駅前で拡声器がしゃべっていた

駅前で拡声器がしゃべっていた。

朝の通勤の時間帯。駅前の歩道の端、植え込みの前の地面に置かれた拡声器が、なにやらしゃべっていた。

男の声。やや離れたところからも聞こえる音量だけど、声色がこもっているので、内容まではよく聞き取れない。

拡声器のそばには、政党と名前が書かれたのぼりが立っている。

あ、これ街頭演説か。誰だしゃべってるの。ひょっとして僕にだけ見えないのかな、と思った。違った。いた。

当の政治家(と思われる人)は、ビラを配っていた。ヘッドセットのマイクをつけて。

一人でしゃべりながら、ビラも配っていたのだった。音声をワイヤレスで拡声器に飛ばして。

人手不足極まれりである。大変すぎる。

でもこれがアリだと、いろいろアリなんじゃないかと想像が膨らむ。

とりあえず、のぼりと拡声器があればなんとかなる。

これなら複数の駅で同時多発演説ができる。政治家はどっかの駅で話してて、それをWi-Fiで飛ばす。なんなら家でしゃべっててもいい。

選挙カーに乗らなくてもいい。なんなら家でしゃべっててもいい。

選挙カーの上から演説する姿を見せないと、というなら影武者が口パクする。離れた場所に瞬時に現れることができる。くまモンみたいなことになる。

選挙ポスターも拡声器をモチーフにしたデザインになる。

政見放送も拡声器だけ出てくる。

選挙特番では、池上彰vs拡声器が一番の話題となった。

そして選挙が終わってしばらくして、すっかりそんなことを忘れて、何年か経って、政権が変わった。

昼下がり、社食で一人遅いランチを食べていたら、テレビで総理の所信表明演説をやっていた。

映し出される国会議事堂の本会議場。大勢の国会議員の前で、この国の未来を語っていたのは、あの拡声器だった。

本人の姿はどこにも見当たらない。

本人?

と、今さらハッとする。

photo credit: RubioBuitrago via photopin cc