9.11の以降、世界のあらゆるものはIDで管理されていた。食物も、銃も、人間も。
そんな近未来を描く『虐殺器官』のなかでは、先進国は厳重な認証体制を創りあげているものの、後進国で内戦や虐殺が絶えず起こっている。不思議なことに、有能な指導者によって明るい未来へ進もうとしていた国までも、坂を転がるように虐殺への道をたどっていくのだ。
アメリカの情報軍に所属するシェパード大尉は、そんな後進国の虐殺の裏にジョン・ポールなるアメリカ人が潜んでいることを知る。
とはいえ、虐殺を指揮しているのは権力者であって、ジョン・ポールはどう関わっているのかよくわからない。でも虐殺が起きた国には必ずいて、捕まえようとするとするりと逃亡してしまう。IDを追跡されているのにかかわらず。
ジョン・ポールの目的はなんなのか?いったいなにが虐殺を引き起こしているのか?シェパードはジョン・ポールが姿を表したというチェコに飛ぶが…。
圧巻。圧倒。圧死。
すべての行動に認証が必要になった世界や、ハイテクを駆使した戦闘シーン、繰り返される虐殺……刺激的な描写もあれど、主人公シェパードは戦闘用に感情を麻痺させているので、淡々とすべての話は語られる。
それでいて、スリルが離れることはない。ジョン・ポールの行方、”見えない”追っ手、虐殺の手段。謎はどんどん増えていき、結末にいくにつれどんどん畳まれる。
謎は畳まれた時に「そうだったのか!」というカタルシスを生む。
でも『虐殺器官』はそこで終わらない。
謎が畳まれ、本を閉じた後に、カタルシスというか、本当の「さむけ」がやってくる。
来るかわからない近未来や、遠くの国の戦争のことを語りながら、刃はクルクルとこちらに飛んできて、現代の、いまの僕の足元にザクリと突き刺さるのだ。
一読し、この奇妙な形の警句を知った時、思わず辺りを見回すことになる。目にするもの、口にするもの、すべての見方が変わる。
圧巻の世界観に飲まれ、息詰まる戦闘に圧倒され、現実に押しつぶされる。
少なくとも、僕はそうだった。あなたはどうだろうか。