Home > 読書感想文 > あ行の作家 Archive

あ行の作家 Archive

太田忠司『奇談蒐集家』

奇怪な呼び水、浴びせる冷や水。

【求む奇談!】新聞の片隅に載った募集広告を目にして、「strawberry hill」を訪れた老若男女が披露する不思議な体験談――鏡の世界に住まう美しい姫君、パリの街角で出会った若き魔術師、邪眼の少年と猫とともに、夜の町を巡る冒険……謎と不思議に満ちた奇談に、蒐集家は無邪気に喜ぶが、傍で耳を傾ける美貌の助手が口を開くや、奇談は一転、種も仕掛けもある事件へと姿を変えてしまう。夜ごと”魔法のお店”で繰り広げられる、安楽椅子探偵奇談。

奇妙な謎をはらんだ不思議な体験で盛り上がるものの、あっさりと助手によって現実に引き戻されてしまう。盛り上がり↑と引き戻し↓の高低差が激しいほど、とても魅力的な安楽椅子探偵ものになりうる本作。ただ、引き戻し↓の内容が膝を打つ、というより、わりと身も蓋もなかったりするので(ただの見間違い、とか)ちょっと食い足りなかったりする。

そんなちょっとモヤモヤを抱えたまま最後の書き下ろし「すべては奇談のために」を読むと評価一変。いわば「後日談」にあたる一編は今までの流れからの視点を変え、立っていたはずの足場を揺らぎさせる。幻想と現実の入れ替え戦。webミステリーズ!の【ここだけのあとがき】にもまさに最後の書き下ろしが作者のやりたかったことらしい。読了した方はぜひこのあとがきも読むことをオススメします。

大平健『やさしさの精神病理』

現職の精神科医が現場で感じる”やさしさ”の偏移そして変異とは。

席を譲らない“やさしさ”,好きでなくても結婚してあげる“やさしさ”,黙りこんで返事をしない“やさしさ”…….今,従来にない独特な意味のやさしさを自然なことと感じる若者が増えている.悩みをかかえて精神科を訪れる患者たちを通し,“やさしい関係”にひたすらこだわる現代の若者の心をよみとき,時代の側面に光をあてる.

お互いの心に踏み込まない、相手の気持ちを先回りして自分の行動を制限する、誰のせいにもできないため決断ができない…。”やさしすぎる”ためにいろいろねじれてしまう人々たち。著者曰く、現代のやさしさは「治療としてのやさしさ」でなく「予防してのやさしさ」だという。

あぁ、あるあるとうなずいているうち、自分の中にもこの”やさしさ”が存在していることに気がつく。傷つかないための「予防としてのやさしさ」は確かに、ある。そしてネガティブな感情(傷ついた!)や「自分探し」がその”やさしさ”を中心に説明されてしまうと、なんだかタネを見せられたような、そんなことだったのか!と、ふっ、と弛緩する。

著者と患者の面談がケーススタディとして豊富に書かれているんだけど、これが思いのほかミステリっぽい。患者が精神科にやってきた動機が謎となり、探偵でもある精神科医が巧妙な質問と推測で謎を引き出していき、最後に患者本人が自分の心境に気づいて大団円。ちょっと出来すぎな気もするけど(「私…子供産もうかしら」にはさすがに意表を突かれた)まさに「日常の謎」のような趣きです。

10年以上前の本だけど、「相手の気持ちを読もうとして」「沈黙したり立ち去ったり」なんて、まさに今でいうところの「空気を読んでスルー」。自分探しの話題もあり、まだまだ現代にも通じる内容です。作中で「自分たちの”やさしさ”は大人にはわからない」と言っていた若者なんて、もう大人になってるじゃないか。行き過ぎた”やさしさ”はどこまで行き過ぎるんだろう。
 

内容と全然関係ないけど、この本にミステリを感じる方には連城三紀彦『恋文』なんてオススメしてみよう。日常のホワイダニットを男女間の揺らぎに埋め込む5編の短編集。

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

書下ろし1000枚の本作はまさに「ベスト・オブ・伊坂幸太郎」といったおもむきですよ。政治の闇は『魔王』、親子の絆は『重力ピエロ 』、学生時代の友情が『砂漠』で、殺し屋といえば『グラスホッパー』。これら今まで発表した作品のエッセンスを1つに注ぎ込んだのが、この『ゴールデンスランバー』、と言うぐらいの伊坂全部盛りです。

仙台での凱旋パレード中、突如爆発が起こり、新首相が死亡した。同じ頃、元宅配ドライバーの青柳は、旧友に「大きな謀略に巻き込まれているから逃げろ」と促される。折しも現れた警官は、あっさりと拳銃を発砲した。どうやら、首相暗殺犯の濡れ衣を着せられているようだ。この巨大な陰謀から、果たして逃げ切ることはできるのか? 

