死に方は生き方をあらわす 『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』

2012年10月、肺カルチノイドという難病で亡くなられた、流通ジャーナリスト・金子哲雄さん。享年、41歳。

肺に9センチの腫瘍ができ医者から「余命0日」を宣告された金子さん。いつ死んでもおかしくない。

それでも、テレビ・ラジオに出演し、在宅で療養と仕事をし、自分で葬儀の全てをプロデュースしてから亡くなられた。

この本は、自身の手によって書かれた、一部始終の記録であり、終末医療のルポルタージュ。

そこまでして金子さんを動かしたのは「人を喜ばせたい」という一心だった。

まず驚かされるのが、この本が書かれた時期。

自宅で危篤状態に陥り、奇跡的に回復したのが2012年8月22日。そこで「最後に本を出したい」と思い立つ。病床で原稿を書き、脱稿したのが約1ヶ月後の9月27日。亡くなったのが、10月1日。

本当にギリギリの状態で書かれた本なのだ。でも、読んでいる最中はそんなことを全然感じない。むしろ、回復した人が過去を振り返っているようにさえ感じる。

病気が発覚した時、金子さんは周囲に知らせないことにした。関係者に迷惑をかけないため、なにより、自分自身のため、最後まで仕事を続けたかったらだという。

この本が書かれた動機の一つが、「迷惑をかけてしまった関係者各位」に向けたお詫びとお礼なのだ。本を読む相手を思い浮かべて書いているからこそ、しっかりとした筆致が保たれているのではないかと思う。

残された人のために、残された記録

本を書いたもう一つの動機が、終末医療の体験を広めること。

「肺カルチノイド」という聞きなれない病名も、同じ病気になった人のことを考えて、金子さん自身が「死亡診断書に書いてほしい」と希望したから。

とにかく、他の人のことを考える。

仕事は、ロケに行けなくてもラジオなら電話出演ができる。葬儀を行う場所は、都心で駅から近くタクシーを使わない場所がいい。葬儀費用で揉めないように自分で出せるよう遺言を残す。地方の関係者各位は告別式に来るのは大変だから、各地で食事会を行う「感謝の全国キャラバン」を奥さんに頼む。自宅で死んだ時に救急車を呼ぶと不審死扱いされるから、まず医者に連絡することと言付けする…。

なにもそこまで、の連発。そして「流通ジャーナリスト」らしく、治療や葬儀にかかる費用まであますところなく公開する。

どういう治療をしたのか、どういうことが困るのか、どういう考えに至るのか、「末期がん患者」自身じゃないとわからないことを、しっかりと残しているのだ。

普通、死を前にしたら、そんなことをする余裕なんてない。まして死ぬ1ヶ月である。それなのに、金子さんはこの本を読むであろう同じ境遇の人のことを考えている。

生も死も、同じように

渾身の「渾」という時は「すべての」という意味を持つ。「渾身」で、からだ全体の、という意味になる。

命を、からだを、全部こめられたこの本は、まさに渾身のルポルタージュ。

最後の1ヶ月、奥さんの稚子さんによくこう言っていたという。

「稚ちゃん、生きることと死ぬことって、やっぱり同じだよな」

生きることと同じように、死ぬことも一生懸命に向き合った人の言葉だなぁ、と思うのだ。

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