3月 302012
 

今度のフジ月9ドラマ『鍵のかかった部屋』(主演:大野智)は、密室殺人をベースにした推理モノらしい。原作は貴志祐介!本気じゃないか!

『三毛猫ホームズの推理』も相葉雅紀でドラマ化されるし、この前の『謎解きはディナーのあとで』のヒットを受けて推理モノ+ジャニーズがのドラマがまたトレンドな感じ。

そうなんですよ 。「また」なんですよ。推理モノ+ジャニーズは過去にも「金田一少年の事件簿」(堂本剛・松本潤)、「HERO」(木村拓哉)、「33分探偵」(堂本剛)、「うぬぼれ刑事」(長瀬智也)などなど、昔から結構あるのだ。捜査の過程や謎解きなど、かっこいい、かつ、頭良さそう、という見せ場が作れるのが、ジャニーズと相性いいのかな。

ドラマを見てミステリを読むようになりました、という人も増えるかもしれない。そんな「謎解き系男子(or女子)」をターゲットに、密室殺人ミステリを勝手に贈ってしまおう。国内モノで、キャラが立ってて、文庫になってるのがいいかな。
 

『三毛猫ホームズの推理』赤川次郎

そうそう、そもそも『三毛猫ホームズの推理』からして密室モノなのだった。三毛猫ホームズ第一作。現場は工事現場のプレハブ。なぜか室内からは机や椅子が運び去られていて、ガランとした空間に転がる男の死体。奇想天外なアプローチに当時は驚きました。三浦洋一、陣内孝則などで過去に何度か映像化されています。
 

『すべてがFになる』森博嗣

舞台は孤島に建つ研究所。少女時代から部屋に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。外との通信はネットとモニタ越しのみ。彼女の部屋から現れた、両手両足を切断されたウェディングドレス姿の死体。森博嗣のデビュー作であり、犀川&萌絵シリーズの第1作。独特の「理系」の雰囲気が常識をゆさゆさ揺さぶる。
 

『扉は閉ざされたまま』石持浅海

よくなる密室殺人だとドアをバーン!って破って入ったりする。でもバーン!ってドア壊すの、普通やる?壊しておいてなんでもなかったとか気まずくない?
というわけで本作、現場となった密室は最後まで開けらないという変わり種。古畑任三郎のように犯人が殺人を犯すところから始まってるので、読者は事件が起きてることは知ってる。舞台は高級ペンションで開かれた同窓会。部屋から出てこない男を心配する一同。しかしうち一人が不自然な事に気がつく。閉ざされたドアを前にした犯人vs探偵役の息詰まる攻防は必見。
 

『密閉教室』法月綸太郎

最近では『キングを探せ』など、本格ミステリの王道を貫く作家・法月綸太郎の処女長編。早朝の教室、遺書を残して死んでいる一人の高校生、窓とドアは閉ざされて、48組あった机と椅子がなくなっている。級友の死に推理マニアの高校生が動くが、担任教師らと衝突し…。という、本格ミステリ+青春小説の原風景。トンでもなラストは今でもインパクト大。
 

『富豪刑事』筒井康隆

深田恭子でドラマ化された『富豪刑事』だけど、原作の主人公(富豪)は男性。お金をジャブジャブ使って事件を解決しちゃう富豪の刑事。収録作の「密室の富豪刑事」は特にすごい。会社社長が密室で殺される。容疑者はライバル社の社長なのだが証拠がないし犯行方法もわからない。そこで富豪刑事、同じ業種の会社を設立。富豪なので設備投資ジャブジャブ。自ら社長となり容疑者にプレッシャーをかけ、容疑者が同じやり方で自分を殺そうとするのを誘い込む!
 

最近読書量が減ったり、ラノベ方面は疎かったりするので、これがオススメ!これ忘れてるよ!というのがありましたら、コメント欄にいただけると嬉しいです。
 

3月 292012
 

TwitterやFacebookのアイコン。どうしてますか?

