルの、奇数章のタイトルは中森明菜の曲タイトルから取られています。お持ちの方はご確認を。

乾くるみ『六つの手掛り』

雪野原に立つ民家で、初めて会った者同士が一夜を過ごし、翌朝、死体発見(『六つの玉』)
姪に話して聞かせる、十五年前の「大学生・卒業研究チーム」爆死事件の真相(『五つのプレゼント』)
大学の補講中、マジック好きな外国人教授が死んだ、ESPカード殺人事件(『四枚のカード』)
中味を間違えた手紙と残された留守電が、エリート会社員殺害の真相を暴く(『三通の手紙』)
特注の掛軸は、凝ったイタズラが大好きな、地方の名士がが殺された謎を知っている(『二枚舌の掛軸』)
決定的な証拠がありありとそこに存在した、ベテラン作家邸殺人事件(『一巻の終わり』)
見た目は「太ったチャップリン」!? 林茶父が、今日もどこかで事件解決。

短編集なんですが、それぞれのネタが1つの短編に納まる分量じゃなくて、もうギュウギュウな感じ。後半はずっと謎解きのためにしゃべりっぱなし。生放送で残り時間少ない、みたいな急ぎよう。ギュウギュウ、ということは裏を返せばそれはもう濃いわけで、フーダニットもアリバイものも伏線・手がかりをみっちり配置して事にあたってます。

『三通の手紙』のロジックとか、『二枚舌の掛軸』のフーダニットとか、一つ一つ感心しつつ、最後の『一巻の終わり』を読み終わったあとの遊びにニヤリ。本格推理を読み慣れた方向け。

乾くるみ『クラリネット症候群』

過去に徳間デュエル文庫で出版された「マリオネット症候群」と書き下ろし中篇「クラリネット症候群」の2本セットであります。どちらもミステリの色を匂わせつつもなんともヘンテコなお話。

夜中に突然、憧れの先輩に自分の体を乗っとられてしまう主人公の女子高生。乗っ取られたとはいえ意識はある。しかし乗っ取った先輩と意思の疎通はできないので、なんだか乗り物に乗っている気分。しかしそのうち、先輩が誰かに殺されていたことがわかり…というのが「マリオネット症候群」。

巨乳で童顔の憧れの先輩にいいところを見せようと、同居人のクラリネットを勝手に持ち出して吹いたのはいいけども、やってきた不良にボコボコに壊されてしまった男子。クラリネットが壊れた時から耳に異変が。「ド」と「レ」と「ミ」と「ファ」と「ソ」と「ラ」と「シ」の音が聞こえなくなっている!というのが「クラリネット症候群」

どちらのあらすじもまだまだ序の口。犯人当てに向かいそうになる「マリオネット症候群」、暗号ミステリに向かいそうになる「クラリネット症候群」だけども、急ハンドルを何度も切って展開はあらぬ方向へ。論理や暗号などの技巧も散りばめつつ、ドタバタギャグからSFまでイメージが飛んでいく。やりすぎでお腹いっぱい。この人しかこんな話書けないなぁ。

あんなに次々と変な展開がやってくるのに、長さは2本あわせて文庫一冊333ページと濃縮還元スリム設計なのも良ですなぁ。早く長編も出ないかな。

乾くるみ『リピート』

「リプレイ」+「そして誰もいなくなった」=…がアレになってるとは!本格ミステリというより思考実験の末のおもろい法螺話。真相とそこに至るまでがエキサイティングだけど、それだけにそこから先の畳み掛けがちょい浮きぎみな気も。もっとクレバーな姿が見たかった感じ。止まらない運命のメビウスの輪。主人公モテすぎなのは「リプレイ」の主人公を踏襲した結果なのか。