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人情であぶり出す真相 東野圭吾『新参者』

2010 年 6 月 20 日 コメントはありません

作中で刑事・加賀恭一郎がこう言っている。

「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。事件によって心が傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。そういう被害者を救う手だてを探しだすのも、刑事の役目です」
―第六章 「翻訳家の友」 P.220―

日本橋の片隅で発見された四十代女性の絞殺死体。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、未知の土地を歩き回る。

9編からなる連作短編集で、短編ごとに煎餅屋、料亭、瀬戸物屋など視点人物が入れ替わるのだけど、肝心な殺人事件の方はなかなか解決に向かわない。それぞれの登場人物たちの身に起きた小さな謎を、加賀がその洞察力で解き明かしてまわっているのだ。いわゆる「日常の謎」をシリーズキャラクターの加賀恭一郎にやらせているのである。これ、今までなかったんじゃないかなぁ。

保険の外交マンの行動が変だったとか、犬の散歩コースに矛盾があったりとか、各短編に出てくる謎は小さなもの。しかしその謎が解かれるたびに親子・夫婦・嫁姑などのもつれた糸が解けていき、わだかまりが溶けていく。これらは結局殺人事件には関係ないのだけど、「事件と関係ない」ことがわかることによって、逆にどんどん外堀が埋まっていく。真相に向けてじわじわと輪が小さくなっていく。

また、被害者の女性は「最近日本橋に越してきた」「熟年離婚してから二年経過」という設定なので、日本橋には親しい人がおらず最近の様子がわからない。お店で交わした会話などから、徐々に被害者の人柄も明らかになっていく。じわじわと光が当たって鮮明になっていく。

手がかりを次々に得て真相に近づくミステリが足し算ならば、『新参者』はどんどん関係ないこと明らかにして最後に真相を残す引き算のミステリとも言えるのかな。引かれていく様子は心に残る人情話になっていて、被害者の人となりは逆にどんどん盛られていく。

一読して、派手なサプライズとか感じず、引き算の構成ゆえ犯人も最後の最後まで全然特定できないし、もぅ…と思っていのだけど、読み終わってからしみじみ考えているとなんかどんどん評価があがっています。なんだろこれ。よくこんなもの作れるよなぁと、まさに日本橋で民芸品を手にとったような感慨が残るのだった。
 

振り返れば、青春 初野晴『初恋ソムリエ』

2010 年 4 月 25 日 コメントはありません

廃部寸前の弱小吹奏楽部に所属する穂村チカと上条ハルタ。吹奏楽部の甲子園「普門館」を目指して日々練習を重ねる二人に、難事件が?

『退出ゲーム』(→感想)の続編。音楽室の侵入者を追う「スプリングラフィ」、地学研究会の部長を捕まえる密命「周波数は77.4Hz」、一ヶ月の間に席替えを三回も行ったあげく自宅謹慎になった教師の謎「アスモデウスの視線」 、寓話で語られる埋れた初恋の記憶「初恋ソムリエ」、の4編からなる短編集。

学園モノの日常の謎モノなのだけど、事件の関係者がみんな天才・奇才・曲者ぞろいですごい楽しい。前作のようなミステリ的なサプライズよりも、登場する学生たちの癒しと再生に重きを置いてある感じ。

たぶんその「癒しと再生」要素だけ取り出したらベタな展開になるのだろうけど、奇妙な事件・奇特な人物・奇抜な真相のおかげでそのベタさが薄皮に包まれているなぁ、と思った。目くらまし、というか。

新メンバーが増えてきた吹奏楽部に今後も期待大。あといかにも初恋っぽい表紙ですが、表題作の「初恋ソムリエ」はお年寄りが40年くらい前の初恋の記憶を辿る話なので、なんかちょっとズルいと思ったりして。

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人生はスタンプラリー 博多大吉『年齢学序説』

2010 年 3 月 1 日 コメント 7 件

選ばれし者は26歳の時に時代を掴む!?芸人、アスリート、歌手、漫画家、格闘家、アニメ主人公…ありとあらゆるジャンルを調べ尽くして発見した、「年齢に隠された成功の秘密」とは。

博多華丸・大吉の「アタックチャンスじゃないほう」博多大吉初の著書。そこらのタレント本と比べると本人の芸風をも暗示するような超地味な表紙。しかし一線を画すのはその分量。約250ページにわたり文章がぎっしり。新書2.5冊分はあるのではないか。それでも一気に読んでしまった。これはおもしろい。

