2月 232012
 

意外に知られてないですが、落語家さんは舞台に上がる直前に何の噺をするか決めることが多い。

前の人がやったネタや季節柄、お呼ばれか独演会か、何番目に演じるか、様々な状況を考えて演じる噺を決める。それはつまり、選択肢を広く持つために手持ちの噺をたくさん持ってないといけない=覚えてないといけないことになる。

そんなわけで本書。ビジネス書みたいなタイトルの本だけど、単なる記憶術の話ではない。いかに噺を自分のものにするか、作中の言葉でいえば「手の内に落とす」か、ということが主眼。それは落語家さんの秘密、まさに「手の内」を明かす話になっていて面白い。

ちょっと話がそれるけど、例えばプレゼンとかの発表の場で、原稿を棒読みの人がたまにいる。なんかそういう人の話って頭に入ってこない。逆に、発表をちゃんと練習した人の話はやっぱりわかりやすくなる。

物事を伝えるためには、伝えることを自分の中に落とし込まないといけない。

落語はあらすじを話せばそれで終わってしまう。でも演じるためには登場人物の気持ち、世界観、体の動かし方や目線まで、ちゃんと自分の中に噺を落とし込まないと伝わらない。笑わすためにギャグを盛り込んだら噺が伝わらなかった、という失敗談も語られる。ちゃんと噺の芯を理解しないといけない世界なのだ。

そして「伝える」というテーマはそのまま「伝承」にもつながっていく。受け継がれてきた古典落語を、どのように自分のものにするか。そして落語という文化を後世に伝えていくにはどうしようか。落語家は常に過去と未来をつなぎ続ける。

本来はネタの取り組み方や稽古/アレンジの仕方、師匠たちの裏話など、落語ファン垂涎の一冊なんですが、自分にとっては伝えること/人前で話すことはどういうことか、改めて教えてくれた一冊でした。漫才・コントを作る人にもとっても勉強になりますよ。久しぶりにネタ作りたくなってきたなぁー。
 

11月 192010
 

金融業者コーエンの散らかった部屋で、作家ノーマンは途方に暮れていた。机には白髪の老人の生首。自分の鞄には男のものらしき手首。手には、この死体がコーエンのもので、自分がその殺害にかかわったことを示唆するマザーグースの歌詞……。何が起こったのか? スコットランドヤードの腕利きパンク探偵、キッド・ピストルズが風変わりな密室見立て殺人の真相に挑む! 傑作本格ミステリ中編を3本収録した、シリーズ待望の最新刊。

2年ぶり6作目になるキッド・ピストルズシリーズ。久しぶりなんで世界の設定忘れたなぁ…と思ったら、前書きにちゃんと「パラレル英国の概説」と題した解説があった。よかったよかった。

舞台はパラレルワールドの英国。年代は我々のいる世界と同じだけど、パラレル英国では警察の権威が地に落ちており、代わりに探偵が事件解決の権限を持っている。警察では誰でも警察官になれるようになってしまって、パンク族まで入隊できちゃう。このシリーズの主人公、キッド・ピストルズもその「パンク刑事」の一人。持ち込まれるのは変てこな事件ばかり。しかも「マザーグース」になぞらえたものばかり…。

「だらしない男の密室 ー キッド・ピストルズの醜態」「《革服の男》が多すぎる」「三人の災厄の息子の冒険 ー キッド・ピストルズの醜態、再び」の中篇3編を収めた中編集。

上に挙げたあらすじの「だらしない~」と、投獄されてるはずの殺人鬼《革服の男(レザーマン)》の目撃情報から展開が二転三転する「《革服の男》が多すぎる」は伏線の絡ませ方と解き方が巧み。そういえばあそこに書いてあった!という王道の驚きと、王道からひねくれた展開の妙がおもしろい。

最後の「三人の~」だけちょっと毛色が違って、犯人や動機は?という謎ではなく、「このお話は一体なに?」という趣向。閉鎖病棟に閉じ込められて…という出だしなんだけどなんだか様子が変。お互い身に覚えがない三人の双子。消える死体。不完全な建物。頼みのキッドも泥酔状態。ただちょっと予想がつく割に冗長だったりなので、トーンダウンに感じてしまいました。趣向は面白いんだけどなぁ…。
 

11月 022010
 

春を迎え、奉太郎たち古典部に新入生・大日向友子が仮入部することに。だが彼女は本入部直前、急に辞めると告げてきた。入部締切日のマラソン大会で、奉太郎は長距離を走りながら新入生の心変わりの真相を推理する!