逃亡アクションものとしてはまだアイデアを盛り込める余地がありそうで、行き当たりばったりな展開もありますが、この作品の中心は繰り返し使われる「信頼と習慣」という言葉にあるような気がします。普通の人が逃げなければいけない目になったとき、何をどう信じたらよいのか?見えない絆が生む奇跡に心やられます。

アビイ・ロードリンクも健在で、見落としてる伏線もまだあるような気がするなぁ。読み終わった方は第2章と第3章をもう一度読むことをオススメします。伊坂幸太郎の入門としても、ファンサービスとしても、十二分に耐えうる一冊。タイトルの元になった、ビートルズが聞きたくなってしかたがない。

愛川晶『道具屋殺人事件 ──神田紅梅亭寄席物帳』

まさに落語ミステリの”真打ち登場”。帯の文句に偽りなし。

高座の最中に血染めのナイフがあらわれる、後輩は殺人の疑いをかけられる、妻の知り合いは詐欺容疑……。次から次へと起こる騒動に、二つ目、寿笑亭福の助が巻き込まれながらも大活躍! 落語を演じて謎を解く、一挙両得の本格落語ミステリー!

これまで落語ミステリと言えば大倉崇浩『七度狐』や田中啓文『笑酔亭梅寿謎解噺』など数あれど、本作が新しいのは、落語を演じることイコール事件の解決になること。

3編ともクライマックスは舞台にあがる福の助の落語。福の助が従来の古典落語に新しい演出を加えるのだけど、この演出そのものが謎の真相を示唆することになるのである。この「新しい演出」=「謎解き」の絵がすばらしい。

落語のアイデアを思いつくだけでなく、それを事件と結びつけるプロットを作るなんてたいそう難しかろうに、3編ともクオリティが落ちないのもスゴイ。

粋な登場人物や名人のエピソードなど、作者の落語に対する愛もひしひしと伝わる筆致。しゃべりの果てにある美しき一石二鳥。また続編が楽しみなシリーズが一つ増えました。
 
 

ハナシをノベル!! 花見の巻

なんだか落語が聞きたいなぁと思ってたら、作家9名が新作落語を書き下ろした『ハナシをノベル!! 花見の巻』がつい最近出たらしく、すごい気になる。実演CD付きですって。我孫子武丸、浅暮三文、田中啓文、牧野修などなど。

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

有栖川有栖『女王国の城』

学生アリスシリーズ最新刊は実に15年ぶり!『双頭の悪魔』の頃に生まれた子供が中三になってる算段ですよ。二段組で500ページ超えの大ボリュームの舞台は、新興宗教の本拠地である町と「城」。

前作までは火山の噴火や悪天候による「天災」によるクローズドサークルだったけど、本作は言わば「人災」によるクローズドサークル。行方をくらました江神二郎を捜し求めてEMCの面々がやってきたのは「神倉」という土地。そこは新興宗教の本拠地であり、町全体が教団の配下にあった。町にそびえる「城」で江神との再会を果たした後、城内で殺人事件が発生。EMCの面々は教団側の圧力によって城からの出入りを阻止される。

城からバイクで脱出なんてアクションもあれど、本格ミステリとしては首切りや不可能犯罪なんて派手な展開はなし。「読者への挑戦」もあれど、なんかものすごい弱気。なんだか大丈夫かしら、と思えど、その心配は杞憂。散りばめられた伏線を拾い、端正なフーダニットが幕をあけるのだ。

15年という期間が否応にも期待値をあげるわけですが、そこで奇をてらわずに丁寧な仕上がりにしているのはさすがの貫禄といったところ。結構なボリュームを読んでなお、細かい穴を埋める作業を見ると、期待に応える本格ミステリを作るのがいかに骨の折れることか実感しますなぁ。頭の下がる思いです。

教団が警察を呼ばない理由も前代未聞。本格ミステリの一つの至宝として、語られる作品になりうるのではないでしょうか。

それにしても次作はいつになるんだろう。『月光ゲーム』→(6ヶ月)→『孤島パズル』→(2年7ヶ月)→『双頭の悪魔』→(15年7ヶ月)→『女王国の城』である。6ヶ月の5倍が大体2年7ヶ月(31ヶ月)で、31ヶ月の6倍が大体15年7ヶ月(187ヶ月)なので、次は187ヶ月の7倍の1309ヶ月になるということは、えー、109年と1ヶ月後だから、

2116年10月にお会いしましょう!

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

Home > 読書感想文 > あ行の作家 Archive

Banner
あわせて読みたい
フィードメーター - イノミス
track feed
この日記のはてなブックマーク数

Return to page top