『年齢学序説』は「選ばれし者は26歳の時に時代をつかむ」という説からその幕を明ける。一線で活躍している芸人の代表的な番組のスタートやブレークのきっかけといったターニングポイントが26歳であることが挙げられる。こんな感じ。

・ダウンダウンが「ガキの使いやあらへんで!」を始めたのが26歳
・とんねるずが「みなさんのおかげです」を始めたのが26歳
・ウッチャンナンチャンが「やるならやらねば」を始めたのが26歳
・ナインティナインが「めちゃイケ」を始めたのが26歳
・志村けんが「東村山音頭」をヒットさせたのが26歳
・明石家さんまが「オレたちひょうきん族」で二代目ブラックデビルに選ばれたのが26歳

そして、自身、博多華丸・大吉はというと、R-1ぐらんぷりで優勝してブレークのきっかけとなった「児玉清のモノマネ」を華丸が開発したのが26歳なのだ。

そしてこの説はお笑い界だけで収まることはない。野球・サッカー・格闘技(とりわけ新日本プロレス)・演歌・J-POP・漫画にいたるまで、幅広く展開していく。時に強引に26歳に括りつけられる場面もあれど、そこに持っていくまでの飄々とした語り口で、時にくすぐりを入れ、あちこちから知識を総動員し、それでいて詐欺師ばりの論理展開でグイグイ読んでしまう。対象とする人物が「年齢学」で考察する年齢に到るまでを伝記のように綴るため、自分の興味の薄い分野でも全然大丈夫だった。

後半、今度は38歳・51歳という数字を使って、「元気が出るテレビ」がもたらした革命、FUJIWARAが不遇時代からどのように今の地点にこれたか、そして綾小路きみまろの”潜伏期間30年”についてなど、お笑い好きにはたまらない考察が続く。

そして最終章。『第十章 経験としての26歳』

博多華丸・大吉の26歳時代は「博多華丸が児玉清のモノマネを開発した年」だった。ではこのとき、博多大吉自身はどんな年だったのか。これが一章まるごと使って語られる。中学の時イケてなかったどころではない、本当の、本当の、暗い年。それでいて、確実に今の彼に必要だった年の出来事を。これは一つのサプライズであるので、ここでは詳細については触れないけど、彼らの軌跡でもあり奇跡でもある一年を是非読んでほしい。

最後に、本書で個人的に心に残った文章を引用しておきます。

 個人的には、人生はスタンプラリーだと思っている。人は誰しも「記憶」という台紙を持ち、そこに「思い出」というスタンプを押しながら、それぞれの「寿命」という有効期限内を生きているのだ。
 どうせ押すというならば、できるだけ色鮮やかなスタンプを押したいと思うのが人間である。だからこそ、我々には「向上心」という名の「欲望」が装備されているのではないだろうか?無論、その出来映えには個人差がある。懸命に努力してもスタンプがズレたり、予想外のアクシデントで上下が逆になったり、一瞬の判断ミスで色が滲んだりすることも、人生においては多々あるだろう。しかし、決して忘れてはいけないのは、それでも「押している」ということだ。そこに「優劣」は断じてない。そこにあるのは、その出来栄えに本人が満足しているかどうか、ただその一点だけなのだ。 (P.150)

数々の人生から、色鮮やかなスタンプを見つけていく「年齢学序説」。

あとがきに「150」という数字を用いた著者の今後の人生の目標が書いてあるのだけど、上に引用した文章がちょうど「150」ページに載っているのは、偶然なのか?必然なのか?

変わり者たちの楽園 初野晴『退出ゲーム』

2010 年 1 月 18 日 コメント 1 件

穂村チカ、高校一年生、廃部寸前の弱小吹奏楽部のフルート奏者。上条ハルタ、チカの幼なじみで同じく吹奏楽部のホルン奏者、完璧な外見と明晰な頭脳の持ち主。音楽教師・草壁信二郎先生の指導のもと、廃部の危機を回避すべく日々練習に励むチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに―。

初野晴は初めて読みます。4編からなる短編集。吹奏楽部の部員を増やす=難題を解決して仲間にする、という、これだけ取り出すとRPGみたいな展開。1編づつ奏者を仲間にしていく中で、いわゆる日常の謎系の青春ミステリになるんだろうけど、全然「日常」じゃないのがポイント。

