
グリム童話に「狼と七匹の子ヤギ」というのがある。
この話でずっと不思議に思ってること。
お母さんヤギに留守番を頼まれた七匹の子ヤギたち。その子ヤギたちを食べようと狼がやってくる。狼は「お母さんですよ」とお母さんヤギを装うが、子ヤギたちは声や手足の色から狼だと見破ってドアを開けない。狼は黒い手足を白くするために粉をはたき、チョークを飲んで声をキレイにする。
なんでチョークを食べると声が良くなるんだろう?
チョークって、黒板に文字を書くあれだよなぁ。食べれるのかなぁ。
「チョーク 食べる」で検索してみるとチョークのおいしい食べ方を調べてみたよ(Excite Bit コネタ) – エキサイトニュースというのが引っかかる。醤油につけたりしてるけど、かなり不味いらしい。へー。
いやいや、こういうことじゃない。
原典をみてみた
元のグリム童話ではなんて書いてあるんだろう。まず青空文庫をあたってみると、1949年に訳されたものがあった。チョークを食べる場面はこうなっている。
そこで、おおかみは、荒物屋の店へ出かけて、大きな白ぼくを一本買って来て、それをたべて、声をよくしました。
グリム兄弟 Bruder Grimm 楠山正雄訳 おおかみと七ひきのこどもやぎ DER WOLF UND DIE SIEBEN JUNGEN GEISSLEIN
チョークじゃなくて「白ぼく」と訳されている。これが語り継がれる過程で白ぼく→チョークになったのかな。
このチョークを食べる部分、ドイツ語の原典をあたってみるとこんな感じ。
Da ging der Wolf fort zu einem Krämer und kaufte sich ein großes Stück Kreide: die aß er und machte damit seine Stimme fein.
“Kreide”というのが「白ぼく」にあたる。
Kreideに白ぼく以外の意味があったりして、と思ってドイツ語辞書を調べてみると「白亜」「白亜紀」という意味があることがわかった。これか。
「チョーク」の正体。そして…
白亜は石灰岩のことで、黒板のチョークの語源となる”chalk”にあたる(チョーク (岩石) – Wikipedia)主な成分は炭酸カルシウム(CaCO3)。
「チョークを飲むと声が良くなる」は元々「炭酸カルシウムを飲むと声が良くなる」ってことだったのかな?と思って調べてみるけど、
医薬品としては、胃酸過多に対して制酸剤として使われている。
そんな効能はなし。
だよなぁ。炭酸カルシウム≒チョークの粉って、けっこう煙たいというか、吸って良さそうな感じしないもんなぁ。黒板消しをはたくとモウモウと粉が舞い上がって、ゲホゲホと逃げた覚えがある。喉にいい、とは真逆のイメージ。
うーん、と、こねくり回して検索してみたら、これか!というものが遂に引っかかった。
国立国会図書館が全国の図書館等と構築している「レファレンス協同データベース」の記述。埼玉県立久喜図書館がこの疑問に回答している。
質 問
グリム童話の七匹の子ヤギに、狼がチョークを食べると声がよくなるとあるが、そのような言い伝え、民間療法がドイツにあるのか。回 答
以下のホメオパシーに関する資料に質問の関連記述があった。これらを紹介する。回答プロセスを参照のこと。
(略)
情報源:グリムと同時代にハーネマンが打ち立てた医療法・ホメオパシーには、炭酸カルシウムまたは硫酸カルシウムが喉の薬であるとの記述もある。グリム童話の七匹の子ヤギに、狼がチョークを食べると声がよくなるとあるが、そのような言い伝え、民間療法… | レファレンス協同データベース
ホメオパシーについて詳しくはこちら→ホメオパシー – Wikipedia。念のためグリム兄弟とハーネマンの生年も確認したけど、上記の通り同時代だった。グリム兄弟がこの療法を知っていた可能性はある。
まとめ
当時のドイツの医療事情がグリム童話に反映されていて、それが日本語に訳され、そのまま現代まで「チョークを飲む」という話で伝わっていたのだった。
物語には、その物語が生まれた時代の背景が反映される。昔話や童話もそうなのだ。
他にもこういう「当時の事情」が反映されてる童話の例があるかもしれないですね。調べてみないとわからないことってあるなぁ。