ほのめかす供述

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「へー、取調室って、テレビで観たのよりキレイなのね」
「さぁ、旦那をどうしたのか教えてもらうか」
「あら、探してほしいのはこっちよ」
「どうだか」
「もう1週間も連絡が取れなくって、心配で心配で、腰もちょっとくびれちゃったわ」
「どうだか」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「ここの窓から見えるあの山、あそこには底なし沼があるんですって。何を入れてもすっぽり飲み込んでしまうって話よ。その噂を聞きつけた産廃業者が夜な夜なトラックで乗り付けて、産業廃棄物を毎晩捨ててるんですって。どんなゴミでも綺麗さっぱりなくなるらしいわよ。いやよねぇ。そんなところに、人なんか落ちたら、ひとたまりもないわよねぇ……」
「おい!」
「あら」
「いま、ほのめかしただろ!」
「なんのことかしら?」
「旦那を殺してその底なし沼に沈めたことをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「この時期旅行に行くなら京都がいいわよぉ。暑くもないし、寒くもないし。連休は混んじゃうから、波が引いたその後に行くのがいいわよね。あたしこう見えても古いお寺とか大好きなの。ゴミゴミした喧騒から離れてね、竹林のザワザワしか聞こえないような参道を通ってね、時が止まったみたいよぉ。あの人も一緒に行ければ、いや、行けたらよかったのにね……」
「おい!」
「あら」
「いま、ほのめかしただろ!」
「なんのことかしら?」
「語尾を過去形で言い直すことで暗に相手が死んでいることをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「あなた、8歳になる娘さんがいるんですって?ここに来る前に婦警さんに聞いたわぁ。かわいくてたまらないわよねぇ。傷ひとつつけたくないわよねぇ。大事な一人娘ですもんねぇ。夜道を歩くときはくれぐれも気をつけたほうがいいわよぉ」
「おい!ほのめかしただろ!」」
「なんのことかしら?」
「娘のことを心配すると見せかけて娘に危険が迫っていることをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「うちの旦那はね、馬鹿なの。もうホント馬鹿。あたしが髪を切っても気がつかないし、記念日は毎年忘れちゃうし、指輪のサイズだって間違えるし、LINEに既読がついてるのに読んでないってウソつくし、着てる服だってダサいし、毎晩毎晩飲んで帰ってきてご飯食べてくれないし、うちのダンナ、ホントに馬鹿なの……」
「おい!ほのめかしただろ!」」
「なんのことかしら?」
「旦那の愚痴と見せかけて結局胸の内では旦那のことを愛しているってほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「この年で専業主婦だとね、再就職なんかも難しいの。だからあたし、資格取ろうと思って。ほら、AKBのなんとかっ子も勉強してた調剤薬局事務?あんなアイドルも受かるんだから簡単かと思ったら、難しいのねぇ。もう全然勉強してない。昨夜も漫画読んで寝ちゃった。受かる気がしないわぁ……」
「おい!ほのめかしただろ!」
「なんのことかしら?」
「勉強してないしてないと言って周りを油断させておきながら実際はちゃんと勉強してて高得点を取る感じをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「昨日からノドが痛いの。朝起きたらやっぱり治ってなくて、風邪っぽいの。でも気合で治そうと思って今日は来たの。明日もちゃんと来ないとねぇ……」
「おい!ほのめかしただろ!」
「なんのことかしら?」
「前々日から徐々に体調不良であることをチラつかせてアイツなんだか最近具合悪いなぁと思わせておいて休みたい日に仮病を使ってバイトや会社を休む感じをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん、誤解ですわよ」
「ならいいが」
「ところで刑事さん」
「なんだ」
「あたし、この取り調べが終わったら再婚するの……」
「おい!ほのめかしただろ!」
「なんのことかしら?」
「やっとのことで厳しい取り調べを終え帰路についたところで再婚相手から着信があってウキウキで会う約束を取り付けて電話を切った直後にダンプが突っ込んできて死んでしまうフラグをほのめかしただろ!」
「いやだわぁ刑事さん」
「なんだ」
「旦那がいたら、いま好きな人と再婚なんてできないもんねぇ……」
「おい!」
「あら」
「ほのめかしただろ……!」
「いやだわぁ」