9月 042011
 

◆”思考の整理とは、いかにうまく忘れるか、である。”

1983年刊行の本書が、盛岡の書店員のPOPがキッカケで大ブレイク。「東大・京大で一番読まれた本」という帯もついて、気がつけば100万部を突破。

20年の時を経ても色あせないその秘密はなんだろ?と読んでみると、最初の章「グライダー」はこんな感じの内容。

近年、学校教育では知識を詰め込むだけの教育になっている。頭を使うということは、自ら発想する力にある。引っ張られて飛ぶだけの「グライダー人間」ではなく、自分で飛べる「飛行機人間」になるべきだ。物を覚えたり単純な作業をするのはコンピューターにやらせればよろしい───

えー…全く色あせてません…。20年以上前から全然変わってないんだなぁ。

というわけで本書、思考の整理学と銘打ってるけど、勉強法や記憶術の話ではなく、アイデアの生み方・生かし方を解説している本なのです。
 

◆思いつきの「熟成」

自身の実体験や豊富な事例から、アイデアが産まれる瞬間や逸話を紹介してくれる。各章、5,6ページという短さのエッセイで構成されててとても読みやすい。

で、日々産まれる思考の断片、たわいもない思い付きを一つのアイデアに「忘れる」ことを勧めている。

せっかく思いついたのに忘れんの?と、一見矛盾してるようだけど、こういうことらしい。
 

一度書き留め、忘れる。見返して、再度ふるいにかける。時の試練を経て、個人の頭の中に古典をつくる。

よく「時間が解決する」みたいなことがあるけど、自分の中で「忘れる」ことで時間の解決を早めちゃうのだ。一回忘れて風化させちゃう。風化して残った思いつきを、他のと結びつけたりして新たなアイデアにする。覚えておくだけなら機械でもできる。

なんかこれって、クラウドやGTDっぽいところもあるなと思った。気になる事を全部書き出して、思いついたをEvetnoteに放り込んで、頭の処理容量を記憶ではなく考えることに使う。まさに最近よくある仕事術の話と結びつくなぁと思った。

作中では何度も「見つめる鍋は煮えない」という言葉が使われる。忘れることにより熟成させる。じっと留まっていても考えは固まってしまう。忘れることでどんどん進んで、回して、産んでいく。

うまく忘れることって、コンピューターにできない、人間の特権だものね。

20年の時を感じさせない、まさに普遍のバイブル。研究テーマからブログネタまで、発想の現場で幅広く使える話が満載です。

12月 072010
 

今年もランキングの季節がやってきました。

2009年11月~2010年10月までに刊行された本格ミステリから、作家・書評家・大学のミステリ研・ブロガーまで約70人がそれぞれベスト5を選出して集計されたランキングです。今年の本格ミステリの集大成のランキング。若輩者ですが、僕も投票&コメントをさせていただきました(国内部門のみですが…)

ちなみに僕が投票したベスト5をちょっとご紹介。読んだ時の感想文にリンクをはってます。

1位:麻耶雄嵩『隻眼の少女』
2位:梓崎優『叫びと祈り』
3位:蒼井上鷹『堂場警部補の挑戦』
4位:米澤穂信『ふたりの距離の概算』
5位:大倉崇裕『小鳥を愛した容疑者』

こんな感じでございます。それぞれの作品につけたコメントは本誌を参照ください。識者達のトータルのランキングは面白いことになっておりますよー。ベテランと新人のがっぷりよつ!

今回は拡大版として「2000-2009 海外本格ミステリオールベスト・ランキング」も発表。麻耶雄嵩と小島正樹の2大インタビューも収録。今年の総括に、年末年始のお供に、クリスマスプレゼントの参考に、是非どうぞ。
 

11月 112010
 

加門耕次郎が気がつくと、見たこともない異様な世界にいた。荒れ果てた大地、濁った空、そして大地に描かれたマス目に配置された人々―。たくさんの人々が倒れている中、目覚めているのは4人だけ。生者の上空には白い丸が、死者の上空には黒い丸が浮かんでいた。どうやら、この世界はオセロゲームのルールに則って生死が決定されるらしい。圧倒的に不利な状況の中、神の手に対抗し、より多くの人々を甦らせる逆転の手はあるのか?一手ごとに緊張感が高まる中、加門たちの運命は。

死後の世界は8×8のオセロ盤。1マスに1人。四隅の2×2の16マスが空いていて、中央の2×2の4マスが白石の生者、残り44マスが黒石の死者という状況。盤の外をふらふら歩いてる「さまよえる者」が次の石となる。だいぶムチャクチャな世界です。

いかに白石の生者を増やして終わるか、という、もう完全にオセロゲームの話になってしまうのだけど、工夫はいくつかされている。次の一手までに制限時間があり、オーバーすると全員死んでしまう。良かれと思って白(=生者)を増やしていくと、色んな人がワイワイ言い出して次の一手がなかなか決まらない。次の一手の論争と迫るタイムリミットがサスペンスを盛り上げる。