ソーシャルネットワーク全盛の昨今。自分を発信するために有効なメディアたち。でもパッと見で目に入るのはあの小さな四角い画像。「人は見た目が9割」なんて言葉もある。猫やオッサンのアップやアニメキャラ…あの小さな画像で「この人どんな人?」がパッと判断されちゃうことになり…。

ウジトモコ『デザインセンスを身につける』はこんな導入で始まる。せっかく自分を表現できる場なのに、「見た目」のアイコンに無頓着ではもったいない!と。見て欲しい自分をイメージして、ふさわしい画像を設定する。そのために必要なのはデザインのセンス。

ちなみに僕のTwitterアイコンはこんなのですが、

これはプラレールに入ってた注意書きで、おもろいなぁと思ったからアイコンにしているだけで、特になんの意味もないのだった。むむむ。

それで、デザインセンスと聞いて、黄金比とか色選びとかそういう手法の話かなぁ、と思ったら、違った。手法の話もあるけど、中心にあるのはもっと根っこ、「なにを誰に向けてどういうアプローチで、デザインするか」まずは対象のモノ、そのものについて考えるところから始まる。

なにかを表現するなら、自分をデザインすることから始まる。

個人的にいいなぁ、と思ったのは、この「自分をデザインする」ということ。

人間、どうしても考えることはフラフラして、やりたいこともコロコロ変わって、どうにも不安定。そこでデザインの力を借りる。こんな印象でいたい、こんな風に見られたい/見られたくない、などなどを考える。強いメッセージになる人もいるだろうし、柔らかい存在を目指す人もいるだろう。それをロゴなりアイコンなりの見える形に落としこむ。

目に見える旗印を持つと、途端にわかりやすくなる。帰ってくる場所が見えるというか、軸がピッと立つというか。

アイデアの力が、軸を立て、道を照らし、力を与える。組織も、人も。

なんだか、うちの家族のマークとかも作りたくなってきた。家紋ってこうやって生まれたのかな。

いやまずは自分のアイコンをなんとかせねば…。

2月 232012
 

意外に知られてないですが、落語家さんは舞台に上がる直前に何の噺をするか決めることが多い。

前の人がやったネタや季節柄、お呼ばれか独演会か、何番目に演じるか、様々な状況を考えて演じる噺を決める。それはつまり、選択肢を広く持つために手持ちの噺をたくさん持ってないといけない=覚えてないといけないことになる。

そんなわけで本書。ビジネス書みたいなタイトルの本だけど、単なる記憶術の話ではない。いかに噺を自分のものにするか、作中の言葉でいえば「手の内に落とす」か、ということが主眼。それは落語家さんの秘密、まさに「手の内」を明かす話になっていて面白い。

ちょっと話がそれるけど、例えばプレゼンとかの発表の場で、原稿を棒読みの人がたまにいる。なんかそういう人の話って頭に入ってこない。逆に、発表をちゃんと練習した人の話はやっぱりわかりやすくなる。

物事を伝えるためには、伝えることを自分の中に落とし込まないといけない。

落語はあらすじを話せばそれで終わってしまう。でも演じるためには登場人物の気持ち、世界観、体の動かし方や目線まで、ちゃんと自分の中に噺を落とし込まないと伝わらない。笑わすためにギャグを盛り込んだら噺が伝わらなかった、という失敗談も語られる。ちゃんと噺の芯を理解しないといけない世界なのだ。

そして「伝える」というテーマはそのまま「伝承」にもつながっていく。受け継がれてきた古典落語を、どのように自分のものにするか。そして落語という文化を後世に伝えていくにはどうしようか。落語家は常に過去と未来をつなぎ続ける。

本来はネタの取り組み方や稽古/アレンジの仕方、師匠たちの裏話など、落語ファン垂涎の一冊なんですが、自分にとっては伝えること/人前で話すことはどういうことか、改めて教えてくれた一冊でした。漫才・コントを作る人にもとっても勉強になりますよ。久しぶりにネタ作りたくなってきたなぁー。
 

1月 262012
 

この前、NHK「クローズアップ現代」でゲーミフィケーションの話題をしていた。

ゲーミフィケーションってなに?っていうと、既存の仕組みに「ゲーム感覚」をうまく取り込んで目的達成を図る取り組み、って感じかな。紹介されていた例だと、社内の評価制度に「いい感じの仕事をした人に”バッチ”を贈り合う」仕組みを取り入れたり、タンパク質の構造を解明するために分子構造をうまく作ると高得点というゲームを作ったら世界中の人がプレイして3週間であっさい解明した、とかだったり。

ゲーム感覚すごいじゃん、って感じですが、その後に「今後の課題」として取り上げられていたのがこんな例。

イギリスでは犯罪抑止のために街中に無数の監視カメラが設置されている。ところがあまりに数が多いので、カメラの映像をチャックすることができない。そこである会社が「ネット経由でカメラを監視して、万引き犯を見つけた人に報酬を与える」というサービスを始めた。見つけたらボタン早押しで通報する仕組み。

