「今回の件はありがとうございましたー」
「いえいえ」
「どうなることかと思いましたー」
「いえいえ」
「本当に助かりましたー」
「いえいえ」
「もう、足を向けて寝られませんよー」
「足を」
「それでは失礼いたしますー」
「ちょっと」
「はい」
「寝てた?」
「え…」
「寝てた?」
「いや…起きてます…けど…」
「今じゃなくて」
「今じゃなくて」
「今まで寝てたの?」
「今まで…まぁ朝までは…寝てましたけど…」
「もう足を向けて寝られない、って言ったね」
「あ、はい」
「もう、ってことは、今まで、こっちに足を向けて寝てた?」
「え」
「足を向けて寝てたってことだね」
「いや…あの…そんなつもりじゃ」
「住んでるのどこ?」
「え」
「住んでるのどこ?」
「高円寺…ですけど…」
「足、どの方角向いて寝てる?」
「方角は…北…ですね…」
「GoogleMap見てみる」
「いやあの、足の向きはその、気持ちの問題で」
「あー向いてる。向いてるね。こっち向いてるよ足」
「お住まいは…?」
「西高島平」
「にしたかしま…」
「これ見て。高円寺から北」
「あ、これですか」
「足向けて寝てる」
「あー…事実そうなりますね…」
「事実そうだね」
「すいませんあの、じゃぁ、今日から反対向いて寝ますんで」
「ダメだよ」
「え」
「頭が北になる」
「はい」
「北枕はダメだよ」
「北枕…」
「北枕はダメだよ」
「はぁ」
「横だね。東か西か」
「横は…間取り的にツラいです」
「じゃ東南か西南」
「部屋に斜めにベッドを置くのはもっとツラいです」
「じゃ引っ越す?」
「そんな急に」
「新高島平に引っ越す?」
「隣駅じゃないですか」
「立って寝るか。立って寝よう」
「いやいやいや」
「キリンも立って寝るし」
「キリンじゃないんで」
「キリンにはなれない?」
「なれないですよ」
「あと残ってる向き、上しかないね」
「宙吊りじゃないですか」
「宙吊りNG?」
「陸の生き物みんなNGですよ」
「じゃ水中だ」
「無理ですよ」
「品川水族館に引っ越す?」
「高円寺だから無理って話じゃないですよ」
「キリンだから無理?」
「キリンじゃないですよ」
「じゃ切断するか。足切断しよう」
「いやですよ」
「前足から切断しよう」
「キリンじゃないですよ!」
「じゃどうするの」
「どうもこうも…」
「んー…」
「気持ちの問題ですから…」
「んー…しょうがないか」
「わかってもらえましたか」
「しょうがないね」
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
「助かりました!」
「いえいえ」
「九死に一生を得ました!」
「九死」
「それでは失礼します」
「死んでた?」
「え」
「死んでた?」
photo by Hamed Saber