4編のあらすじはそれぞれこんな感じ。

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東川篤哉『ここに死体を捨てないでください! 』

2009 年 12 月 11 日 コメントはありません

「死んじゃった…あたしが殺したの」有坂香織は、妹の部屋で見知らぬ女性の死体に遭遇する。動揺のあまり逃亡してしまった妹から連絡があったのだ。彼女のかわりに、事件を隠蔽しようとする香織だが、死体があってはどうにもならない。どこかに捨てなきゃ。誰にも知られないようにこっそりと。そのためには協力してくれる人と、死体を隠す入れ物がいる。考えあぐねて、窓から外を眺めた香織は、うってつけの人物をみつけたのであった…。会ったばかりの男女が、奇妙なドライブに出かけた。…クルマに死体を積み込んで。烏賊川市周辺で、ふたたび起こる珍奇な事件!探偵は事件を解決できるのか?それとも、邪魔をするのか?驚天動地のカタルシス。

『烏賊川市シリーズ』の5作目。上記のあらすじに加え、シリーズキャラの私立探偵・鵜飼の元には山田と名乗る女性から依頼の電話があるのだけど、待てど暮らせどやってこない。女性が言っていた「クレセント荘」(温泉つき)に行ってみると、そこに死体を隠し終わった男女が居合わせていて…、という展開。

作者お得意の勘違いドタバタギャグに、周到に伏線を組み入れて、最後にどえらいバカトリックが待っている王道パターン。みんながみんな何か思い違いをしていて、勝手に仮説を立ててるので、最後の方までなんも真実に近づかないという(笑)。

クライマックスは結構ド派手なことになるのだけど、この作者が今までやってきたに比べるとそんなにお馬鹿に見えないというか、結果的にちょうどいい按配に収まった感じ。

装丁が狙いすぎてちょっといまいちなのがなぁ…。

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東川篤哉『もう誘拐なんてしない』

2008 年 7 月 1 日 コメント 1 件

なんて言わないよ絶対。

下関の大学生・翔太郎がひょんなことから知り合ったのは、門司を拠点とする暴力団花園組組長の娘・絵里香。彼女がお金を必要としていることを知り、冗談で狂言誘拐を提案したところ絵里香は大はりきり。こうしてひと夏の狂言誘拐がはじまった。
いっぽう、そんなこととはつゆ知らない組の面々。身代金を要求する電話を受け、「組長よりもヤクザらしく、組長よりも恐ろしい」絵里香の姉・皐月が妹を救うべく立ち上がる。

翔太郎サイドと皐月サイドの二つの視点から騒動が語られる。となると、いつもの東川篤哉なら絶対なにかあるに違いない…と思ってしまい、そんでやはりサプライズ(第4章から衝撃の展開)があって、なんだけど「あれこれやんなかったっけ?」という既視感があるという、うーんそうきますか…、な読後感。気のせいかな…。

とはいえ、ギャグで気をひいて伏線に気づかせないようにするという、ある意味豪腕なセンスは相変わらず。ゆるゆるな掛け合いも楽しく、相手はヤクザなのにほのぼの路線。東川篤哉の小ネタは会話文だけだと寒いときがあるけど、表情とか間とか映像にしたら結構面白いものになるんじゃないのかなぁ。

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深水黎一郎『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ !』

2007 年 7 月 10 日 Comments off

読者が犯人、というテーマに挑んだ第36回メフィスト賞受賞作。ちょっとAmazonからあらすじを引用しますよ。

新聞に連載小説を発表している私のもとに1通の手紙が届く。その手紙には、ミステリー界最後の不可能トリックを用いた<意外な犯人>モノの小説案を高値で買ってくれと書かれていた。差出人が「命と引き換えにしても惜しくない」と切実に訴える、究極のトリックとは?読後に驚愕必至のメフィスト賞受賞作!

確かにいろんな意味でおどろいたけれども…。

「意外な犯人」を突き詰めた極北が「読者が犯人」テーマになるわけで、過去にも『仮題・中学殺人事件』とかあるわけですけども、この作品はその真ん中を支えるアイデアが…こう…なんか…アレなんだなぁ。アレなんですよ。アレアレ。アレだよ母さん。500万振り込んでよ(詐欺)。

動機や実行方法などの外堀を一生懸命埋めているのは理解できるのですが、やはり核がアレだとなんというかズッコケるというか、「あなたが犯人です」といわれても「ちがうよ!」と素で突っ込んでしまわざるを得ないのですよ。アレがなんなのか気になる人は読んでみるといいと思います。
 

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