古典部シリーズ第五弾。今回の舞台はマラソン大会。

走りながら4月からの出来事を回想する奉太郎。大日向はどんなやつだったか、どの場面でどんな考えをするやつだったか、気になった出来事を思い出す。この回想シーンが日常の謎を解く短編として成立しているので、長編なんだけど連作短編のような、面白い構造になっている。

思い出しては何かに気がつき、時には後方から走ってくる古典部メンバーを待ち伏せして確認、ゴール間近まできていよいよ大日向に接触…という、マラソンの残り距離をタイムリミットとして盛り上げる構成がホント巧い。そして回想シーンや確認事項、その他あれやこれやまで伏線として繋がってしまう妙技!

日常の謎+心理戦なので、どうしても根拠が薄くまさに薄氷を渡る場面もあれど、構成力に唸りまくりです。

ハズれないなぁ、古典部。

6月 032010
 

ミステリでいうところの「館モノ」「吹雪の山荘モノ」というと、ふつう容疑者は建物内の、まぁ、多くて10人いるかいないかぐらいなんですけど、まぁ、これ、あらすじ見てください。

大富豪の館でメイドとして働く妹に頼まれ、名探偵・西園寺とその館にかけつけた神尾は、奇妙な殺人事件に遭遇する。衆人環視下、謎の方法で館の主が殴り殺され、容疑者は、なんと館を訪れていた計百人!誰もかれもが疑わしい!?しかも外界に通じる唯一の道である橋が爆破され、閉鎖空間内で次々事件が…。鬼才があなたに“本格ミステリ”の意味を問う、驚愕の最新作。

容疑者100人。

で、巻頭の「登場人物一覧」に律儀に100人の名前と属性(親族とか職業とか)が書いてある。総ページすう6ページにもわたる登場人物一覧!親族20人以上!使用人30人以上!お笑い芸人、元プロ野球選手、オーケストラの楽団員、タクシー運転手、住職、主婦、無職まで、全部名前がついている!

と、ここまで煽ったものの、作中に名前がちゃんと出てくるのはほんの一握り…。ロジックで100人の中から搾り出す、というのはあんまり期待しないほうがいい感じ。シリアルキラーまで出てきちゃって、派手な展開の大騒ぎ。最後明かされるトリックには膝カックンものという、愛すべきバカミスです。

というわけで一言でいうならば、「出オチ」でしょうか…。
 

4月 172010
 

古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決のままに終わった事件“アントワープの銃声”の存在を知る。二十二年前のその夜何があったのか?幾重にも隠された真相は?米澤穂信が初めて「青春去りし後の人間」を描く最新長編。

結末をわざと伏せて、その後の展開を読者に任せるタイプの小説を「リドルストーリー」と呼ぶ。有名なところだと『女か虎か?』とかなんですが、上の粗筋にある、亡くなった父が残した「五つの小説」がすべてリドルストーリーの形をとっていて、小説探しの本編の中でひとつひとつ小説が見つかるたびに作中作としてこのリドルストーリーが挟まれる、という構成になっている。

本編の他に5編のリドルストーリーが考えられていて、しかも裏に一つの未解決事件という背骨をつけて、さらにさらにとある”仕掛け”まで用意されているという、本格魂的にもうなんとも贅沢な造りなのである。ミステリ的な仕掛けもさることながら、この作品の評価を高めるもう一つの材料が主人公の大学生・菅生の描き方。

これまでの米澤穂信作品でもいわゆる「探偵役」は一筋縄でいかない設定が多い。面倒事に極力関わりたくない古典部シリーズの折木奉太郎、推理能力を隠して暮らそうとする小市民シリーズの小鳩、ちゃんとした推理があっさり無視されてしまう『インシテミル』など。

今回の主人公、菅生は大学生とはいえ休学中(事情は物語中で徐々に明らかになる)。小説探しの依頼を受け、最初は報酬に目がくらんで調査を始めるも、段々と事件に含まれた「物語」にひきこまれていく。他人の「物語」と自分の存在の対比に段々と変化してく主人公の心情が、こちらにも重くのしかかる。

謎を解くという役目と、その役目によって影響を受ける探偵役。外側である事件の解決と、内側である探偵役の葛藤。これまでのシリーズ作品などよりもかなり落ち着いたトーンで描かれる本作は、外側/内側のコントラストがより濃く浮き出てくる。

仕掛けの素晴らしさと、登場人物の重さとが、絶妙に融合した本作。お勧めです。お勧めですよ。