また、盤上には知り合い同士が存在している。親子、夫婦、恋人、友人、宿敵…。この人を生き返らせてくれ。あいつを殺してくれ。それぞれの思惑が交錯して盤上は混迷を極める。

この辺の人間模様の交錯をうまく出せればもっと面白くなると思うのだけど、視点人物が一部に固定されていてあまり考えの多様性が出てなかったり、終盤はどうしても次の一手が限定されたりして、ちょっともったいない。ラストも…な感じ。

神の采配により、四隅の石はどうしても黒になってしまう。この状況下での逆転は面白いものの、ちょっと小説としてはつらいなぁ…と思いました。この後、龍之介シリーズの『人質ゲーム、オセロ式』が出てるので、ひょっとして壮大な前フリなのだろうか…。

11月 102010
 

玄関のチャイムが鳴った時、まだ死体は寝袋に入れられ寝室の床の上に横たわっていた。液晶画面を見ると、緑色のジャージを着た若い男が映っていた。「おはようございます、ドーバです。電話でパントマイムのレッスンをお願いしていた―」招かれざる客の闖入により、すべてがややこしい方向へ転がり始める「堂場刑事の多難な休日」など、当代一のへそ曲がり作家による力作四編。

4編からなる連作短編集。まずは目次をご覧ください。

・第一話 堂場警部補とこぼれたミルク
・第二話 堂場巡査部長最大の事件
・第三話 堂場刑事の多難な休日
・第四話 堂場IV/切実

話が進むにつれてどんどん降格されていく堂場。終いには肩書きもなくなって「IV」扱い。そんなドジっ子堂場の活躍ぶりを…

と い う 話 で は あ り ま せ ん ! !

思わず太字にしてしまった。もちろん各短編ごとに堂場は出てきますが、大変ひねくれた構成になっているんです。何がどうなっているのかはもう読んでもらうしかないのだけど…。各短編は幾つもの伏線やどんでん返しを盛り込んでいて、一編ごとにスゴい密度。そんでもって第4話でこれまでのヘンテコなところをまとめ上げる。あくまで仕掛け・ロジック重視なので、ミステリを読み込んでる人ほど楽しいと思います。

堂場がどうなってしまうのか。もう、んなアホなとつぶやいてしまう豪腕と性格の悪さが炸裂。ヘンテコ設定に定評のある作者の、一つの到達点でしょう。

8月 312010
 

今までの高田さんの本で一番面白いよ。
ーーー他は読んだことないけど。(茂木)

「五時から男」高田純次と「アハのおじさん」茂木健一郎の対談本。

茂木健一郎が、「適当」で「一人高度成長期」状態の高田純次にこそ日本を元気にする秘訣があるのではないか、と高田純次から話を聞き出していく形になっている。

だが一方、「テキトー男」高田純次は冒頭にこんな告白をする。

適当男っていうのは、二年くらい前から言われるように鳴ったんですけど、自分から言い出したわけじゃないんです。でも言葉だけが一人歩きしちゃって、「あれ?どうやったら適当になるんだっけ」って分かんなくなちゃった。
(中略)
例えば便所行っても、水を流さない方がいいのか、お店は行っても、金払わないで出てきた方がいいのか。右折禁止の道は必ず右に曲がるようにしてたら適当かもしれないけど、捕まっちゃうしね(笑)そういうことに悩んでますね。

「五時から男」や「元気が出るテレビ」で定着し、最近になって「テキトー」さを再評価されている高田純次は、自らについたレッテルと自身のギャップをちゃんと考えてるのだ。

そんな高田純次が語る。キーワードは「負け好き」と「セルフプロデュース」

自らを「負け好き」と語る高田純次は、負けることで得るものの大切さを重視している。

絶対に負けた方が、ステップアップになりますよ。麻雀でも勝ったときより負けたときに「どうしてああなったんだろう」って考えちゃいますもん。ただ勝って「よかった」と思ってるより、その方がいい。

「一回負けても、別の勝負で勝てばいい」。大学受験に失敗して専門学校に行き、会社勤めを経て30歳から劇団・東京乾電池に入った高田。異色の経歴から現在の地位になるまで、負けては考えて、やりたいことに辿りついてきている。

また、「五時から男」から貼られたレッテルを利用して、どうやったら面白く見られるかを、状況や自分の年老いた肉体まで俯瞰して考える。時には裸にもなる。役割を演じる、ということを常に意識している。無意識のうちに「セルフプロデュース」を行っている。

茂木健一郎もちゃんと仕事をしていて、高田純次が思っていたことに脳科学の立場から裏付けをとって安心させてあげて、さらにトークを引き出している。たまに下ネタを振られてアワアワしていたりする(「茂木先生はまだ元気だから股間でテーブルの一つも持ち上がるでしょ(笑)」とか言われている)

不良がたまに見せる優しさのように、高田純次がたまに見せる真顔にはドキリとするものがある。

「適当日記」などとは違い、真顔の高田純次を見れる一冊。その姿はまさにプロフェッショナルで、カッコいい。