京大芸人

こうして宇治原の「京大に入るための戦い」が始まった。
芸人になるために。
  
こうして僕の「宇治原を正気に戻させない戦い」が始まった。
芸人になるために。

京大出身芸人ロザン宇治原。の、相方、菅が「芸人になるために宇治原を京大に入れる」ために奮闘(?)した高校時代を綴った自叙伝。(ロザンについてはWikipedia参照のこと)

いまやインテリ芸能人としてクイズ番組に出まくっている宇治原が、「高性能勉強ロボ」だった時代を横槍入れまくりでいじりまくり。恐らく昔あったオモロいこととしてネタでしゃべってる”すべらない話”をあちこちに挟んでいるため、いちいち面白くて楽しい。父親と姉が全く同じ顔の宇治原、北海道の修学旅行で半そで短パンの私服で登場しガクブルの宇治原、センター試験の最中に失神して保健室に運ばれる宇治原…。

宇治原いじりも面白いけど、勉強方法について触れてるのもなかなか興味深い。歴史を時代ごとに覚えない、数学は暗記中心、国語は基本的に勉強しない、などなど。んなアホな、と突っ込んでいた菅が、浪人してしまったときに「できる人の意見には従う」というポリシーを得るまでとか、小さなドラゴン桜としての側面もあり。

高校を卒業してからは芸人になるまでを駆け足で書いているのだけど、アホアホな高校時代の話がやっぱり面白いので、芸人への道というより青春小説としてのスタンスで書かれたらもっと面白かったかもとか思ったり。二人の仲がとてもいいので、読んでて気持ちがほっこりする場面もあるし。続編が出たらまた読んでみたいなぁ。

おまけリンク。ロザンのちょっといい話。菅がいい人すぎる…。

 

あぽやん (文春文庫)

空港のトラブルシューター、喜怒哀楽の果ての勧善懲悪。面白いなぁー。直木賞候補作。

空港に常勤する旅行代理店のスーパーバイザー、空港のカウンターの裏で様々なトラブルを解決する彼らはの愛称は「あぽやん」。頼れるトラブルシューターの彼らではあるが、空港勤務の「閑職」のため最近は会社の出世コースから外れた「島流し」のイメージがついてしまっている。
上司の不評を買って成田空港勤務に飛ばされた主人公、遠藤慶太。すっかりやる気をなくした男が、上司や女性スタッフに助けられ、なんとしてもお客様を笑顔で出発させるために奔走、プロとしての仕事に目覚めていく。

短編6本からなる短編集。もう、起きるトラブルがどれも大変なのである。再入国許可がないため出発したら帰国できないブラジル人少女、パスポートを忘れたために家族旅行から一人空港に残される少年、新婚旅行のはずが航空機の予約が消えてる新婚夫婦…。どないせぇっちゅうねん、と言わんばかりのトラブルは、飛行機の出発時間がタイムリミットとなるため、嫌がおうにも緊張感が増す展開。知恵と偶然と人脈で事態が切り開かれるまで、目が離せないのだ。

また、本社vs空港という図式もある。無理難題(ヤクザの出迎えとか)を押し付けようとする本社との戦いは、さながら「事件は会議室で~」の空港版。空港スタッフ達の結束が爽快感を生む。

女性スタッフとの恋愛、老人・子供といった泣かせどころもあり、いかにもテレビドラマになりそうな「わかりやすい」要素を備えながら、登場人物の配置やトラブルの見せ場の上手さでぐいぐい引っ張られる。空港に行きたくなる、そんな気持ちになった段階で、もう作者の勝ち。オススメ。
 

 

モーニング Mourning

  • 著者/訳者:小路 幸也
  • 出版社:実業之日本社( 2008-03-19 )
  • 単行本:296 ページ
  • Amazonで詳細を見る

タイトルは朝の”Morning”ではなく、”Mourning”。悲嘆, 哀悼、そして喪服。

あの人のためにしたことを、後悔したことなんか、ない――。
大学時代の親友である河東真吾の訃報に接した私。葬儀のため福岡に集まったのは、
同じ大学でバンドを組み、四年間一つ屋根の下で共同生活を送った淳平、ヒトシ、ワリョウ。
葬儀を終え、それぞれの家へ、仕事へ戻ろうとしたとき、今は俳優となった淳平が言った。
「この車で一人で帰って、自殺する」。
何故? しかもこんなタイミングで?
思いとどまらせるために、私たちは明日の仕事を放り投げ、レンタカーで一緒に東京まで向かう決意をする。
「自殺の理由を思い出してくれたら、やめる」。
淳平のその言葉に、二十数年前のあの日々へと遡行するロングドライブが始まった。
それは同時に、懐しい思い出話だけでは終わらない、鍵をかけ心の奥底に沈めた出来事をも浮上させることになっていくが……。

