2000年代、タモリは「口コミ」で広まった

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photo credit: cltstyle via photopin cc

樋口毅宏『タモリ論』を読みました。

「笑っていいとも!」のエピソードを主軸に、すごさを感じさせないけどすごい、「武道の達人」のような笑いの間合いを持つタモリを論じる…というより、ラブレターを綴る、と書いたほうがしっくりくる本でした。

読みながら思ったのは、世間に対する「タモリ」の評価が、昔と変わってきているということ。

もっと言うと、ネットが発達してからタモリ株が上がってきたのではないか、タモリは口コミで広まったのではないか、ということ。

昔は嫌われていたタモリ

僕が子供のころ、「タモリ」はどちらかというと、嫌われている部類のタレントだったと思います。

今よりテレビには出ていたと思います。「今夜は最高!」「タモリの音楽は世界だ」「ウオッチング」など、レギュラーも多かったです。

でも、「抱かれたくない男」ではランキングの常連。「いいとも」を初めてからはネタを見れることもなく、素人いじりばかり目に付く。車のキーをクルクル回しながら「えびふりゃー」を注文という名古屋いじりで、中部地方の反感を買ったこともありました。

それでも「お笑いBIG3」として、たけし・さんまと並んでくくられますが、たけし・さんまの「動」の笑いに対してタモリは「静」でした。

新春のBIG3ゴルフでは、英語禁止ホールでさんまがそのおしゃべりで次々にペナルティを取られていくのに対して、ひたすら沈黙を守って日本語すらしゃべらないという、バラエティ番組にあるまじき負けず嫌いさで勝ち残っていました。

「ミュージックステーション」「ボキャブラ天国」など、ゴールデンタイムの放送は続いてましたが、どちらかというとタモリは「笑っていいとも!」をサラリーマンのように毎日こなす、マンネリの象徴のようになっていました。

すべては「タモリ先生の午後。」から始まった。

そんなタモリの評価を、大きく引き上げた存在が「ネット」です。

ネットにタモリが登場した一番最初の出来事は、ほぼ日刊イトイ新聞の「タモリ先生の午後。」だと思います。日付を見ると2004年。今から10年前のこと。

「やる気のあるやつは去れ」という言葉で象徴されるように、肩の力が抜けていて、ちょっと変態で、独特のモノの見方をしている。そんなタモリの言葉を、この連載で初めて聞いた人も多いと思います。そんな機会、今までありませんでした。

その後、イグアナの真似などの密室芸が動画サイトに投稿されたり、「タモリ倶楽部」でふるまった料理のレシピがブログにアップされたり、伝説的エピソードがSNSで広まったり…。

「タモリはすごい」と思っていた人々が、ネットという手段を得て、タモリを広めたんです。「俺も実はすごいと思っていた」という隠れファンがカミングアウトできる下地もできました。

そして「いいとも」しか知らない世代も「これはすごい」とコメントする存在になりました。

2000年代、タモリはネットで「口コミ」で広まったんです。

「静」の狂気、タモリ。

あんなに長い間テレビに出てるのに、どうしてタモリは「口コミ」で広まったのか。

タモリの笑い、タモリのすごさは、わかりやすい形で表に出ないのが原因だと思います。

しゃべりで場を回すわけでもない、映画監督になって作品を残すわけでもない、破天荒な芸能生活を送っている訳でもない。

その見た目は「静」ですが、言葉・思考・ふるまいを拾い上げれば、変態であり、人間味があり、そしてそれは、時に狂気でもある。

時々みせる狂気を拾い上げ、第三者がタモリを語らないといけないんです。

今年の3月、「笑っていいとも!」が終わります。

いいとも終了後、タモリを見る機会が増えるのか減るのか、それはまだわかりません。

ひとつ言えるのは、今後もタモリは語られ続けるだろうということ。

ちなみに『タモリ論』は、いいとも終了の報が出る前に上梓されました。その後のタモリ論もぜひ聞きたいし、のっかってしゃべってみたいと思うのです。

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