提供元は店側から利用料を得て、一部を「監視員」に報酬として渡す。店側は万引きの減少が期待できる。「監視員」はゲーム感覚で通報して報酬を得る。

お金が儲かって犯罪も経る。全体としてはいい感じに見える。でも道徳的にちょっとどうなの、という議論がある。監視カメラに写っている普通の人のプライバシーの問題もあるし、ゲーム感覚で犯罪者を捕まえるのは是か非か。なんか直感的にダメなような気がするけどうまく説明できない。
 

この番組を見ていて、今読んでいる『これからの「正義」の話をしよう』を思い出した。

ちょっと前に話題になったサンデル先生の白熱教室のあれ。最近文庫化されました。当時興味があったけど触れてなかったので、この期に読んでいる次第。とても刺激的でおもしろい。
 

「正義」には3つのアプローチがある、と最初のほうでサンデル先生は言う。

幸福と、自由と、美徳。

全体的にみんな幸福になればいいじゃない、という正義。自由な言動を守るのが大事じゃない、という正義。人として徳のある行動をするべきじゃない、という正義。

どれも「正しいことをする」という根っこはあるけど、突き詰めるとどうしてもぶつかり合って切り離せない。そこをどう折り合いをつけるのか(あるいはつけないのか)を、過去の様々な哲学者たちの言説を紹介しながら巡っていく。
 

「監視員ゲーム」の話に戻ると、お金も儲かって犯罪も減っていいじゃない、というのが「幸福」のアプローチ。功利主義と呼ばれる。とにかく結果的に幸福度があがればよし。でも損をする人は切り捨てるし、そもそも「幸福度」ってどうやって図るの?

ゲーム感覚だとしてもそれでお金を得るのは自由、でも罪のない人が監視されるのは自由じゃない。その人の行動はその人によって選ばれるべき、という「自由」のアプローチ。自由という響きはいいけど、行き過ぎると何やってもいいじゃん関係ないし、みたいなことになる。

監視やゲームの対象となるのことは人間の尊厳に反する、という美徳のアプローチ。人として美しいこと正しいことを追求する。でも美徳とは何か、を定義するのが難しい。
 

混ざり合う幸福/自由/美徳。どれが欠けてもどれが行きすぎても歪みが生じる。いくつもの事例(ホントに悩ましい出来事ばかり!)を混じえて、様々な哲学を当てはめ紹介していく。難しいけど、こちらもすごい考える。

世の中、結論は出ないけど結論を出さないといけないことが次々現れる。日々のニュースを見ていてもそんなことばかり。

「正義とはなにか」は紀元前アリストテレスの頃から考えられていることで、一つの結論が出ているわけではない。でも、いくつもの考え方を学んで、「自分の正義」を形作るのは大いに意味があると思う。
 

まさに、これから「これからの『正義』の話をしよう」の話をしよう、である。
 

あと、ちゃんと最後まで読もうと思う。
 

10月 172011
 

相沢沙呼、市井豊、鵜林伸也、 梓崎優、似鳥鶏。東京創元社発の五人が書き下ろす”学園ミステリ”短篇集。全員1980年代生まれ。

元々持ってるシリーズが学園ものである相沢沙呼(『午前零時のサンドリヨン』)、似鳥鶏(『理由あって冬に出る』ほか)はシリーズものの新作だし、デビュー前の鵜林伸也を先行チェックできるし、昨年『叫びと祈り』で話題をさらった梓崎優の新作も読めるという、なんとも贅沢三昧。文庫書下ろしでお財布にも優しい。

梱包して送ったはずのビデオテープがなくなってる、100球あるはずのボールが99球しかみつからない、バレンタインデーに生徒たちのチョコたちが教壇の前に集められてる…人殺しなんて出てこない、いかにも学園ものの謎解き。若い作家が若人を描くためか、筆致もキャラも生き生きとしてて楽しい。”学園ミステリ”という縛りが効果的に働いているなぁとしみじみ。

その中で特にオススメしたいは梓崎優「スプリング・ハズ・カム」。15年ぶりの同窓会で掘り出したタイムカプセル。中から出てきた、”卒業式放送室ジャック事件”の犯行声明。放送部員たちはあの日を振り返りながら推理合戦を繰り広げる。その結末たるや…!同窓会と卒業式という2つの舞台を行き来して確かめられる、大人になってわかる事と若かったからできた事。ミステリ的な仕掛けもキマっていて、久しぶりにミステリを読み終わって呆然としてしまいました。短編でこれだけのものを詰められるのスゴい。ため息。

間違いなく今年の収穫ですよ。オススメです。