臨床心理士が語る『水曜どうでしょう』が面白いわけ

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最近、うちの子が「トローリー!」「オー!」を気に入っている。

『水曜どうでしょう』の「サイコロ4」より、立山黒部アルペンルートに挑む登山家の大泉さんである。元々、子供が生まれる前からうちの夫婦は水曜どうでしょうが大好きでずっと観ていて、『水曜どうでしょうClassic』もたぶん全部録画してDVDに焼いてある。そんで、たまたま、テレビがつまらない時にDVDを流してみたら、子供たちが食いつきまくりである。普段は芸能人を呼び捨ての娘8歳も、大泉洋だけは「大泉さん」である。

『結局、どうして面白いのか ──「水曜どうでしょう」のしくみ』は、その名の通り、『水曜どうでしょう』がどうして面白いのかを考察した一冊。といっても、テレビ関係者が書いたわけではない。著者は臨床心理士なのである。

疲れているとき、何も考えたくないとき、どうも『水曜どうでしょう』を観ると「ホッとする」。それはなぜなのか。藤村&嬉野コンビにそれぞれ合計約6時間もインタビューをして、臨床心理士の視点から考える。

僕は面白いテレビがどうして面白いのか、構造から考えるのが大好き。番組の外枠があって、その中に演者がいて、それぞれにどんな役割が振られていて、こう動くのでこんなところが面白くなるのだとか、枠組みから面白さの理由が考えるのが大好物。

その意味で言うと、『結局、どうして面白いのか』はもうドンピシャ。水曜どうでしょうの枠内と枠外の構造を解き明かそうとするのである。

『水曜どうでしょう』は演者2人スタッフ2人の4人しかいない。カメラは手持ちで、常に演者を追ってるわけではない。引きのまま動かないこともあれば、カメラの後ろ側に演者がいるときもある(助手席からの車窓とか)。加えて、本来出演者じゃない藤村Dが、演者とやりとりしたりフレームの中に入ってきたりする。でも顔は映らない。

本来の番組の企画が目指す「物語」がまずある。その物語について、企画が上手くいかなくてボヤくとかちょっかいをかけるとか、物語の外側からアプローチしている部分を本書では「メタ物語」と呼ぶ。視聴者は「物語」を観ているつもりだし、番組も本来は「物語」をお届けするはずなんだけど、視聴者と「物語」の間には気づかないうちに「パイ食わねぇか」などの「メタ物語」が挟まっている。

「メタ物語」は、失敗した「物語」をそれを面白がる、という機能がある。だから、「物語」が上手くいってもいかなくても面白さは成立する。この辺、デイリーポータルZの林さんが自著『ビジネス書』でも言っていた。失敗したことも含めて面白がるのである。

フレームの切り取り方、4人のそれぞれの役割、偶然をどう拾うかなど、インタビューも引用しながら「物語」と「メタ物語」をつなぐ線を明らかにしていく。モヤモヤと面白いなぁ~と思っていたものが可視化される。もちろん『水曜どうでしょう』を語る一つの説でしかないのだけど、いやぁ楽しい。楽しいなぁ。

最後の第6章は「『水曜どうでしょう』とカウンセリング」と題して、両者の共通点についても語られている。「面白さ」というモヤモヤしたもの、「心の病」という実態がつかめないもの、どちらも見える形にしようとする。でも、面白くしようとすればするほど、病気を治そうとそればするほど、結果からは遠ざかってしまうのだ。じゃぁどのようにアプローチをするか。これも著者と藤村&嬉野の会話のなかから糸口が見えてくる。

ところどころ実例で『水曜どうでしょう』を取り上げるので、水曜どうでしょうファンにもオススメだし、僕みたいにテレビってどうして面白いのって考えるのが好きな人には激しくオススメ。

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