小路幸也でロングドライブといえば『Q.O.L』(隠れた傑作!)なわけですが、今回は喪服の40代男性4人組。iPodで80年代ロックを流しながら、20年前を回想し、センチメンタルが暴走する。あの頃、みんなの大切な人だった、一人の女性がいた。

4人の共通の思い出(トラウマ的な)があって、何も知らない5人目の同乗者となった読者に向けて、それが少しづつ少しづつ明かされていく。これがまた思わせぶりで、そして最初の5人の共同生活の様子がまた楽しげなので、これからどんなことになるのか気になって気になってページをめくることに。

小路幸也は基本的には”善”の人で、でもたまに”善”が過ぎちゃって、「そこまでは許せないでしょ…」という場面があったりする。本作はもう、主要5人がみな”善”なのだけど、若いときの”善”とオッサンになってからの”善”を交互に出してくるので、なんだかもうこの人たちはオールオッケーな気分になってしまう。そしてオールオッケーだからこそ、”善”の人が悲しい気分になっているのがまた悲しくなる。感情移入してしまうのだ。

20年の時を経て、夜通し駆け抜けて、彼らがどんな夜明けを迎えるのか。正直、ちょっと、「え…」と、戸惑うのですが、そこはオールオッケーで。

 

去年ルノアールで

  • 著者/訳者:せきしろ
  • 出版社:マガジンハウス( 2006-02-23 )
  • 単行本:206 ページ
  • Amazonで詳細を見る

今日も今日とて、「喫茶室ルノアール」で暇を潰す筆者。カフェほどお洒落でなく、喫茶店ほど小さくまとまってなく、混沌とした人種が集まるルノアール。客や店員を観察しているうちに始まる、妄想力いっぱいのエッセイ。こんな無気力妄想エッセイが、『relax』で4年も連載されていたということにまず驚かされる。

まずルノアールに来る人がおかしすぎてすごい。アニマル柄の奇抜なセーターの中年女性、「車をかじりません」と泣いて父親にわびる子供、洗面所で髪をあらって出てくる客、談笑の末にセカンドバックから500万円を取り出して受け渡す二人組み、ココアを頼み「ミルクを抜いてください」と店員に何度も注文をつけ(その度「かしまりました」と答える店員)あげく厨房にまで乗り込んでミルクを抜いてくれと頼んだのに一口も飲まずに帰る女性客などなど、とにかく変すぎる。

こんなおかしな場所設定を描き出した時点で、もう何を乗っけても面白くなること必死。ここで筆者は妄想力を駆使しておかしな客の背景を想像したりする。おかしな客の行動を「表」とするならば、妄想をもって「裏」を取るのだった。もはや毒をもって毒を制すという泥仕合。たまに全く関係なく、笑っていいともが終わった後のタモリはどうなるんだろう?誰もいないアルタでたそがれるのか?とか想像しだすけど、これもたまらん。

ルノアール、行ったことあるけど、こんな場所だっけ?と、実地で確認せずにはおれなくなってくる。無益で無気力な無茶エッセイ。映像化もされてる(→去年ルノアールで DVD-BOX~深煎り妄想セット~)のがものすごい気になる。

 

プチ哲学 (中公文庫)

  • 著者/訳者:佐藤 雅彦
  • 出版社:中央公論新社( 2004-03 )
  • 文庫:154 ページ
  • Amazonで詳細を見る

「ちょっとだけ深く考えてみる。それがプチ哲学。」

家庭の事情でピタゴラスイッチを頻繁に見るようになったので、佐藤雅彦が気になってしかたがないこの頃です。「哲学」と銘打っているのものの、なんとか思想がどうこうという話ではなく、日常見かける風景から「ちょっとだけ深く」ものごとを考えてみよう、という考える入り口をご提案する本。

プッチンプリンとエレベーターの共通点「逆算という考え方」、バナナをお腹いっぱい食べたいと魔法使いにお願いする猿だったが、魔法でいきなりお腹いっぱいの状態にされてしまう「結果と過程」、美味しさを想像して笑顔になるために写真と撮るときチーズ!と言うネズミ「外からつくる、内からつくる」などなど、可愛いイラストで描かれるプチ哲学が31項目。

他愛もないイラストだけど、ニヤッとしたりフフンとうなずいたり。発想の転換とか飛躍とかの激しい効用はなく、ほのぼのとした空気。読み終わって「すごい!」というより、ちょっと戸棚に入れておいてたまに開いてみたりするお茶請けのような存在感です。頭が煮詰まってる時にパラパラとめくって気づきを得たりするのにいいかも。

巻末の佐藤雅彦のエッセイのほうが、より佐藤雅彦の思考の動きがわかって面白いので(つぎはぎだらけの道路工事に芸術をみたり)、このエッセイだけで一冊にならないかなぁ。

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